遺伝子

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遺伝子 (gene) はDNA二重らせん構造からなり、それがさらに巻いた構造をとり染色体を成す。真核生物の染色体はXのような形をとる。 イントロン (intron) は真核生物の遺伝子内でしばしば見られる構造で、 メッセンジャーRNAに転写された後スプライシングにより除去される。エキソン (exon) だけが蛋白に翻訳される。

遺伝子(いでんし)は、ほとんどの生物においてDNA担体とし、その塩基配列にコードされる遺伝情報である。ただし、RNAウイルスではRNA配列にコードされている。

概念

分子生物学における最狭義の遺伝子はタンパク質一次構造に対応する転写産物 (mRNA) の情報を含む核酸分子上の特定の領域=構造遺伝子(シストロン)をさす。転写因子結合部位として、転写産物の転写時期と生産量を制御するプロモーターエンハンサーなどの隣接した転写調節領域を遺伝子に含める場合もある(→オペロン)。ちなみに、語感が似る調節遺伝子とは上記の転写因子のタンパク質をコードしたれっきとした構造遺伝子である。 しかし、転写産物そのものが機能を持ち、タンパク質に翻訳されない、転移RNA (tRNA) やリボソームRNA (rRNA) 、機能性ノンコーディングRNAに対応する遺伝情報が、タンパク質構造遺伝子と同程度の数をもつことが報告され、狭義の遺伝子に含められるようになっている。近年、化学修飾や編集によるDNAのもつ情報の変更が発見されて、DNA上の領域という定義は、古典的な意味での遺伝子の範疇には収まらなくなりつつある。

古典的な遺伝子の定義は、ゲノムもしくは染色体の特定の位置に占める遺伝の単位(→遺伝子座)であり、構造は変化しないと考えられていた。しかし突然変異やトランスポゾン(可動性遺伝子)の発見、抗体産生細胞で多種の抗体を作り出すための遺伝子再編成の発見などから、分子生物学的実験対象としての遺伝子の概念はたびたび修正を余儀なくされた。他にも遺伝子増幅染色体削減といったダイナミックな変化や、二つの遺伝子の転写産物がつなぎあわされるトランススプライシングのように遺伝子の概念を広げる現象もある。

また同じ生物学内でも進化論集団遺伝学進化ゲーム理論での議論で用いられる遺伝子という単語は、上記の構造遺伝子DNA上の領域あるいは遺伝子座とは相当に異なる概念を内包しており、混同してはならない(例:リチャード・ドーキンスの著書表題『The Selfish Gene(利己的な遺伝子)』)。こちらは、自然選択あるいは遺伝的浮動の対象として集団中で世代をまたいで頻度を変化させうる情報単位である。メンデル遺伝的な面をもつもののほか、表現型に算術平均的影響を与える量的形質遺伝子、遺伝情報の突然変異や組み換えに対応する無限対立遺伝子モデルなど、理論的でありながら、即物的な分子生物学の側面を包含した考え方である。これを模倣し、文化進化の文脈で用いられるミーム集団遺伝学における遺伝子のアナロジーである。

遺伝子という言葉は、「遺伝する因子」としての本来の意味を超えて遺伝子産物の機能までを含んで用いられる場合があり、混乱を誘発している。後者の典型例としては、遺伝しない遺伝子を使った遺伝子治療などがあげられる。さらに遺伝子やDNAという言葉は、科学的・神秘的といったイメージが先行し、一般社会において生物学的定義から離れた用いられ方がされていることが多い。それらの大半は通俗的な遺伝観を言い換えたものに過ぎない。一般雑誌などでは疑似科学的な用法もしばしば見受けられる。

機能

DNA複製

遺伝子はDNAが複製されることによって次世代へと受け継がれる。複製はDNAの二重らせんが解かれて、それぞれの分子鎖に相補的な鎖が新生されることで行われる。

本質的には情報でしかない遺伝子が機能するためには発現される必要がある。発現は、一般に転写翻訳の過程を経て、遺伝情報(= DNAの塩基配列)がタンパク質などに変換される過程である。こうしてできたタンパク質が、ある場合は直接特定の生体内化学反応に寄与して化学平衡などに変化をもたらすようになり、ある場合は他の遺伝子の発現に影響を与え、その結果形質表現型として現われてくる。転写はDNAからRNA(mRNArRNAなど)に情報が写し取られる現象であり、翻訳はmRNAの情報を基にタンパク質が合成される過程である。この過程はセントラルドグマとも呼ばれる。

遺伝子の発現

遺伝子発現に関する多くの知見は真核生物ではなく細菌である大腸菌モデル生物とした実験から得られてきた。

真核生物の遺伝子の一般的な働き方

内では様々なDNA結合特異性を持った転写調節因子の転写調節領域への結合や、DNAのメチル化状態などで遺伝子の活性が制御されている。DNAからRNAポリメラーゼによってRNAへと転写された転写産物はmRNA前駆体と呼ばれる。

これが、5'末端へのキャップ構造の付加やスプライシング、3'末端の切断、ポリA鎖の付加といった作用を受けてmRNAとなる。mRNAは転写の場である核から核膜孔を通過し細胞質へ運ばれる。

細胞質では、キャップ構造を認識する蛋白質や翻訳開始因子との作用によりリボソームがmRNAに結合する。リボソーム上では、コドンに対応したアンチコドンを持ったアミノアシルtRNAがAサイトに結合することで塩基配列からアミノ酸配列への遺伝情報の翻訳が行われる。Pサイトに結合しているペプチジルtRNAから、アミノ酸が連なったポリペプチドがAサイトのtRNAに付加され、これがPサイトに移動することが繰り返される。

翻訳されたアミノ酸配列はその一次構造に依存した立体構造をもつ蛋白質へと折り畳まれる。蛋白質の機能はその立体構造によって規定されており、正常な構造をもつ蛋白質がさらに糖鎖の付加やリン酸化といった翻訳後の修飾をうけて最終的な遺伝子産物となることもある。

遺伝子研究

一般に、遺伝子研究とは遺伝学分子生物学ゲノミクスなどの研究を指す。集団遺伝学進化遺伝学は含めないことが多い。

遺伝子研究はメンデルモーガン古典遺伝学に始まった。古典遺伝学における遺伝子研究はメンデルの行なったような交雑実験表現型の観察を中心とし、遺伝子は遺伝情報を担う粒子の概念として扱われた。

分子生物学黎明期では主に大腸菌ファージを用いて、DNAを直接扱う形質転換実験や、DNA塩基配列からの遺伝子発現機構の解析などが行われた。現在では様々なモデル生物に研究対象が拡大している。これは、遺伝子の実体がほとんど全生物において『DNAである』ことによる(DNAを扱えればいかなる生物でも分子生物学的実験は行なえる)。

突然変異の表現型から遺伝子機能を推定する正の遺伝学はマウスなどでは行いづらく、先に遺伝子を同定してから変異体を作成する逆遺伝学という手法が生まれた。逆遺伝学の先にゲノムプロジェクトがあり、さまざまな生物種で進行または終了している。ゲノムプロジェクトによって遺伝子の数を有限に規定することができる。

DNAの構造決定とゲノムプロジェクトは遺伝子研究にパラダイムシフトをもたらした。シーケンシング(塩基配列の解析)技術は2009年現在も飛躍的に進歩し続けており、高速かつ低コストにゲノム全体を網羅的に解析できるようになりつつある。単に塩基配列を知るというレベルではなく、個体差を比較したり、遺伝子の発現パターンをプロファイリングしたりといった、従来は困難と認識されてきた研究も現実的に可能となってきた。in vivoにおける遺伝子の機能、すなわち『遺伝子はどのように生物体で機能しているのか』という問いへの答えが明らかになりつつある。

遺伝子操作の概要

遺伝子の機能を調べるにはいくつかのテクニックが必要である。生物体内 (in vivo) における特定の遺伝子はいくつかのコピーが存在するものの、その遺伝子が何を意味しているのか、発現するとどうなるのか、変異が起こればどうなるのかを調べることは困難である。したがって、その遺伝子のみを取り出して、遺伝子の特性を生物体外 (in vitro) で調べる必要がある。それらの過程には

  1. クローニング:扱いやすくするために対象遺伝子を担うDNAの数を増やす
  2. シークエンシング:遺伝子の配列を読む
  3. 過剰発現:遺伝子をタンパク質に翻訳し、その機能を理解する

の三段階を経る。クローニングや発現の前には、サブクローニングや発現ベクターへの遺伝子の導入といったプロセスを経ることもある。

クローニング

クローニングとは、遺伝子のクローンを作成する実験である。遺伝子のクローンを作成するにはある程度の配列がわかっていることを前提に現在2つの方法が実用化されている。

遺伝子配列がわからない場合には、目的のタンパク質を対象生物内から精製し、タンパク質N末端配列を決定した後、ミックスプライマー(アミノ酸とその遺伝暗号に対応するパターン全てを含む複数種のプライマー、詳しくは当該記事にて)を用いてクローニングを行なうことができる。

上記いずれのケースにおいても、単一のDNA配列のみを増幅した、あるいは精製したのみではヌクレアーゼによって分解を受けてしまう。したがって、目的DNA配列をクローニングベクターに導入し、大腸菌を用いてベクターを増幅することを含めてクローニングという実験が完結する。

細菌は遺伝子に介在配列を持たないためにDNAから遺伝子をクローニングすることが可能だが、真核生物の場合はイントロンをのぞいたエクソン部分のみを抽出する必要がある。これはスプライシング後のmRNAを精製し、逆転写PCR (RT-PCR) を行なうことによってクローニングが可能となる。

シークエンシング

シークエンシングとはDNAの塩基配列の並びを決定する実験を意味する。シークエンシングを行なうには、やはりある程度の配列が判明している必要があるが、クローニングが可能であれば特に問題はない。シークエンシングにはかつてマクサム - ギルバート法が用いられていたが、現在はサンガー - クルソン法(ジデオキシヌクレオチド鎖終結法)の変法である『ダイターミネーターサイクルシークエンシング法』が一般的である。

2009年現在もっとも一般的に使われているシークエンシング技術では、1つのプライマーから1,200塩基対の配列が一回の実験で決定可能である。しかし「次世代型シーケンサー」と総称される高速解読装置が複数のメーカーから発表されており、これらを用いれば従来よりはるかに大量の配列情報を短時間に得ることができる。たとえばアプライドバイオシステムズ社のSolidシステムでは一回の解析で30億塩基対の解読が可能という[1]

過剰発現

タンパク質を用いた実験を行なうには、

  • 生物内からタンパク質を精製する、
  • 過剰発現系(かじょうはつげんけい)を用いて大腸菌等ベクターの宿主に目的タンパク質を大量に発現させる

という二通りの方法がある。生物内からタンパク質を精製するには、大量のサンプルが必要であり、タンパク質精製のテクニックが必要であるために一般的な技術とは言いがたい。一方過剰発現系を用いれば、誰でも簡単に目的のタンパク質を大量に得ることができる。

最も一般的な過剰発現系には、発現ベクター中の大腸菌のlacZプロモーター配列の下流に、クローニングした遺伝子を導入する方法がある。この方法では、IPTGという物質を用いてlacZプロモーター下流の遺伝子を大腸菌内で発現させることができる。転写されたmRNAはその後、大腸菌のリボソームで翻訳され、大量にタンパク質を生産する。

このようにして生産したタンパク質を用いて、酵素であれば活性を測定したり、DNA結合タンパクであればDNA結合実験を行なったりとタンパク質の実験が可能である。現在、ポストゲノムと言われる分野の主流はこの過剰発現系を用いたものである。しかしながら、大腸菌発現系では多くの問題を抱えており、現在大腸菌以外にも多くの発現宿主が開発されている(細菌:細胞外酵素作成型(Bacillusを用いたもの)真核生物:出芽酵母、動物細胞、ヒト細胞などなど)。

以上のような方法と比較して、要するコスト及び時間を低下させることが可能な、コムギ胚芽を利用した無細胞タンパク質合成系という新たな方法も研究されている。

遺伝子研究の応用

遺伝子導入とは、上記にあげた遺伝子の実験系を用いて目的遺伝子の宿主でない他生物にクローニングしたベクターを導入し、その遺伝子が有効な形質を発現できるように仕向けることである。例えば、特定の除草剤に対して耐性を持つような作物や、霜害を防ぐ糖タンパクを生産できる作物(アイスマイナス)などはその一例である。

しかしながら、導入したベクターが花粉などを通じて拡散し、除草剤耐性を持っていなかった雑草にまでそうした形質が導入される危険性を指摘され、このような遺伝子組み換え実験は厳しく規制された状況である。遺伝子組み換え実験による物理的規制は

  • P1:一般的な実験室
  • P2:病原性を扱うような実験室
  • P3:バイオクリーンルーム(室内に流入する空気は全てHEPAフィルタ(0.22μm方形のフィルター)を通している)
  • P4:遺伝子組み換え対象生物に触れずに実験できる実験室

というランクが付けられており、危険な遺伝子組み換え実験を行なう場合にはそれ相応の規制のランクの敷かれた実験室で行なうように義務付けられている。

なお、遺伝子組み換えの規制に関して、1975年、アメリカで開かれたアシロマ会議において基本的なガイドラインが決められた。遺伝子組み換えによって誕生した生物の取り扱いについては、2003年、生物の多様性に関する条約としてカルタヘナ議定書が締結された。

歴史

現在の遺伝子の概念はメンデルによって定義される。彼は豌豆のいくつかの表現型に注目した交雑実験を行い、表現形質が分離することを発見する(1865年 →メンデルの法則)。これを説明するために形質を伝える因子たる「遺伝粒子」を考え、これが現在の遺伝子の基となっている。それまで形質は液体のように混じりあっていくと考えられていた。しかし、長らくメンデルの法則は不評で、1900年に再発見されるまで理解されなかった。[2]

細胞学者たちは減数分裂の様子を観察し、対になった染色体が一つずつになり、接合後に再び対を作るという染色体の挙動が、遺伝子のそれと同じであることを発見した(→染色体説)。ショウジョウバエ突然変異を用いた遺伝学的実験によりそれが明らかにされた。[3]

染色体はタンパク質と核酸からできていることが明らかにされたが、当時はタンパク質が遺伝子の正体であると考えられていた。多数の種類があるタンパク質に比べ、核酸はあまりにも多様性が低いと考えられていたためである。実際、100bpのDNAの情報量は約10の60乗 (4100) であるのに対し、100個のアミノ酸で構成される蛋白質の情報量は10の130乗 (20100 = 2100 × 10100) と甚だ差が激しい。

しかし、肺炎双球菌やファージを用いた実験で DNA が遺伝子の正体であることが実証され、そのすぐ後に DNA の構造が解明された。DNA の二重らせん構造は遺伝子の性質と非常によく一致していた。

メンデルの法則発見から二重らせん構造発見までの歴史

二重らせん構造発見以降の歴史

  • 1955年 セベロ・オチョアによってポリヌクレオチドホスホリラーゼが発見された(一見遺伝子とは無関係だが遺伝暗号の解明に寄与した重要な酵素である)
  • 1956年 エリオット・ヴォルキンとラザルス・アストラチャンによってDNAからタンパク質への情報のメッセンジャーがRNAである証拠が提出された(mRNAが存在する可能性を示した、このことが確実になったのは5年後、ソル・シュピーゲルマンとベンジャミン・D・ホールらの実験による)
  • 1958年 クリックによってセントラルドグマが提唱された(Symp. Soc. Exp. Biol. 12:138〜163)。
  • 1959年 ロバート・ホリーによってtRNAala分子が単離された
  • 1961年 マーシャル・ニーレンバーグとハインリッヒ・マテイによって大腸菌無細胞発現系を用いたポリウラシルからポリフェニルアラニンが合成される実験が行なわれた(遺伝暗号解明への初めての実験)
  • 1964年 ニーレンバーグとフィリップ・レーダーによって遺伝暗号解明に大きな寄与をした『トリプレット結合能測定法』が開発された。ヤノフスキーによって遺伝子がタンパク質をコードしていることが示された(遺伝子タンパク質間の共直線性が示された)
  • 1966年 遺伝暗号の解読が完了した
  • 1970年 ハワード・テミンとデビット・バルチモアがそれぞれある種のウイルス逆転写反応を見出した(セントラルドグマ概念の訂正)
  • 1977年 遺伝子が介在配列によっていくつかの単位に分断されていることが発見された(不連続遺伝子、イントロンの発見)
  • 1979年 フレデリック・サンガーによってミトコンドリアではことなる遺伝暗号が使用されていることが発見された(非標準コドンの発見)
  • 1981年 トーマス・チェックによって自己スプライシングイントロンが発見された(リボザイムの発見)

脚注

  1. ^ 森下真一、橋本 真一 「日本オリジナルの遺伝子解析法と次世代シーケンサの出会いは新しい知見をもたらす」Nature 日本版 Advertising Supplement 2007
  2. ^ 『フォトサイエンス生物図録』視覚でとらえる142頁~143頁
  3. ^ 『フォトサイエンス生物図録』視覚でとらえる144頁~145頁

参考文献

  • 『細胞の分子生物学』ニュートンプレス - 詳しく知りたい人向け。
  • 『Lewin 遺伝子』東京化学同人 - 詳しく知りたい人向け。

関連項目

外部リンク