DJケミカル

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DJケミカル
基本情報
出生 1982年5月13日(31歳)
血液型 B型
出身地 日本の旗 日本
東京都八王子市
ジャンル J-POP
職業 DJ僧侶
担当楽器 ターンテーブル
活動期間 2004年 - 2013年
事務所 イドエンターテインメント
共同作業者 ファンキー加藤、モン吉
公式サイト [1]

DJケミカル(ディージェイ・ケミカル、本名:田野倉 智文(たのくら ともふみ)、1982年5月13日- )は、日本の男性音楽グループFUNKY MONKEY BABYSDJである。東京都八王子市出身。血液型はB型。DJを名乗っているが、基本的にDJプレイをしないジョッキーである。

来歴[編集]

2000年11月(平成12年)、モテるかもしれないと勘違いしてDJを始めるが、数年間挫折し、ターンテーブルなどはインテリア状態になってしまう。先輩にディスられて本気になり、西東京を中心にDJとしてクラブプレイを展開していった。当時は本名からDJタンノと勝手に呼ばれていた。

2004年ファンキー加藤モン吉が結成したFUNKY MONKEY BABYSライブDJとして、当時憧れの存在だったモン吉に誘われ加入する。最初はパシリとしてこき使われたり、2人が地元八王子から遠い場所でライブをする時は、旅費を節約する為に留守番をしていた。

当時からDJプレイの技術は相当なもので、六本木の有名なクラブなどからも指名があった。しかし自分の意志でそれらを断り、同グループのメンバーで居続ける事を決意する。

それにも関わらず、「ギャラが三等分になるのが嫌」との理由から、正式メンバーになる事をファンキー加藤になかなか許可してもらえなかった。1stアルバム「ファンキーモンキーベイビーズ」のジャケットを飾った際も「これ(同ジャケット写真のせい)で(同アルバムが)売れなかったらクビ」と言われていたほどだが、その後、正式メンバーとなった。

2012年11月、実家(八王子市川口町の法蓮寺、宗旨は時宗)の住職になる準備をするため、FUNKY MONKEY BABYSからの脱退および音楽活動の引退をすることを発表。もともと音楽活動の傍ら副住職を務めていた。これに従ってFUNKY MONKEY BABYSも2013年6月東京ドーム公演をもって解散することとなった。

人物[編集]

TVやライブやPVの中では、DJプレイはほとんどせず、ケミカルはいつも後ろで即興的なダンスや手拍子をしている(『涙』などのバラードでは、派手なパフォーマンスが出来ず、直立不動になってしまう)。これは、彼がDJプレイをすると真顔になり暗くなってしまうのを避けるためで、決してDJプレイが出来ないからではなく、スクラッチやトラック制作にはちゃんと参加している(「西日と影法師」は彼がトラックを作成。プロデュースはNAOKI-T)。また、サビの部分のコーラスに参加したり(『あなたへ』など)、曲中で台詞を言ったり(『勝負パンツ』など)、『君の手の平でダンス’09』ではラップにも挑戦している。そのほか、『僕はサンタクロース』をリミックスした事もある。

また、地蔵を足したようなルックスや独特のキャラクターパフォーマンスで、同グループにおいてDJにも関わらず圧倒的に存在感がある。同グループのメジャーデビュー後に発売されたアルバムのジャケットは全てケミカルが飾っており、メンバー全員で写っているアーティスト写真でも、立ち位置は中央および一番手前が多い。さらに、公式携帯サイト「ファンモンモバイル」やdwango.jpで配信されているメンバーの着信ボイスも、彼のものが最も多い。

しかし音楽番組での歌唱時は、どうしてもボーカリストにカメラアングルが向けられてしまうため、ファンキー加藤もしくはモン吉にピントが合っている時は、たとえケミカルがどんな派手なパフォーマンスをしていたとしても、後ろにさり気なく映っているだけである事が多い。その他、TV番組内でのトーク時やインターネットで配信されるメンバームービーなどで話をする時も、ほとんどファンキー加藤がしゃべっているため、ケミカルは隣で黙っている事が多い。また、公式ブログを更新することもめったにない。本人曰く「言葉で自分を表現するのが苦手で、イラストを描いたりダンスを踊ったり芸術で表現するほうが得意」とのこと。

  • 身長170cm。体重55kg。足のサイズは26.5cm。
  • 小3の時、第2回ケミカルウォッシュジーンズ選手権で優勝したのを期にケミカルというニックネームがついた。もう1つの子供の頃のあだ名はミートパイ
  • 趣味は、山歩き・釣り・熱帯魚屋と植物園巡り。また、彼は自然をこよなく愛している。
  • 特技は、空手初段、書道4段。最初空手をやっていたが、テコンドー選手にやられて空手を断念し書道に切り替えた。サイトの題字なども彼が担当している。
  • 好きな食べ物は、インドカレーライフガード・おにぎり。嫌いな食べ物は、チンゲン菜・コーヒー 。
  • 尊敬している人物はNAOKI-T
  • 好きな芸能人矢田亜希子
  • 好きな女性のタイプ:細過ぎず太過ぎずCカップ以上、過酷な状況におかれても生き延びることが出来る人、リュックが似合う人、攻めちゃっている人。
  • 地元をとても愛しており、ケミカルとモン吉は現在も八王子に住んでいる。都内で仕事がある時は電車などで通っている。
  • 実家は八王子で一番古いで、アルバイトで副住職を務めており、週末には寺でお経をあげている。副住職の時の名前は本名の智文(ともふみ)の別読みで智文(ちぶん)である。長男なので、2013年の全国ツアーをもってDJを引退し、寺を継ぐ事となった。
  • 面白系のイラストを描くのが得意。彼の描いたイラストが待受画像としてファンモンモバイルで多数配信されており、彼の描いたイラストがプリントされたグッズが、同グループのオフィシャル通販などで販売されている。配信限定シングル「ふるさと」のジャケットも彼が描いたイラストである。また、彼がデザインした「Sleep地蔵」という癒し系キャラクターは、『パフ Life』というブランドになっている。
  • もともと腰痛を患っており、その痛みの程度は、杖をつかないとまともに歩行できなくなるくらい重症である。また、2008年に花粉症デビューしている。
  • 少々霊感がある。子供の頃は亡くなった祖父の霊を毎晩見ながら眠っていた。
  • 口癖は「地球に緑を!」「寝てないですよ」。また、寝る時にパンツの中に手を入れる癖がある。
  • モン吉の弟とは友人関係にあり、モン吉と知り合う前から、当時モン吉が所属していたグループのライブにも客として観に来ていた。最初モン吉はケミカルの事を弟の友人とは知らず、「いつも観に来ているアフロの客」としか認識していなかった(当時DJケミカルの髪型はアフロだった)。
  • ファンキー加藤とプライベートで北海道に旅行に行ったことがある。
  • まれに公式ブログを更新することがあり、大抵は自分のプライベートに関する記事である。彼の書く文章は、まるで古い詩のような口調で、改行が少なく理解し難いもので、文章中では一人称に「僕ちゃん」「アタシ」が使用されている。ちなみに「僕ちゃん」という一人称は前述の『君の手の平でダンス’09』の歌詞のケミカルが歌う部分にも登場する。また、ファンクラブ会報でも彼が文章を書いているが、わざとなのか、とても書道が得意とは思えない、ギャルの女子高生が書きそうな派手な読みにくい字で文章を書いていることがある。
  • 元々ビジュアル系が好きだった。カラオケでは『キテレツ大百科』等、アニメソングをよく歌うが、ビジュアル系もたまに歌う。
  • 髪の毛が伸びるのが早い。染髪もしておらず、髪型も現在は地味だが、昔女性の美容師に恋をしていた頃、彼女にカットしてもらうために、床屋ではなく美容院でカットしていた。しかし現在は、理容院やバリカンで自分もしくは誰かにカットしてもらっている。

エピソード[編集]

  • 2007年2月末、『Lovin'life』でミュージックステーションに初登場した時も、やはりDJプレイはせず、曲中ずっとの木の枝を手に持って踊っていた。曲終了後タモリにつっこまれる。なお、番組へは、「彼は一体何者なんだ」や「DJプレイは出来るのか?」などの問合せが殺到した。そこで同番組は翌週にもう一度FUNKY MONKEY BABYSを出演させ、Mトピのコーナーで取り上げて紹介した。タモリに「DJは今日こそDJをしてくれますか?」と聞かれて彼は、「今日は練習してきたので」と答えたが、曲が始まると同時にヘッドホンをくるくるとしまい込み、曲が終わるまで踊るだけだった。その2週とも赤いTシャツを着て踊っていたため、ファンから赤Tシャツ王子(赤T)と呼ばれるようになる。ちなみにケミカルが赤いTシャツを着たのはこの時が初めてである。なお、この件にちなみオフィシャル通販では、「FMB」のロゴやイラストがプリントされた赤いTシャツをファンクラブ会員限定で販売していた。
  • ライブで演奏中に、DJブースで食事をするパフォーマンスをした事もある。彼が今まで演奏中に食べたものは、きゅうり・鮭おにぎり・うどん・ベビースターラーメンなどである。
  • 占い師に、「あなたは…宇宙人ですね。」と真顔で言われたことがある。
  • 2008年8月4日のHEY!HEY!HEY!で、彼そっくりのカフェ店員がいるという噂を検証された。
  • 2008年夏、プライベートでバヌアツに行き、現地の真水で胃腸を壊し、帰国後、原因不明の高熱で倒れた。
  • 3rdアルバム「ファンキーモンキーベイビーズ3」のコマーシャルには、メンバーからは彼だけが出演していた。なお、同CMは彼がDJを引退するというストーリーで、初回限定版のジャケット写真で着ている服装と同じ恰好で登場し、車の窓から投げキッスを披露した。
  • 2011年11月より八王子市内で運行されている「ファンモンバス」(西東京バス)では、彼が描いたイラストが掲出されているほか、車内アナウンスも彼が担当している[1]
  • 2011年12月明石家さんまのトーク番組さんまのまんまにゲスト出演した際、「お前はケミカルじゃなくてコミカルやろ」と言われた。
  • 2012年4月8日、5年前から交際を続けてきた一般の女性と結婚。ケミカルは公式ブログで妻の事を「不動明王のような厳しさと慈悲深さを兼ね備えている」と記述している。4月8日を選んだのは、実家の寺の副住職でもあるケミカルが、釈迦が誕生したとされる花まつりの日にちなんでである[2]

ファッション[編集]

普段のファッションキャップを被り、Tシャツにケミカルウォッシュジーンズにスニーカーと、至って地味である。その他、半ズボン・白のタンクトップ・ニット帽・五本指ソックス・オーバーオール・長靴・ちゃんちゃんこ・笠なども好んでしばしば着用する。なおこれらの私服は、地方の店で購入したりオークションで落札したりといった方法で入手している。またケミカルは時々、Tシャツの裾をジーンズの中に入れたりと、決しておしゃれとは言えない、むしろ現代の若者の中では「ダサい」とされる恰好をしていることもあれば、アーティスト写真等でスタイリストに選んでもらった服を着ている場合は、3人の中で最もオシャレなコーディネートをしていることもある。 また、特別なライブやジャケット写真などでコスプレを披露する事がある。

これまでに披露したコスプレ[編集]

  • 麦わら帽子を被り、半ズボンとビーチサンダルを履き、虫取り網と虫かごを持った田舎の夏休みの小学生。特別な場合だけではなく、普段も頻繁にこの格好をしており、彼が最もよくするコスプレである。虫取り網の代わりに浮き輪を持っていたり、リュックやウエストポーチを身に着けていたりと、バリエーションが多数存在する。
  • ファンキーモンキーベビースターラーメンのパッケージでは、ベビースターラーメンのマスコットキャラクターベイちゃんと同じ格好をしていた。なお、同商品は彼の直筆サインが100人に当たるキャンペーンが行われていた。
  • 『旅立ち』の宣伝ポスターでは、右下の隅で学ラン姿を胸から上のみ披露している。
  • 竿とクーラーボックスを持ち、長靴を履いた釣り人。この姿はライブDVDのジャケットにもなっており、TOKYO GIRLS COLLECTION2008にゲストとして登場した際は、このコスプレで場内を走り回った。
  • 2008年5月31日、さいたまスーパーアリーナで行われたMTV VIDEO MUSIC AWARDS JAPAN 2008にプレゼンターとして登場した時は、他の2人がスーツ姿なのに対し、1人だけ私立小学校に通う眼鏡をかけたお坊ちゃまのコスプレをしていた。また20秒のアピールタイムで、ランドセルから取り出した縦笛を吹きながらレッドカーペットを歩いた。
  • 2008年夏に大阪でライブを行った時は、ビジュアル系DJと称してゴシックファッションだった。
  • 2009年3月14日に、中国青島イオンJUSCO東部店にて初の海外インストアライブを行った時は、同店で購入した「福原愛セット(赤いユニフォームとラケット。400元、約5700円)」を身に着けて登場し、「サー」とスマッシュのポーズを決めた。
  • 2009年12月28日、福岡国際センターでライブを行なった際は、過去最大の露出となるふんどし姿でステージに登場した。
  • 2009年大晦日の第60回NHK紅白歌合戦に初出場した際は、歌唱時以外は普段と変わらない恰好だった。だが、自分たちの出番が来た時は歌唱曲『ヒーロー』の歌詞に合わせ七三分けのカツラをかぶり、黒ブチ眼鏡をかけ、鞄を持ち、派手な金色のスーツに着替え、サラリーマンのような恰好で登場した。
  • ベストアルバムの初回限定版のジャケット写真では、猿の着ぐるみ姿を披露している。なお、この姿で同アルバムのCMにも出演した。
  • 2010年2月21日、大阪城ホールでライブを行なったときは、バカ殿のコスプレだった。
  • 2010年のゴールデンウィークに仙台でライブを行なった時は、中世ヨーロッパの音楽家のような衣装で登場した。
  • 2010年5月29日、横浜アリーナで行なわれたライブ「エクセレント」では、顔がバカ殿で胴体がミラーボールのコスプレで登場した。
  • 2010年5月30日、横浜アリーナで行なわれた「エクセレント」2日目は、両側にファンキー加藤とモン吉のダミー人形を使用した一人ファンモンで登場した。

書籍[編集]

  • TSUTAYAが発行しているフリーマガジン「V.A.」で「DJケミカル全国TSUTAYAの旅」というコーナーを連載中。

脚注[編集]

関連項目[編集]

  • DJ OZMA-ケミカル同様、DJプレイをしないのにDJと名乗っていた。但し、こちらは人前でDJプレイをすることが全くなく、DJプレイができるケミカルとは事情が異なる。

外部リンク[編集]