田中要次

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たなか ようじ
田中要次
別名 BoBA(英語表記の場合)
生年月日 1963年8月8日(50歳)
出生地 日本の旗 日本長野県
血液型 A型
職業 俳優
ジャンル 映画TVドラマCMPV
活動期間 1990年 -
配偶者 あり
主な作品
映画
鮫肌男と桃尻女』『KILL BILL
手紙』『HERO』『桜田門外ノ変』『道〜白磁の人〜

ドラマ
HERO』『逃亡者』『エジソンの母
マイ☆ボス マイ☆ヒーロー
RESCUE〜特別高度救助隊』『アンタッチャブル〜事件記者・鳴海遼子〜』『崖っぷちのエリー』『純と愛

備考
2003年
『刑事まつり 一発大逆転』で監督デビュー

田中 要次(たなか ようじ、1963年8月8日 - )は、日本俳優。別名はBoBA(ボバ)。

長野県木曽郡木曽福島町(現木曽町新開)出身。血液型はA型。長野県木曽山林高等学校(現長野県木曽青峰高等学校)林業科卒業。所属事務所はザズウ。元国鉄職員、JR東海社員。身長178cm。左利き。大型自動二輪免許所持。

来歴・人物[編集]

1982年国鉄長野鉄道管理局に就職。1987年国鉄分割民営化にともない、JR東海東海鉄道事業本部社員となり、岡崎保線区に配属され、JR大府駅安城駅構内の職場に勤務した。その頃から映画館通いが頻繁となり、愛知、岐阜、三重を渡り歩き、地元映画上映サークルと交流を深める。

1989年、親交のあった山川直人監督からオファーを受け、ミュージック・ビデオ佐木伸誘 / SEEK AND FIND』(1990.2.7) に出演した。のち国鉄時代からの勤続が8年8カ月8日となり、ジョン・レノン十回忌の当日でもある1990年12月8日にJR東海を退職(田中自身はこれを“脱線”と称している)、俳優になる事を志して上京した。

1991年照明技師安河内央之に師事し、竹中直人監督『無能の人』の照明助手として参加。竹中監督の目に留まった田中は同作品にエキストラとして出演も果たし、舞台『竹中直人の会 / 鉢植を持つ男』に舞台監督助手を兼ねて、神戸浩の代役としても参加した。その後も職種を問わず、俳優だけでなく、撮影スタッフとしても照明助手の他に録音助手、ドライバー、付き人なども経験しながら、数多くの映像製作に携わった。

1994年、竹中直人監督『119』で、照明部トラックの運転中に事故を起こした事をきっかけに、スタッフ業から退き、俳優に専念するようになる。

1994年から1998年まではバイク便ライダーをやりながら生計を繋いでいた。

2001年、平均視聴率全話30%超えを記録したTVドラマ『HERO』でのバーテンダー役の「あるよ!」が話題となり、人気を博し、これをきっかけにバラエティにも進出した。

2003年、オムニバス映画『刑事まつり 一発大逆転』で短篇「窯岡刑事 / Coming Out Cop KAMAOKA」の監督を果たし、以降も『奪われた刑事 / Snatches』 (2004) など、短編作品を撮り続けている。

上記のように現代の俳優としては一般職歴の長い遅咲き型であり、刑事役、悪役からサラリーマン役まで幅広い役柄をこなす俳優として多数の映画、ドラマに出演している。

エピソード[編集]

  • 1979年高校1年生の時に演劇部に入部し、文化祭で『十二人の怒れる男』を元にした舞台で陪審員長役を演じたが、不良生徒の野次と中年を演じなければならなかった違和感に嫌気がさして、自身にとって演劇は不必要と考え、1年で退部をした。その後は軽音楽部でロックバンドの活動を続けた。
  • 1996年、バイト先だったバイク便会社 (BSA) からの派遣で『王様のブランチ』の "王様のバイク隊" のメンバーとしてレギュラー出演していた。
  • 1999年ロフトプラスワンで『BoBA Night』という田中の出演カットだけを流すイベントが開催され、全国各地にも派生した。
  • 2000年に放送された出演CMが11本になり、この年のCM王と称された。
  • 2001年から映画の年間出演本数が最多と記録され、シネマ・サルベージでは「あんた、出すぎ!」グランプリを4年獲得。
  • 2006年、映画『スキヤキ・ウエスタン ジャンゴ』の撮影中に田中が落馬をした事がきっかけで "ボバる" という業界用語が生まれた。三池崇史監督が言い出した事から業界内に広がりつつあるが、実は「映画道百科」というサイトでは数年前からすでに田中を元に業界用語として登録されていた。セリフを噛む、呂律が回らないなど、本番でNGを出してしまう事を意味している。
  • 2007年2月6日放映の『踊る!さんま御殿!!』で「自分の名前をBoBAと呼んで欲しい」と告白。しかしその後でさんまが「BoBA!」と呼びかけたところ即座に返答できず「BoBAになっとらんやん!」とさんまに突っ込まれた。この瞬間、名前のテロップが「BoBA」と表示された。
  • 2007年4月24日放映の『笑っていいとも!』では、自身を「脱線男」と称するとともに、「PV男優」とも呼んだ。セリフが要らないという点でPVへの出演は気に入っているようである。
  • 『HERO』での決めセリフが影響して、街中で「"あるよ"の人」とか「”あるよ”だ!」等と呼ばれるようになってしまった(『ごきげんよう』で本人の弁)。
  • 2009年8月、bonobosと親交のある田中は日比谷野外音楽堂で収録された『宇宙温泉へようこそ!』DVDの撮影カメラマンとして参加した。ステージ袖のポジションで撮影をしている為、本編中でも時折その存在が確認出来る。自身はブログで「まさにサブリミナル出演!」と語っている。
  • 2011年1月、映画『ロボジー』で僅か2シーン出演の為に大型自動二輪免許を取得。
  • 2012年から旅人としての番組出演が多くなり、自身を「旅俳優」と称す。
  • 2013年の出演番組がBSチャンネルに多くなっている事に気付き、自身を「BS俳優」とも呼んでいる。

BoBA[編集]

BoBAという名前は愛称や別名と受け取られているが、自身としては田中要次と書いてBoBAと読むとしている。

BoBAという名前の由来は自身のデビュー作品『佐木伸誘/SEEK AND FIND』での役名が ボバ だった事が起因している。

その後、その作品のスタッフを頼って業界入りした田中は映像スタッフとしても活動していた時期があり、その界隈でBoBAという名前が愛称として定着した。

本来、この名前は自身の旧友との間で生まれた遊び言葉だったのだが、田中が襲名した事でその言葉遊びが継続されているとも言われている。

"ボバ"という名前の発祥地がRCサクセションのコンサート会場だった事から、この言葉遊びのゴールは忌野清志郎に名前を呼ばれた時と決めていた。

石井克人監督の映画『鮫肌男と桃尻女』のオープニングで初めてBOBAとクレジットされ、エンドクレジットでは漢字名だったので、これを期に読みである事を理由付け、英語表記ではBoBAで使用する事にした。

2003年公開のクエンティン・タランティーノ監督『KILL BILL』などで田中の名前はBOBAと表記されている。

BoBA"o"を小文字にしているのは、BoAの真似ではなく、ニューヨーク近代美術館MoMAにあやかっている。

主な出演作[編集]

映画[編集]

1990年代[編集]

1990年

1991年

1993年

1994年

1995年

1996年

1997年

1998年

  • まるで再出発
  • THE FETIST 熱い吐息
  • ショムニ(AVのおかまのメイク)
  • 夜9時20分のワンピース 走れエロス
  • 夜9時20分のワンピース 社長の首
  • 夜9時20分のワンピース 演出×出演
  • 夜9時20分のワンピース サウンドオブ中学教師
  • 愚か者 傷だらけの天使 - 警官
  • 冷血の罠
  • ぐしょ濡れ美容師 すけべな下半身

1999年

2000年代[編集]

2000年

2001年

2002年

2003年

2004年

2005年

2006年

2007年

2008年

2009年

2010年代[編集]

2010年

2011年

2012年

2013年

2014年

劇場版アニメ[編集]

2004年

2009年

テレビドラマ[編集]

連続テレビ小説NHK[編集]

世にも奇妙な物語フジテレビ[編集]

  • 春の特別編 「くしゃみ」(1998年) 監督:鈴木雅之
  • 秋の特別編 「私は、女優」(1999年)
  • 春の特別編「友達登録」(2001年)
  • 15周年の特別編 超短編「トイレっと」(2006年)

金曜エンタテイメント金曜プレステージ(フジテレビ)[編集]

土曜ワイド劇場テレビ朝日[編集]

1990年代、2000年代[編集]

2010年代[編集]

ビデオ[編集]

ミュージック・ビデオ (MUSIC PV)[編集]

CM[編集]

舞台[編集]

ゲーム[編集]

バラエティほか[編集]

他多数

関連項目[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ タモリ電車クラブ会員No.0013、シルバー会員

外部リンク[編集]