ANK免疫細胞療法

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ANK免疫細胞療法[読み疑問点]: Amplified Natural Killer Therapy)(別名、ANK療法、活性化自己リンパ球移入法等)は、NK細胞を取り出し刺激を与えて活性化を高め、増殖させる特殊な培養を行い、がん細胞を攻撃する役割のNK細胞の機能を特異的に上げて、体内に戻すと主張する治療法である。一般にすべてのがんが対象になる。基本的には、患者の血液からリンパ球を取り出し、培養・活性化して戻す。すると免疫細胞が、がん細胞を攻撃するという理論にもとづくとされる。ただし、これらは大学病院などでの多くの臨床試験の結果、「効果なし」と証明されたものである[1]

この療法の提唱者の一人である石井光は、2015年現在のキラーT細胞(CTL)を使ったCTL療法よりも強力であると説明する[2] 。ANK免疫細胞療法とCTL療法を併用する選択肢がある。

概要[編集]

ジャーナリストである岩澤倫彦によれば、2020年3月現在、日本では300以上のクリニックで、「活性化リンパ球療法」「樹状細胞療法」「ネオアンチゲン免疫治療」「がんペプチドワクチン」などの名称で、多種多様な自由診療免疫療法が行われている。進行がんでは世界的にも最高レベルにある日本の「標準治療」ですら限界があるため、そこに着眼した自由診療を謳う多くのクリニックにより安全性・有効性ともに確立されておらず標準治療として認められていない治療法が患者に施されている現状がある。その実態は厚生労働省も実態を把握していない。こうしたエビデンスのない療法の一つが、このANK免疫細胞療法である[1]

岩澤倫彦による取材[編集]

自由診療の説明会を10ヶ所以上取材してきた岩澤によると、ANK療法の説明会では、転移がんのため標準治療でも末期状態となり、ホスピスへ行く前の患者にANK療法を施したところ、がん細胞が全滅し、12年以上、元気に暮らした患者の例などが紹介される。スクリーンに劇的な効果を示すCT画像が次々と映し出されるとともに、早口でまくしたてるように説明され、さらに他の療法をインチキだと決めつけるという。前述通り、この療法は大学病院などでの臨床試験の結果、「効果なし」と証明されており、岩澤はその事実を伏せ、進行がんの患者に「治る」との期待を抱かせ、高額な治療費を取る行為は、「詐欺的」と言われてもやむをえないとしている。また、日本医科大学教授・腫瘍内科の勝俣範之は、クリニック側は、保険適用になるエビデンスが出ないことを承知の上で、自由診療のままの方が、はるかに利益が多く出せることを指摘した上で、最近では、抗がん剤に免疫療法を併用すると、効果が高いと言い出しているが、免疫療法を単独で施した場合、効果がなく、インチキであることがバレてしまうからだろう、と説明する。かつて勝俣には、患者が死の直前まで這うようにしてまで免疫クリニックに通院していたことを後に知った経験があり、ほとんど動けない末期がん患者から金を絞り取っていた事実に、そこまで非人道的なことをやるのかと衝撃を受け、こうした免疫クリニックを絶対に許してはいけないと、SNSで自由診療の問題について情報発信を始めた[1]

エビデンスのない治療に対して、法外な金を払う患者やその家族の心理について、岩澤は家族が命の危機にある際には、誰でもが冷静な心理状態ではいられなくなり、自分の考えを肯定する情報だけに関心が向いてしまう「確証バイアス」に陥るためだと説明する[1]

リンパ球バンク」という会社は、日本全国の提携クリニックで患者の血液からリンパ球を採取して、それを京都にある培養所で活性化した上で患者の体内に戻すシステムをビジネスとして行っているが、岩澤は、あるステージ4の患者が、提携クリニックの一つである石井クリニック石井光院長)で治療を受けた例を紹介している。石井光は、ANKで肺がんの患者が治ったとする画像を見せながら「1クール400万円×ステージ数(1600万円)」(全額前払い)だと説明した。同患者はとりあえず1クールを受けたものの、その年の7月に治療を終え、8月末に脳転移が見つかり、その翌年には死亡した[1]

2018年11月4日には、その10日前に勝俣が、保険診療の一般的なクリニックがANKを行っていると知り、「やめてほしい」とツイッターで発言。勝俣は、本庶佑ノーベル賞受賞について、石井クリニック関係者の中村健二が、解説コメントをた件に関しても、同じ免疫療法でも本庶佑の研究とANKは、同じ免疫療法でも、"真逆の存在"であるとを指摘していた。この2件のツイートにANK関係者が「名誉を毀損された」と抗議。勝俣はツイートを削除したが、石井らは勝俣教授をクリニックに呼び出し、謝罪を要求した。同席上には岩澤も同席したが、石井自身、「大半は標準治療をやり尽くしてくる。そういう患者にANKをいくらやっても効果はない」「抗がん剤やり尽くした患者は、免疫力が低いから効かない」と発言。これに対し勝俣が「効果が期待できない患者にも行うのか?」と問い返すと石井は「患者の方でぜひやってくれというから。それは仕方なくやっていますけど」などと返答したという。この問答から岩澤は「効かないと分かっている治療で、多額のカネを患者からとる。それが免疫クリニックの本質」だと結論付けた[1]

翌、2019年9月、石井クリニックは自己破産した。負債総額は約9億円であった(帝国データバンク調べ)[1]

腫瘍内科医・押川勝太郎は、フェイク情報の氾濫を問題視し、ステージ4や、治っても再発を恐れている人が騙される傾向があるとし、自由診療の有効性を検証すれば、理論だけや試験管の実験効果レベルであるにもかかわらず、宣伝が巧みであるために信じてしまう。正しい医療とは何か、患者が学ぶ機会がないのが問題だと発言した[1]

機序[編集]

この療法を推進する企業・リンパ球バンクによると、免疫細胞は多種類存在し、そのほとんどがウイルス細菌などを認識・攻撃するが、がん細胞は本人の細胞であって異物ではないため認識・攻撃ができない。こうした数ある免疫細胞の中でも、複雑なセンサー群を多数または多様に備え、がん細胞を見つけ攻撃する能力のあるNK細胞を、がん攻撃に利用する単純ながん治療だとする[3]

歴史[編集]

深刻な急性感染症感染した進行がん患者に、非常に強い免疫刺激が加わった場合に、がんが消失して再発せずに一見完治したかに見える現象が古くから知られていた。このため、免疫にはがんを克服する能力があると考えられてきた。免疫細胞の一種であるT細胞のごく一部が、がん細胞を傷害することは知られていたが、その中でもごく特定の一部のT細胞が、ごく特定のがん細胞のみを攻撃するだけであり、「完治」という現象を説明するに足りるものではなく、さらにがん殺傷能力を備えた免疫細胞が存在するはずだと考えられてきた[3]

そこで健康な被治験者の血液に強い免疫刺激を加えた後、多種類のがんの標本細胞を投入する実験が繰り返された。その結果、活性が高いという条件で、あらゆるがん細胞を出会った瞬間に直ちに攻撃し、かつ正常細胞は傷つけない性質をもつリンパ球(免疫細胞)が発見される。これを「自然免疫に属する殺し屋」という意味で「ナチュラルキラー細胞」と名付け、略してNK細胞とも呼ばれるようになった[3]

NK細胞は培養が難しかったが、アメリカ国立衛生研究所(NIH)は、「培養が難しいならば大量に採取すればいい」との発想に基づき、一人の患者から3日がかりで延べ数十ℓの血液を体外に循環させ、リンパ球を分離採取。体外に採り出したNK細胞を含むリンパ球集団に大量のインターロイキン2を加えて刺激を与えた(インターロイキン2を進行がんへの直接大量投与で、がんが消失できることは分かってた。が同時に副作用は激しく使用が困難であった)[3]

NK細胞は培養条件が非常に難しく自爆をするため、扱いが困難であった。このため一緒にいるT細胞が爆発的な速度で増殖し過ぎる前に、培養期間を3日以内に制限して、活性化したNK細胞を体内に戻す方法が考案された。これを抗がん剤が効かなくなった進行がん患者数百人全員に投与し、何らかの効果が観察された。この臨床試験によりNK細胞を用いる免疫細胞療法の有効性が証明されたとされる[3]

この臨床試験を指揮したNIHの医学博士ロッテからNK細胞のさらに実用的な培養技術について相談を受けた京都大学の研究者と、その共同研究者の2人のさらなる研究により、NK細胞だけを増殖させる「活性化と選択的増殖」培養技術を実地にがん治療に使えるレベルで実現した。これを活性化と増殖の両方の意味を込めて(Amplified = 増強された)、ANK自己リンパ球免疫療法(ANK療法)と名付けた[3]

ANK免疫療法の趣旨[編集]

リンパ球バンクの公式サイトによると、日本の公的医療制度は非常に複雑で大きなシステムであるため、新しい変化には弱く、欧米では、がんの治療薬の主流は分子標的薬であり、従来型の抗がん剤はむしろ脇役に過ぎないが、「この薬は海外では標準なので私にも使ってください」と日本の保険診療の医師に頼み込んでも「保険診療のルールに載っていない」のでどうしようもないなどと、あたかも日本の保険診療のために立ち遅れているかの説明がなされ、標準治療を受ける前提で、同時並行で保険診療を補う自由診療の選択肢も検討するよう推奨されている。さらに、ANK療法について病状に合わせて具体的な治療方針について医療相談を受けられるのは、ANK療法実施医療機関として国に届出を受理された医療機関だけであり、ANK療法以外の免疫細胞療法を行っている医療機関は全国に1000ケ所近くあるが、それらを「一般法」だと一ひとくくりにして別物であると強調し、そこではANK免疫療法の説明や治療を受けることは認められていないとしている。また、ANK療法を受けられる医療機関は厚生労働省の公式サイトに記載されているものの、一覧にはなっておらず、膨大なページの中から見つけるのも困難であるとし、直接リンパ球バンクへ連絡するよう呼び掛けている[3]

がんの部位は問わず、年齢不問で実施医師との面談は「早ければ早いほどいい」とする。90歳代の治療実績もあるとする。白血病では、培養器にがん細胞が混入するため、混入がん細胞が培養中に増殖する一般の免疫細胞療法は実施不可だが、ANK療法では、条件によっては培養中にANK細胞が混入がん細胞を一掃できるため治療可能なことがあり、著効症例報告が国際論文に発表したとする。抗がん剤や放射線療法によってNK細胞が傷つく前にANK療法の培養を済ませて凍結保管し、抗がん剤や放射線療法によってがん細胞の総数を減少させた後に、ANK療法で残存がん細胞にとどめを刺すのが理想的だとする。但し、抗がん剤や放射線療法を受けられた後でも治療は可能とする[3]

リンパ球バンクの主張[編集]

腫瘍が1個しかない場合は、手術で取り去ることで、ほぼ大丈夫である。問題は、「がん幹細胞」が飛び散ってしまっている場合で、飛び散ったがん幹細胞を直接みつける手段はなく、画像診断では確認できず、腫瘍マーカーも正常で自覚症状がなくても、実際には転移している可能性があり、やがて腫瘍が大きくなって初めて画像で確認できる段階で再発や転移の診断となる。保険診療の枠組みだけでは、ステージ4のような再発転移に至る状況では延命を目的とした治療しかできなくなる。手術、放射線重粒子線陽子線など局所療法ではがん幹細胞の除去は不可能だ。最新の免疫チェックポイント阻害薬でも、主にT細胞の活性を復活させるだけで、NK細胞は活性化されない。T細胞は、がん幹細胞をほとんど認識攻撃できない。がん患者にとって、手強いのは再発転移であり、その種となるのががん幹細胞、さらに体内に飛び散ったがん幹細胞を傷害できるのはNK細胞以外なく、そのための重要な切り札であるとしている[3]

検査[編集]

一般のがん治療と同じ検査法。

治療[編集]

1クール単位で週2回を原則とし、計12回の点滴を行う。すべて自由診療。治療費は各医療機関にて設定されているため、各医療機関により異なる[3]

なぜ保険診療とならないのか[編集]

リンパ球バンクによれば、治療効果の問題ではなく、新しいタイプの医療であるため「該当する法律がなかった」のが理由で、康保険適応となるよう承認申請の準備を進めているが、巨額な資金が必要であるため海外の大手企業との提携を模索中だとしている[3]。但し、前述のように、2023年現在、この療法は大学病院などでの多くの臨床試験の結果、「効果なし」と証明されたものである[1]

副作用[編集]

治療開始後、悪寒体温上昇がある。免疫レベルが低下しているほど初回に熱のピークが数回来る場合がある。一般に活性化されたNK細胞免疫が点滴される1回目に体温上昇が激しく2回目以降に落ち着いて行く。体温上昇以外の免疫副反応の症状、関節の痛み、吐き気頭痛、初回、2回目に症状を訴える場合が多い。一過性。

注意事項[編集]

問題点[編集]

自由診療で治療費が高く、治療をしたとしても、効果が出ないという問題もある。

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f g h i 末期患者が食い物に……超高額「がん免疫療法」戦慄の実態”. 岩澤倫彦 - 文芸春秋デジタル. 2022年12月18日閲覧。
  2. ^ 石井光 著 藤井真則 技術監修 株式会社幻冬舎メディアコンサルティング 『完治をめざす「がん治療設計」』2015年11月30日発行 29頁~40頁 参考
  3. ^ a b c d e f g h i j k がんと闘う免疫細胞”. リンパ球バンク株式会社. 2023年1月1日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]