レディーファースト

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女性を前面に出して並ぶプロムの参加者。

レディーファースト: ladies first)とは、ヨーロッパ上流階級における淑女マナー(女性が先に準備して男性を迎える、女性が先に済ませる、女性が先に退出し男性の会話に加わらない、など)を示した言葉である。時代が下ると、女性の優位性や優先権を示すなど、当初とは逆の意図で用いられることも多くなった。 本来は上流階級の淑女がとるべき行動やマナーを示す言葉であるが、しばしば紳士の取るべきマナーと混同される。

概要

欧州の貴族や紳士の上流階級では女性の地位が低く、しばしば男性に対して従僕的な姿勢こそが理想の淑女であるとされ、後述のようなマナー教育が長らく行われていた(同時に弱者である婦女子を手助けするという、男性のマナーも存在した)。

近代において女性の地位復権を目指すフェミニズム運動が盛んになると、「(男性より)女性を優先しよう」という意味での誤用がスローガンとして広く普及し、用法・思想ともに一定の支持を得るようになった。

現代(特に欧米)では男女平等の観点から、性別に基づいた行動理念は古臭い思想となった。特に大統領など社会を主導する立場の人には率先してレディーファーストの習慣をやめる(レディーファーストの慣習に従うことを拒否する)べきだと考える人が主流となっている。

日本における初出は、フェミニズム運動の影響を受け1930年の桃井鶴夫『アルス新語辞典』に登場する。

上流階級におけるレディーファーストの具体例

淑女教育としてのマナーであり、女性の取るべき行動に対する指針となっている。

故に女性に「レディーファースト」を促すのは、女性の無教養・無作法に対する指摘・非難となる。

  1. 教会の扉や門は男性より先に女性が潜り抜けて、魔よけや安全を確認する
  2. ホールへは男性より先に女性が入場し、男性を出迎える
  3. 食堂では男性より先に女性が用意・着席し、男性を出迎える・待たせない
  4. 食事は男性より先に女性が終わらせて退出し、男性の食後の談話(ジェントリの政治の時間)に加わらない
  5. 女性は男性より先に就寝し、貞淑を守る(または寝室で男性を出迎える)
  6. 女性は男性より先に起床し、朝の身支度を終えて出迎える

フェミニズム運動以降における具体例

男性が女性にとるべき行動として定義されており、また弱者や女性をほう助すべきという紳士のマナーが一部混同している。

  1. 道路を男女で連れ立って歩く際は車道側を男性が歩き、女性を事故や引ったくりから守る。
  2. エレベーターでは扉を押さえて女性を先に乗せる。降りる際も扉が閉まらないように気をつけて女性を先に通す。
  3. 扉は男性が開け、後に続く女性が通りきるまで手で押さえて待つ。
  4. 高級レストランで案内が付くときは、女性を先に通して男性が後ろを歩く。ただし、案内などが付かないレストランでは男性が先に立って席を探す。
  5. ロングドレスの女性は座ってから椅子を引きにくいことがあるので、座りやすいよう男性が椅子を引き、女性が座りやすいように椅子を戻す。
  6. 女性が中座する際、男性は一緒に立ち上がる。席に戻る際にも同様に立ち上がり、座るのを待つ。格の高い女性が立ち上がる際は、その場の男性全員が立つ。
  7. レジでの勘定は、どちらの負担であるかにかかわりなく男性が行う。ただし女性から招待を受けている場合は別である。
  8. 自動車などの乗降の際において、特に女性がロングドレスにハイヒールという装いならば、運転する男性が助手席に回ってドアを開閉する。

以下の行為はレディーファーストではないマナーの例である

  1. 自動車を降りる際に手をさしのべて女性を介助する。
  2. 船の乗降の際に手をさしのべて女性を介助する。
  3. 椅子に座る際、ウエイターが椅子を引いて座るまで女性を介助する。この場合、連れの男性は女性がきちんと座るまで着席を控える。

批判

誕生の経緯から、レディーファーストの文化に女性に対する差別が隠されてしまっていると指摘する専門家も多い。またレディーファーストそのものが女性蔑視と捉える者もいる。「女性が何も出来ないから男性がしてあげる」という考えだと指摘する専門家もいる。

紳士のマナーの背景

エドモンド・レイトン作《騎士の叙任》(1901)

女性の機嫌を取ることが男性の風俗としてはじまったのは、ローマ帝国時代とされる場合があるが、これは恋愛術または口説きの手法としてのものであり、これはレディーファーストとは直接の関係はない[1]

欧州の上流階級におけるマナーの起源は、騎士階級のひとびとの道徳規範であった騎士道に求められる。騎士階級は富農身分や貴族身分の中からおこり、12世紀頃に独立した階級となり、世襲化した[2]。長男はともかく、次男、三男は父の家督を継げる可能性はなかったので、戦功を挙げて主君に仕え、自分の城を手に入れようとする者も多かった。裕福な未亡人がいれば近づいて後釜に座ることもあった。また、若い騎士が主君の妻に恋愛感情をいだくこともあったし、主君もそれを家臣の引き止めのために利用しようとした。このように、実利的な動機によるとはいえ、貴婦人に対して奉仕するという騎士道の理念が成立した[3]

一方、動機を5世紀頃からはじまる聖母への崇敬に求める意見もある。この影響で、中世にはいると、少なくとも貴族の女性を崇高なものとして扱おうという傾向へ転じ、これを詩人や騎士が担ったとする。騎士道は11世紀のフランスに起こり、その精神と共に新たな生活風習がヨーロッパ各国に広まった。最盛期は1250年から1350年頃までとされる[4]。広く読まれた作法書としては、13世紀にカタロニアの言語で書かれ、英語、フランス語にも翻訳されたレーモン・ルル著『騎士の礼儀の書』があり、騎士の責任として、教会を守ることに次いで女性と孤児を助けることが挙げられている[5]

脚注

  1. ^ 春山行夫『エチケットの文化史』平凡社 1988. pp.91-94.
  2. ^ 阿部、参考文献。pp.101-103。
  3. ^ 阿部、参考文献。pp.111-116。
  4. ^ 春山、前掲書、pp.103-105.
  5. ^ 春山、前掲書、pp.108-109.

参考文献

関連項目