ルサールカ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

これはこのページの過去の版です。203.95.50.203 (会話) による 2020年3月12日 (木) 11:47個人設定で未設定ならUTC)時点の版 (5年以上出典の示されていない記述を除去。)であり、現在の版とは大きく異なる場合があります。

ポーランドの画家 Witold Pruszkowski が描いたルサールカ(1877年)。

ルサールカ[1][2][3][4][5] (: Rusałka、ルサウカ、: Rusalka: Русалка: Rusalka、ルサルカ[6]) は、スラヴ神話に登場する水の精霊[6]。精霊というよりは幽霊のようなもので、水の事故で死んだ女性、洗礼を受ける前に死んだ赤ん坊などがルサールカになるという[7]ルサルカ[8]とも表記されるが、その名前は、古代スラヴ人のルサーリイという祭りに由来し、豊穣神としての一面もあると言われている[7]

概要

古代のスラヴ人にとっては森・川・沼などは不安や疑惑と共に恐れられる地形であり、ルサールカに関する伝承・信仰はスラヴ人に共通して存在している[9]

ルサールカは水の精霊だが、海ではなく、川、湖、池といった、農民に身近な場所に住んでいる。[10] 19世紀ロシアの民俗学者イヴァン・カリンスキーは、「民衆の幻想によると、ルサールカは、水中に住む裸の生き物なのだ」と述べている。[11]

しかし、気候や地勢に合わせるようにその姿や性質が地方によって異なる[12]。ふつう、長い緑色の髪をした美しい娘である[13]。一方、北ロシアのルサールカは、青白い顔をした醜い妖怪のような姿で、緑色の髪と緑色のぎらつく目を持ち、巨大な乳房を垂らしているとされる[6]。また南ロシアではルサールカは妖艶で愛嬌もあるが、北ロシアでは嫉妬深く気まぐれ、且つ邪悪な性質と考えられていた[9]

ルサールカは季節によって住み処を変え、冬は川に、夏は森の中やそこに開けた空き地に住んだ[6]。死者の魂であるために、冬は冷たい水の底の暗がりに留まっており、季節が夏に向かうにつれて水温が高くなっていくと、死者達が住むとされる木の上に移るのである[14]

森の中では、月の明るい夜に歌や踊りで人間の若い男を魅了することもあった。人はこの邪悪なニンフに魅了されると水の中に引きずり込まれ、そのまま見えなくなったとされている[6]

同じく水の精霊であるヴォジャノーイの妻だとする説がある[7]

呼称について

ルサールカは地方によって呼称が異なることがあり、ドナウ河に周辺のスラヴ人からはしばしばヴィーラ[12]と呼ばれる[注 1][注 2]

ルサールカには、他にもチェルトヴカ(冗談女)、シュトヴカ(冗談悪魔)、レスコトゥーハロスコトゥーハ(くすぐるもの)、キトカキトハ(誘拐者)といった呼称がある[6]

儀礼

6月はじめの聖霊降臨祭は、ロシアではトロイツァ(三位一体祭、復活祭後の第七日曜日)・セミーク(民間祭、復活祭後の第七木曜日)の週、またはルサールカの週(ルサーリナヤ・ニエージェリヤ、:Русальная неделя)、あるいは緑のスヴャートキ英語版と呼ばれる。 この時期に、ルサールカは水から上がると考えられ[15]、ルサールカのためのさまざまな儀礼が行われた。

儀礼には共通点がある。ルサールカに見立てた娘や藁人形を森から畑に連れ出す点である。 ルサールカは水に住むため、森から畑に連れてくることで、湿気を呼び、豊穣を祈る意味があったと考えられる[16]

ソビエト連邦時代の民俗学者ウラジーミル・プロップがロシアの儀礼の例を紹介している。

  • モギリョフ県では、ペトロフの日ユリウス暦6月29日)の第一日目の夕方、少女たちが集まり、花輪を編む。自分たちの中から一人、ルサールカ役の娘を選ぶ。選ばれるのは大柄でスタイルの良い、しっかりした少女である。他の娘たちはルサールカ役の娘を花やリボンで飾りたてる。日が暮れたあと、白いサラファンと首飾り姿の娘たちは、ルサールカ役の娘を先頭に、歌い、手を取り合って畑に向かう。畑につくと、若者たちも加わる。娘たちは若者に花輪をぶつけ、逃げ惑う。ルサールカ役の娘は他の娘を追いかけ、つかまえるとくすぐる[16]。また、ルサールカを送る儀礼が葬礼の形態をとることもある。
  • リャザン県では、聖霊降臨祭に続く日曜日に、ルサールカと呼ばれる人形とともに、輪舞が行われる。その後、「ルサールカにお別れだ」と言って、人形を壊し、畑に蒔く[17]
  • ヴォロネジでは、「ルサールカを葬ろう」の言葉とともに、儀礼を行う。白衣のルサールカ人形が台に乗せられ、娘ひとりが僧の仮装をする。葬列の似姿である。行列はライ麦畑に向かい、そこで人形をばらばらにする[17]

文化への影響

ルサールカの美しいイメージには、オーストリアの作曲家フェルディナント・カウアーによるオペラ『ドナウの妖精』 (:Das Donauweibchen )(1798年)が影響している。 この作は、ロシア語に訳され、カッテリーノ・カヴォスステパン・ダヴィドフの補筆により『レスタ、ドニエプルのルサールカ』(: Lesta dneprovskaya、:Леста, днепровская русалка)として1803年から1807年にかけて上演された。ルサールカ役は西ヨーロッパのニンフウンディーネに近い扮装をしていた。[18]

ルサールカを取り上げた芸術作品

イワン・クラムスコイ『ルサールカたち :Русалки』

音楽

文学

絵画

脚注

注釈

  1. ^ バルカン半島のスラヴ人の伝承ではヴィーラ、ヴィーリィと呼ばれ、山姥の姿をしている[9]
  2. ^ ハリー・ポッターと炎のゴブレット』の原作にもヴィーラが登場する。また、バレエ『ジゼル』では恋に破れたヒロイン・ジゼルが死後にヴィリとなって登場する。

出典

  1. ^ アレグザンスキー 1993中堀 2013ローズ 2003で確認した表記。
  2. ^ 『新版 ロシアを知る事典』728頁(中村喜和「民間信仰」の項。平凡社、2004年1月、ISBN 978-4-582-12635-8)で確認した表記。
  3. ^ 『世界神話事典』429頁(松村一男「スラヴの神話」の項。角川書店、1994年1月、ISBN 978-4-04-031600-0)で確認した表記。
  4. ^ 『世界の神話伝説 総解説』57頁(伊東一郎「スラヴの神話伝説」の項。自由国民社、2002年7月、ISBN 978-4-426-60711-1)で確認した表記。
  5. ^ 『ロシアの神話』(ワーナー, エリザベス著、斎藤静代訳、丸善〈丸善ブックス 101〉、2004年2月、ISBN 978-4-621-06101-5)で確認した表記。
  6. ^ a b c d e f ローズ 2003, p. 446
  7. ^ a b c 中堀 2013, pp. 575–576
  8. ^ 『図説・世界未確認生物事典』116頁(笹間良彦著、柏書房、1996年10月、ISBN 978-4-7601-1365-1)で確認した表記。
  9. ^ a b c 清水 1995, p. 48
  10. ^ プロップ 1966, p. 154
  11. ^ プロップ 1966, p. 154
  12. ^ a b アレグザンスキー 1993, p. 48
  13. ^ 伊東 1986, p. 352
  14. ^ アレグザンスキー 1993, p. 52
  15. ^ 伊東 1986, p. 332
  16. ^ a b プロップ 1966, p. 155〜157
  17. ^ a b プロップ 1966, p. 161,162
  18. ^ 伊東 1986, p. 352

参考文献

  • アレグザンスキー, G 著、小海永二 訳「スラヴの神話」、ギラン, フェリックス編 編『ロシアの神話』(新版)青土社〈シリーズ 世界の神話〉、1993年10月、pp. 5-92頁。ISBN 978-4-7917-5276-8 
  • 清水, 睦夫 著「ロシア国家の起源」、田中陽兒、倉持俊一、和田春樹編 編『ロシア史1:9世紀 - 17世紀』山川出版社〈世界歴史大系〉、1995年9月。ISBN 978-4-634-46060-7 
  • 中堀, 正洋 著「ルサールカ」、松村一男、平藤喜久子、山田仁史編 編『神の文化史事典』白水社、2013年2月、pp. 575-576頁。ISBN 978-4-560-08265-2 
  • ローズ, キャロル『世界の妖精・妖怪事典』松村一男監訳、原書房〈シリーズ・ファンタジー百科〉、2003年12月。ISBN 978-4-562-03712-4 
  • 伊東, 一郎『スラヴ民族と東欧ロシア』森安達也編、山川出版社〈民俗の世界史10〉、1986年6月。ISBN 4634-44100-4 
  • プロップ, ウラジーミル『ロシアの祭り』大木伸一訳、岩崎美術社〈民俗民芸双書 9〉、1966年。 

関連項目