E.J.ヴィソ

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この名前は、スペイン語圏の人名慣習に従っています。第一姓(父方の)はヴィソ第二姓(母方の)はロサナです。
E.J.ヴィソ
E. J. Viso
EJ Viso 2009 Indy 500 Second Qual Day.JPG
インディアナポリス・モータースピードウェイで、2009年5月
基本情報
国籍 ベネズエラの旗 ベネズエラ
生年月日 (1985-03-19) 1985年3月19日(31歳)
出身地 首都地区(ベネズエラ)の旗 首都地区
ミランダ州の旗 ミランダ州カラカス
2016年IZOD インディカー・シリーズ
デビュー 2008
所属 KVレーシング・テクノロジー-シボレー
車番 59
過去所属 HVMレーシング
出走回数 49
優勝回数 0
ポールポジション 0
シリーズ最高順位 18位 (2008)
過去参加シリーズ
2001
2002
2002
2003-04
2005-07
スキップ・バーバー・フォーミュラ・ダッジ・シリーズ
ブリティッシュ・フォーミュラ・ルノー
フォーミュラ・ルノー2000ユーロカップ
イギリスF3選手権
GP2シリーズ
選手権タイトル
2003 イギリスF3選手権チャンピオン

エルネスト・ホセ・ヴィソ・ロサダ (Ernesto Jose Viso Lossada, 1985年3月19日 - ) は、ベネズエラのレーシングドライバー。アメリカで活動し始めてからは、E.J.ヴィソと表記される。

ヴィソはカラカスに生まれる。彼は2005年2006年のGP2シリーズに参加し、またスパイカーMF1レーシングのサードドライバーを務めた。2007年はレーシング・エンジニアリングからGP2シリーズに参戦した。現在はKVレーシング・テクノロジーからインディカー・シリーズに参戦する。

経歴[編集]

初期[編集]

ヴィソは1993年にカートレースを始める。チャンピオンになった彼は2001年にUSバーバー・フォーミュラ・ダッジ・イーストにステップアップする。また同年末にはイタリア・フォーミュラ・ルノー・ウィンターシリーズにも参加し、翌2002年はブリティッシュ・フォーミュラ・ルノーに参戦する。2002年はフォーミュラ・ルノー2000ユーロカップの1戦にも参加し、年末にはイギリスF3ウィンターシリーズに参加した。

2003年はイギリス・フォーミュラ3選手権に参戦、Bクラスに参加し、論議を呼んだ最終戦でのライバルとのクラッシュの後、チャンピオンとなった。翌2004年はメインクラスに参加、シーズンの1部はP1チームから出場し、そこでの活躍がF3000で活動するデュランゴチームの目を引く。シーズンの残りは同チームから出場することとなった。

GP2[編集]

2005年はBCNコンペティションからGP2シリーズに参加、吉本大樹がチームメイトとなる。2006年はiスポーツ・インターナショナルに移籍、サンマリノおよびスペインで優勝した。彼はまたスパイカーMF1レーシングのサードドライバーとしてブラジルグランプリの金曜日のプラクティスで走行した[1]

フランスラウンドの前に、レーシング・エンジニアリングは競走能力に欠けるセルジオ・ヒメネスとヴィソを交代させるとした[2]。しかしながら彼のレースは第1ラップでのミハエル・アメルミューラーおよび中嶋一貴との壮絶なクラッシュで終わりを告げた。彼の車は猛烈なスピードでバリアの上を飛んで宙返りしたが、幸いなことに脳震盪と腕の負傷だけで済んだ。この事故は同じサーキットで1995年にマルコ・カンポスが起こした事故と非常によく似ていた。カンポスは頭部をコンクリートバリアーにぶつけて死亡した。ヴィソは同様の運命から数インチの差で免れることができた。イギリスラウンドで彼はフェリペ・アルバカーキと交代することとなった[3]。ヴィソは続くヨーロッパラウンドに参戦したが、その後はマルコス・マルチネスと交代した。

2008年のインディ500

インディカー・シリーズ[編集]

2008年HVMレーシングからインディカー・シリーズに参戦する。第2戦のセントピーターズバーグでは4位に入賞し、第7戦のミルウォーキーでは8位に入った。

記録[編集]

国際F3000選手権[編集]

(key) (太字ポールポジション斜体ファステストラップ

エントラント 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 DC ポイント
2004年 デュランゴ・コルセ IMO CAT MON NUR MAG
8
SIL
11
HOC
7
HUN
6
SPA
10
MNZ
8
12位 7

GP2[編集]

(key) (太字ポールポジション斜体ファステストラップ

エントラント 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 DC ポイント
2005年 BCNコンペティション SMR
FEA

10
SMR
SPR

DNS
ESP
FEA

Ret
ESP
SPR

Ret
MON
FEA

DSQ
EUR
FEA

Ret
EUR
SPR

11
FRA
FEA

11
FRA
SPR

8
GBR
FEA

15
GBR
SPR

13
GER
FEA

DSQ
GER
SPR

12
HUN
FEA

6
HUN
SPR

Ret
TUR
FEA

14
TUR
SPR

12
ITA
FEA

Ret
ITA
SPR

Ret
BEL
FEA

2
BEL
SPR

3
BHR
FEA

8
BHR
SPR

2
12位 21
2006年 iスポーツ・インターナショナル VAL
FEA

8
VAL
SPR

2
SMR
FEA

6
SMR
SPR

1
EUR
FEA

6
EUR
SPR

11
ESP
FEA

8
ESP
SPR

1
MON
FEA

Ret
GBR
FEA

Ret
GBR
SPR

8
FRA
FEA

10
FRA
SPR

Ret
GER
FEA

5
GER
SPR

4
HUN
FEA

4
HUN
SPR

4
TUR
FEA

Ret
TUR
SPR

13
ITA
FEA

Ret
ITA
SPR

10
6位 42
2007年 レーシング・エンジニアリング BHR
FEA
BHR
SPR
ESP
FEA
ESP
SPR
MON
FEA
FRA
FEA

Ret
FRA
SPR

DNS
GBR
FEA
GBR
SPR
EUR
FEA

14
EUR
SPR

8
HUN
FEA
HUN
SPR
TUR
FEA
TUR
SPR
ITA
FEA
ITA
SPR
BEL
FEA
BEL
SPR
VAL
FEA
VAL
SPR
29位 0

F1[編集]

(key)

エントラント シャシー エンジン 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 WDC ポイント
2006年 スパイカーMF1チーム ミッドランド・M16 トヨタ V8 BHR MAL AUS SMR EUR ESP MON GBR CAN USA FRA GER HUN TUR ITA CHN JPN BRA
TD
- -

アメリカン・オープンホイール[編集]

インディカー・シリーズ[編集]

チーム シャシー エンジン 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 順位 ポイント
2008年 HVMレーシング ダラーラ ホンダ HMS
17
STP
4
MOT1
DNP
KAN
14
INDY
26
MIL
8
TXS
14
IOW
13
RIR
10
WGL
10
NSH3
Wth
MDO
22
EDM
15
KTY
13
SNM
6
DET
24
CHI
23
SRF2
6
18位 286
パノス・DP01 コスワース LBH1
9
2009年 ダラーラ ホンダ STP
17
LBH
23
KAN
21
INDY
24
MIL
18
TXS
24
IOW
20
RIR
12
WGL
7
TOR
13
EDM
12
KTY
15
MDO
15
SNM
22
CHI
17
MOT
15
HMS
16
18位 248
2010年 KVレーシング・テクノロジー SAO
12
STP
17
ALA
16
LBH
15
KAN
27
INDY
25
TXS
11
IOW
3
WGL
11
TOR
19
EDM
8
MDO
26
SNM
19
CHI
27
KTY
26
MOT
15
HMS
19
17位 262
2011年 STP
19
ALA
23
LBH
25
SAO
13
INDY
32
TXS1
7
TXS2
10
MIL
20
IOW
17
TOR
9
EDM
20
MDO
15
NHM
12
SNM
9
BAL
15
MOT
21
KTY
23
LVS4
C
18位 241
2012年 ダラーラ・DW12 シボレー STP
8
ALA
18
LBH
12
SAO
9
INDY
18
DET
18
TXS
19
MIL
5
IOW
24
TOR
20
EDM
16
MDO
20
SNM
16
BAL
9
FON
25
20位 244
2013年 アンドレッティ・オートスポーツ STP
7
ALA
12
LBH
22
SAO
6
INDY
18
DET
17
DET
17
TXS
10
MIL
4
IOW
10
POC
21
TOR
14
TOR
5
MDO
17
SNM
14
BAL
13
HOU
9
HOU
16
FON 15位 340
1 同日に開催された
2 ノンタイトル戦
3 Pulled out of race after contracting mumps
4 ラスベガス・インディ300はダン・ウェルドンが死亡することになった11ラップ目の15台を巻き込むクラッシュの後、中止された。
チーム 出走数 ポールポジション 勝利数 表彰台
(勝利以外)**
トップ10
(表彰台以外)***
インディ500勝利数 チャンピオン獲得数
5 2 70 0 0 1 14 0 0

インディ500[編集]

シャシー エンジン スタート フィニッシュ チーム
2008年 ダラーラ ホンダ 26 26 HVMレーシング
2009年 ダラーラ ホンダ 29 24 HVMレーシング
2010年 ダラーラ ホンダ 19 25 KVレーシング・テクノロジー
2011年 ダラーラ ホンダ 18 32 KVレーシング・テクノロジー
2012年 ダラーラ シボレー 9 18 KVレーシング・テクノロジー
2012年 ダラーラ シボレー 4 18 アンドレッティ・オートスポーツ

脚注[編集]

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  1. ^ “Viso and Spyker MF1”. Grandprix.com. (2006年9月18日). http://www.grandprix.com/ns/ns17466.html 2007年1月15日閲覧。 
  2. ^ “Viso stapt in bij Racing Engineering”. GPUpdate.net. (2007年6月28日). http://www.gpupdate.net/nl/gp2-nieuws/157353/viso-stapt-in-bij-racing-engineering/ 2011年1月30日閲覧。 
  3. ^ “Silverstone: Racing Engineering preview”. flagworld.auto123.com. (2007年7月4日). http://flagworld.auto123.com/en/racing/news/index,view.spy?artid=85595 2007年7月4日閲覧。 

外部リンク[編集]