FC東京バレーボールチーム

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FC東京
原語表記 FC東京バレーボールチーム
ホームタウン 東京都
クラブカラー 青、赤
創設年 1948年
所属リーグ V・プレミアリーグ
チーム所在地 東京都江東区
体育館所在地 東京都江東区
代表者 澤田賢一
監督 坂本将康
ホームページ 公式サイト
ユニフォーム
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FC東京バレーボールチーム(エフシーとうきょうバレーボールチーム)は、東京都を本拠地とする男子バレーボールチーム。V・プレミアリーグ所属。2003年東京ガスから移行した。JリーグFC東京と連携している。

概要[編集]

母体はFC東京の前身である東京ガスサッカー部と同様、東京ガスバレーボール部。1948年に社内レクリエーションとして9人制バレーボール部として創部したのが始まりであり、1985年に6人制バレーボール部に変更し、2003年に『FC東京バレーボールチーム』に移行した。

JリーグFC東京との共通ネームであり、都民のためのクラブを目指す観点から来ている。

練習場は、東京ガス深川グランド内にあるTG深川体育館であり、練習見学の可能な日も設定されている[1]。バレーボール教室を2002年より開催している[2]

V・チャレンジリーグ在籍時には、東京ヴェルディとの試合でサッカーと同様に「東京ダービー」として盛り上がりをみせていた。

歴史[編集]

1948年東京ガスの社内レクリエーションとして9人制バレーボール部として創部。1985年に6人制バレーボール部に変更。

1986年より地域リーグに参加。1997年に東部地域リーグ(Vリーグの3部組織)に加入。1998年に地域リーグプレーオフを制しV1リーグ(現・Vチャレンジリーグ)昇格を果たす。

第4回V1リーグ(2001/02シーズン)では3位ながらもV・プレミアリーグに休部チームが出た影響で入れ替え戦に出場。しかし、入れ替え戦で日立国分トルメンタに敗れプレミアリーグ昇格はならなかった。

2002年よりFC東京バレーボール教室を開始し、同チームから選手がコーチングに派遣されるようになる。

第5回V1リーグ(2002/03シーズン)で初優勝を果たす。しかし、入替戦では旭化成スパーキッズに敗れまたしても昇格はならなかった。

入れ替え戦の直後の2003年4月、地域に密着するチームになることを目指して東京ガスバレーボール部からFC東京バレーボールチームへと移行し、普及活動を東京都内で本格的にスタートさせた[3]

第6回V1リーグ(2003/04シーズン)で連覇を果たし、第7回で3連覇を果たすが、入替戦ではことごとく旭化成に敗れ、昇格を果たせなかった。

2006/07V・チャレンジリーグ(V1リーグから名称変更)優勝し、2007/08V・チャレンジリーグでも優勝。しかし、入替戦では2回とも大分三好ヴァイセアドラーに敗北を喫し、チャレンジリーグ残留となる。

2008/09でV・チャレンジリーグ3連覇。そして、V・チャレンジマッチ(入替戦)で大分三好と対戦。第1戦をストレート勝ちし、第2戦で1セット先取。その時点でセット率によって初のV・プレミアリーグ昇格が決まった(第2戦は1-3で敗戦)。7回目の入替戦でようやくV・プレミアリーグ昇格を勝ち取った。

初参加となった2009/10V・プレミアリーグでは、なかなか思うように勝ち星を重ねられず、4勝24敗の最下位で終わりV・チャレンジマッチに参加することとなる。しかし、V・チャレンジマッチでは、V・チャレンジリーグを15戦全勝で勝ち上がったジェイテクトSTINGSに2試合連続のストレート勝ちでV・プレミアリーグ残留を果たす。2010年ゆめ半島千葉国体に東京都代表として参加。成年男子6人制の部で準優勝を果たした。2010/11V・プレミアリーグでは最下位は逃れたものの7位で終わり、本来ならV・チャレンジマッチに出場する成績だが、東日本大震災の影響で中止となり、そのまま残留となる。

2011年、所属選手の不祥事により、Vリーグ機構より制裁が下された[4]

同年、おいでませ!山口国体で優勝。年末の天皇杯・皇后杯全日本バレーボール選手権大会では準優勝を果たし、チームの躍進ぶりを印象づけた。2011/12V・プレミアリーグでは8勝13敗でチーム最高の5位に入り、V・チャレンジマッチ出場も回避した。黒鷲旗でも準優勝を果たした。

しかし、2012/13V・プレミアリーグでは7位に低迷し、3年ぶりのV・チャレンジマッチ出場となった。V・チャレンジマッチでは、つくばユナイテッドSun GAIAに第1戦はフルセットに持ち込まれるものの辛勝。第2戦は3-1で勝利し、何とかV・プレミアリーグ残留を決めた。

成績[編集]

主な成績[編集]

プレミアリーグ
  • 優勝 なし
V1リーグ / チャレンジリーグ
  • 優勝6回(2003年、2004年、2005年、2007年、2008年、2009年)
  • 準優勝 なし
黒鷲旗全日本選手権
  • 優勝 なし
  • 準優勝 1回(2012年
天皇杯・皇后杯全日本バレーボール選手権大会
国民体育大会

年度別成績[編集]

大会名 順位 参加チーム数 試合数 勝率
V1リーグ 第1回 (1998/99) 6位 8チーム 14 6 8 0.429
第2回 (1999/00) 4位 8チーム 14 8 6 0.571
第3回 (2000/01) 3位 8チーム 14 9 5 0.642
第4回 (2001/02) 3位 8チーム 14 9 5 0.642
第5回 (2002/03) 優勝 8チーム 14 13 1 0.929
第6回 (2003/04) 優勝 7チーム 12 12 0 1.000
第7回 (2004/05) 優勝 8チーム 14 11 3 0.786
第8回 (2005/06) 3位 8チーム 14 10 4 0.714
V・チャレンジリーグ 2006/07シーズン 優勝 9チーム 16 15 1 0.938
2007/08シーズン 優勝 10チーム 18 18 0 1.000
2008/09シーズン 優勝 12チーム 18 16 2 0.889
V・プレミアリーグ 2009/10シーズン 8位 8チーム 28 4 24 0.143
2010/11シーズン 7位 8チーム 24 6 18 0.250
2011/12シーズン 5位 8チーム 21 8 13 0.381
2012/13シーズン 7位 8チーム 28 8 20 0.286
2013/14シーズン 7位 8チーム 28 7 21 0.250
2014/15シーズン 8位 8チーム 21 2 19 0.095
2015/16シーズン 8位 8チーム 21 4 17 0.190
2016/17シーズン 8位 8チーム 21 3 18 0.143
2016/17シーズン 8位 8チーム 21 3 18 0.143
2017/18シーズン 8チーム 21

※2008/09シーズンの成績は、レギュラーラウンドとファイナルリーグの合計

選手・スタッフ[編集]

選手[編集]

2017年8月15日版[5][6]

背番号 名前 シャツネーム 国籍 P 備考
2 玉宅健太郎 TAMAYA 日本の旗 日本 S 副将
3 橘裕也 TACHIBANA 日本の旗 日本 L
4 山田要平 YAMADA 日本の旗 日本 S
5 竹浪貴志 TAKENAMI 日本の旗 日本 S/WS
6 ミラン・ペピチ PEPIC ボスニア・ヘルツェゴビナの旗 ボスニア・ヘルツェゴビナ WS
7 ファンのみなさま サポーター
9 手塚大 TEZUKA 日本の旗 日本 WS/OP
12 小田嶋大貴 ODASHIMA 日本の旗 日本 MB/WS
13 橘尚吾 SYOGO 日本の旗 日本 L/WS
14 長友優磨 NAGATOMO 日本の旗 日本 WS 主将
15 衛藤英興 ETO 日本の旗 日本 MB 副将
16 手原紳 TEHARA 日本の旗 日本 S
17 冨田直人 TOMITA 日本の旗 日本 WS
18 栗山英之 KURIYAMA 日本の旗 日本 MB
19 佐藤望実 SATO 日本の旗 日本 WS
20 山本智大 YAMAMOTO 日本の旗 日本 L
24 野瀬将平 NOSE 日本の旗 日本 L
25 近江芳樹 OHMI 日本の旗 日本 WS
27 鈴木健太 KENTA 日本の旗 日本 WS
28 和中謙治 WANAKA 日本の旗 日本 WS
29 井上仁 INOUE 日本の旗 日本 MB

スタッフ[編集]

2017年8月15日版[5][6]

役職 名前 国籍 備考
部長 澤田賢一 日本の旗 日本
副部長 原文比古 日本の旗 日本
副部長 谷口元 日本の旗 日本
副部長 高木力 日本の旗 日本
総監督兼副部長 吉田清司 日本の旗 日本
監督 坂本将康 日本の旗 日本
コーチ ロディ・アレッサンドロ 日本の旗 日本
アスレティックトレーナー
ストレングスコーチ
八亀康次 日本の旗 日本 (株)国際スポーツ医科学研究所
メディカルトレーナー 東岩政樹 日本の旗 日本 (株)国際スポーツ医科学研究所
メディカルトレーナー 藤澤秀猛 日本の旗 日本 (株)国際スポーツ医科学研究所
アスレティックトレーナー 辻直幸 日本の旗 日本 (株)国際スポーツ医科学研究所
医師 有馬三郎 日本の旗 日本 勝浦整形外科クリニック
栄養アドバイザー 菅泰夫 日本の旗 日本 (株)ニューレックス
マネジメントスタッフ 岡野貴洋 日本の旗 日本
マネージャー 小林恭子 日本の旗 日本
アナリスト 安田弘美 日本の旗 日本
通訳 山崎ルシアノ 日本の旗 日本
通訳兼総務 勝部久美子 日本の旗 日本

在籍していた主な選手[編集]

脚注[編集]

  1. ^ バレーボールチーム チームプロフィール”. 2013年10月18日閲覧。
  2. ^ バレーボールチーム バレーボール教室”. 2013年10月18日閲覧。
  3. ^ バレーボールチーム『FC東京』発足のお知らせ” (2003年4月4日). 2013年10月18日閲覧。
  4. ^ 弊機構登録チーム所属選手の不祥事に関する制裁決定について”. Vリーグ機構 (2011年9月9日). 2013年10月18日閲覧。
  5. ^ a b チーム登録選手”. 2017年8月15日閲覧。
  6. ^ a b バレーボールチーム 選手紹介”. 2017年8月15日閲覧。

関連事項[編集]

外部リンク[編集]