紫金山・アトラス彗星
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紫金山・アトラス彗星 C/2023 A3 (Tsuchinshan-ATLAS) | |
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仮符号・別名 | C/2023 A3 A10SVYR |
分類 | 長周期彗星(近日点通過前) 非周期彗星(近日点通過後) |
発見 | |
発見日 | 2023年1月9日[1] |
発見者 | 紫金山天文台 小惑星地球衝突最終警報システム |
発見場所 | 紫金山天文台 ( 中国・南京市) 南アフリカ天文台 ( 南アフリカ・北ケープ州) |
軌道要素と性質 元期:TDB 2,460,280.5 = 2023年12月2.0日(特記無し)[2] TDB 2,378,496.5 = 1800年1月1.0日(近日点通過前)[3] TDB 2,524,593.5 = 2200年1月1.0日(近日点通過後)[3] | |
軌道の種類 | 楕円軌道(近日点通過前)[注 1] 双曲線軌道(近日点通過後) |
軌道長半径 (a) | 約 190,000 au(近日点通過前)[3] |
近日点距離 (q) | 0.3914 au[2][4] (約5855万 km) |
遠日点距離 (Q) | 約 380,000 au(近日点通過前)[3] 定義不能(近日点通過後)[3][注 2] |
離心率 (e) | 0.999998(近日点通過前)[3] 1.000014(近日点通過後)[3] |
公転周期 (P) | 約 8400 万年(近日点通過前)[3][注 3] 非周期へ変化(近日点通過後)[3][注 2] |
軌道傾斜角 (i) | 139.118°[2] |
近日点引数 (ω) | 308.485°[2] |
昇交点黄経 (Ω) | 21.557°[2] |
平均近点角 (M) | 359.999°(近日点通過前)[3] -0.014°(近日点通過後)[3] |
前回近日点通過 | TDB 2,460,581.230[2] (2024年9月27日) |
最小交差距離 | 0.275 au(地球軌道に対して)[2] |
物理的性質 | |
絶対等級 (H) | 8.8 ± 0.7(全光度)[2] |
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紫金山・アトラス彗星[5](しきんざん・アトラスすいせい、英語及び小惑星センターにおけるコード:C/2023 A3 (Tsuchinshan-ATLAS)[1][2])はオールトの雲より飛来した非周期彗星の一つである。2023年1月9日に中国の紫金山天文台、同年2月22日に南アフリカ共和国の小惑星地球衝突最終警報システム (ATLAS) によって独立して発見された。紫金山・ATLAS彗星[6]あるいは中国語発音に沿ったツチンシャン・アトラス彗星[7]とも表記される。2024年9月27日に太陽から 0.39 au(約5800万 km)離れた近日点を通過し、その前後の時期は地球からも肉眼で観測可能になるとされている[8][9][10]。
観測
[編集]発見
[編集]南アフリカ共和国の南アフリカ天文台にある 0.5-m f/2 シュミット式望遠鏡を用いて行われた小惑星地球衝突最終警報システム (ATLAS) による捜索で2023年2月22日に撮影された画像から、太陽から約 7.3 au(約10億9000万 km)離れた場所に位置する見かけの明るさが18.1等級と推定される小惑星状の新天体が検出され、同年2月28日に天文電報中央局 (CBET) および小惑星センターの小惑星電子回報 (MPEC) にて発見が報告された[1][11]。最初の軌道計算が行われた後、この天体が同年1月9日に中国の紫金山天文台で撮影された画像から検出され、小惑星センターに18.7等級の新天体として報告されていたものと同一の天体であることが判明した。1月9日の観測後、この天体は確認待ちの天体のリストに登録されていたが、その後に観測が報告されることがなかったため、同年1月30日にリストから削除され見失われた天体として扱われていた[11]。
その後、この天体は2022年12月22日にアメリカのパロマー天文台で行われている観測サーベイ Zwicky Transient Facility (ZTF) によって撮影された画像に捉えられていたことが判明しており、このときの見かけの明るさは19.2 - 19.6等級であった。これらの画像からは、その周辺に非常に凝縮されたコマと長さ約 10" の小さな尾が存在していることが明らかとなり、この天体が彗星であることが示された[1]。天体観測家の佐藤英貴、M. Mattiazzo、Cristóvão Jacques からも、この天体の彗星活動を示す観測結果が報告されている[11]。小惑星センターによる彗星の命名規則より、この彗星には最初に発見に関わった2つの観測施設の名称が付与され、正式に C/2023 A3 (Tsuchinshan–ATLAS) と命名された[11]。
太陽接近前
[編集]2024年1月までに紫金山・ATLAS彗星の見かけの明るさは13.6等級にまで明るくなり、天体観測家の Bob King によれば、口径 15 in(約 38 cm)の望遠鏡を用いれば142倍の倍率で観測できるようになったと報告された[12]。このとき、彗星はてんびん座とおとめ座の境界付近を移動していた[12]。4月末までには10等級程度にまで明るくなり、小型の望遠鏡でも短い尾が観測できるようになった[13]。太陽から 2.33 au(約3億4900万 km)の距離にあった同年5月31日時点のスペクトルを調査した結果、強いシアン化物の放射が示されており、紫金山・ATLAS彗星は炭素が比較的枯渇している彗星であることが判明した[14]。また、ガスに対する塵の比率が大きい「ダストリッチ」な彗星であることが示されている[15]。
5月と6月には紫金山・ATLAS彗星の増光のペースが鈍化し、見かけの明るさは10等級から11等級程度に留まるようになり、長さが 5 - 15 分角の短い塵の尾(ダストテイル)が東の方向に伸びる様子が肉眼で観測された[16]。チェコ系アメリカ人天文学者のズデネク・セカニナは、この増光ペースの鈍化は彗星核の分裂によるものであり、3月下旬ごろに彗星核の分裂が始まっていた可能性を指摘するプレプリントを arXiv に投稿した。セカニナは3月に見られた一時的な増光率の増加とそれに続く塵の生成量の減少、細い涙滴型の塵の尾、自重力の影響によるものではない軌道の変化がその証拠だとし、紫金山・ATLAS彗星の彗星核が近日点通過前に崩壊し、当時の予測ほど明るくならないことを示唆した[6][17][18]。一方で、TRAPPIST望遠鏡による観測では、位相角が 0° に近かった5月に塵の生成量が最も少なくなり、1ヶ月後に再び増加し始めたのに対し、ガスの生成量はその期間を通してゆっくりと増加していたことが示されている[15]。6月中旬には、紫金山・ATLAS彗星は夕方の空で観測できるしし座の領域に移動した[12]。7月初旬には長さが約 1.5° の微かなイオンの尾(イオンテイル)が伸びている様子が観測された[19]。7月中旬から9月までは地球から見て太陽に隠される位置関係となったため地上からの観測が出来なくなったが[12]、その最中の8月にSTEREO計画によって紫金山・ATLAS彗星が着実に明るくなっているのが観測され、見かけの等級は7等級に達した[20][21]。
近日点通過前後
[編集]紫金山・ATLAS彗星は、9月11日の早朝に天体観測家のテリー・ラヴジョイによって再び地上から観測された。このとき彗星はろくぶんぎ座に位置しており、見かけの明るさは5.5等級だった[22]。9月20日には国際宇宙ステーションに滞在している宇宙飛行士のマシュー・ドミニクによって肉眼で観察され、その写真が撮影されており、その2日後に同じく国際宇宙ステーションに滞在しているドナルド・ペティによっても写真に収められている[23]。紫金山・ATLAS彗星が初めて肉眼で観測されたのは同年9月23日で、そのときの見かけの明るさは3.3等級と推定され、双眼鏡で観測した際の尾の長さは約 2.5° と報告された[24]。9月25日には肉眼での見かけの明るさは3等級、9月30日には2等級に達した[24]。
9月の最終週には明け方の空に見えるようになり、南半球からの方が観測条件が良く、2等級まで明るくなると予測されている。9月27日に近日点を通過し[2]、太陽に対して合を迎えることになるので天球上を太陽と連動して動いていくようになる[12]。10月9日には太陽から約 3.5° まで離れるようになり[25]、10月中旬には夕方の空に見えるようになる[12]。
明るさの予測
[編集]発見が発表された時点では、紫金山・ATLAS彗星の絶対等級 H = 7、彗星の全光度を求める公式[注 4]の日心距離依存係数 2.5n = 8 として、太陽からの離角が十分に小さいと仮定すると、近日点通過時に見かけの明るさが最大で3等級に達すると推定されていた[11]。地球から観測した見かけの明るさは近日点を通過した約3週間後の2024年10月中旬にピークに達し、4等級の明るさになると推定された[11]。一方で天体観測家の Gideon van Buitenen は H = 5.2、2.5n = 10 と仮定して、近日点通過時の全光度が0.9等級、地球に最接近する際の見かけの明るさが-0.2等級に達すると予測し、彗星の前方散乱の影響を受けると推定した[26]。紫金山・ATLAS彗星の軌道の特徴として同年10月に位相角が 180°(散乱角が 0°)、つまり地球が彗星の真後ろに来るという位置関係となるタイミングがあり、この時に彗星から放出されている塵などが前方散乱の効果による逆光で特に明るく見える可能性が指摘されている[27]。
同年6月に改訂されたデータに基づいて、 H = 6 および 2.5n = 7.5 と仮定して紫金山・ATLAS彗星の見かけの明るさは最大で2.2等級に増光することが示唆された。これは、太陽系内の長周期彗星の平均的な増光率に近い。しかし前方散乱の影響により、少なくともさらに1等級明るくなることが予想され、2024年10月9日の明るさのピーク時には数等級明るく見える可能性があるとされた[16]。同年9月初旬からの更なる計算結果では、前方散乱の影響を考慮すると10月5日から10月13日にかけて0等級よりも明るくなり、10月9日に最大で-4等級に達する大彗星となり、前方散乱により最大で7等級も見かけの明るさが大きくなる可能性が予測されている[28]。天文情報サイトのスカイ・アンド・テレスコープは、紫金山・ATLAS彗星から放出されている塵の多さ、位相角、そして前方散乱の影響により10月初旬には日中でも彗星を観測できる可能性に言及している[22]。
軌道
[編集]紫金山・ATLAS彗星の軌道傾斜角は約139度であり、太陽の自転方向に対して逆行する軌道となっている。2024年9月27日17時49分 (UTC) ごろに近日点に到達し、その時の太陽からの距離は 0.391 au(約5800万 km)であった[4]。地球に最も接近するのは同年10月12日であり、約 0.47 au(約7030万 km)まで近づく[2]。太陽系の巨大惑星には大きく接近することはない[11]。太陽系の惑星が存在する領域に進入する前は、軌道の離心率が非常に1に近く、太陽の重力に弱く束縛されている状態の楕円軌道を描いていた[3]。惑星が存在する領域に近づいてくると惑星からの摂動の影響を受けることで、近日点通過後に太陽系外部へ出ていく際の軌道は進入してくる際の軌道よりも離心率が大きくなり、軌道離心率が1をわずかに超える程度の緩い双曲線軌道に変化し、太陽の重力に束縛されない状態となる[3]。このような緩い双曲面軌道の場合、彗星は太陽系から完全に放出される場合とそうならない場合があるとされる。2237年には太陽から 200 au の位置にまで離れると予想される[29]。
脚注
[編集]注釈
[編集]- ^ 2023年12月2.0日を元期としている JPL Small-Body Database に掲載されている軌道要素では軌道離心率が1をわずかに上回っており、太陽の重力に束縛されていない双曲線軌道であることを示している[2]。しかし、太陽との相対速度を二体問題で表してさらに長期的に見た軌道要素を JPL Horizons On-Line Ephemeris System を用いて算出すると、近日点を通過する前は軌道離心率が1を下回っているため、このときはまだ太陽の重力に束縛されていた楕円軌道であったことがわかる[3]。
- ^ a b JPL Horizons On-Line Ephemeris System の計算による元期2500年1月1日における軌道要素のうち、遠日点距離が公転周期は 9.999...E+99 となっているが、これは解が計算上無限大となっており定義できないことを示している。
- ^ PR(公転周期)がおよそ 3.0575E+10 となっており[3]、これは日単位なので年に変換すると約8370万年となる。
- ^ 地球から観測した際の彗星の全光度 は以下の数式で求めることが出来る。 が彗星の絶対等級 (H)、 が地球から彗星までの距離(地心距離)、 が太陽から彗星までの距離(日心距離)、 が彗星の日心距離に依存する光度変化の大きさを表す光度係数、 が彗星の散乱角である。
出典
[編集]- ^ a b c d “MPEC 2023-D77 : COMET C/2023 A3 (Tsuchinshan–ATLAS)”. minorplanetcenter.net. Minor Planet Center. 1 March 2023閲覧。
- ^ a b c d e f g h i j k l “Small-Body Database Lookup: C/2023 A3 (Tsuchinshan-ATLAS)”. JPL Small-Body Database. Jet Propulsion Laboratory (2024-08-02 last obs.). 2024年9月22日閲覧。
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- ^ a b “Horizons Batch for C/2023 A3 (Tsuchinshan-ATLAS) on 2024-Sep-27”. JPL Horizons On-Line Ephemeris System. Jet Propulsion Laboratory. 2024年9月25日閲覧。 表中の「rdot」の値の符号が負から正に転じたタイミングが近日点通過を示す。
- ^ “紫金山-アトラス彗星”. 天文学辞典. 日本天文学会. 2024年9月22日閲覧。
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- ^ “2024年注目、二つの彗星 見えるのはどこだ?”. 毎日新聞. (2024年4月2日) 2024年9月22日閲覧。
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- ^ “New comet – C/2023 A3 – could be bright in 2024”. earthsky.org (3 March 2023). 8 April 2023閲覧。
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- ^ Green, Daniel (2024年9月10日). “Electronic Telegram No. 5445: COMET C/2023 A3 (TSUCHINSHAN-ATLAS)” (txt). Central Bureau for Astronomical Telegrams. 2024年9月22日閲覧。
- ^ “Barycentric Osculating Elements for Comet C/2023 A3 (Tsuchinshan-ATLAS) outbound at 200 AU”. JPL Horizons On-Line Ephemeris System. Jet Propulsion Laboratory. 2024年9月25日閲覧。
関連項目
[編集]外部リンク
[編集]- 紫金山・アトラス彗星 - JPL Small-Body Database
- 吉田誠一 (2024年9月21日). “紫金山-アトラス彗星 C/2023 A3 ( Tsuchinshan-ATLAS )”. aerith.net. 2024年9月25日閲覧。