カカオ

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カカオ
カカオの実
分類
ドメイン : 真核生物 Eukaryota
: 植物界 Plantae
階級なし : 被子植物 Angiosperms
階級なし : 真正双子葉類 Eudicots
階級なし : バラ類 Rosids
: アオイ目 Malvales
: アオイ科 Malvaceae
亜科 : Byttnerioideae
: カカオ属 Theobroma
: カカオ T. cacao
学名
Theobroma cacao L.
和名
加加阿(カカオ)
英名
Cacao
Theobroma cacao

カカオ学名Theobroma cacao)は、アオイ科クロンキスト体系新エングラー体系ではアオギリ科)の常緑樹である。カカオノキ、ココアノキとも呼ばれる。学名の Theobromaギリシャ語で「 (theos)の食べ物 (broma)」を意味する[1]チョコレートココアの原料として栽培されている。

概要

樹高は4.5 - 10メートル程度。本種の生育には、規則的な降雨と排水のよい土壌、湿潤な気候が必要である。標高約300メートル程度の丘陵地に自生する。中央アメリカから南アメリカ熱帯地域を原産とする。

樹齢4年程度で開花し、直径3センチメートル程度の白い(品種によって赤~黄色味を帯びる)幹生花を房状に着ける。結実率は1%未満。花期は原産地では周年、栽培地では気温による。日本では沖縄県[2]小笠原諸島[3]で栽培されており、5月以降に開花することが多い。

果実は約6か月で熟し、長さ15 - 30センチメートル、直径8 - 10センチメートルで幹から直接ぶら下がる幹生果で、カカオポッドと呼ばれる。形は卵型が多いが、品種によって長楕円形、偏卵型、三角形などで、外皮の色もなど多様である。中に20から60個ほどの種子を持ち、これがカカオ豆 (cacao beans)となる。種子は40 - 50%の脂肪分を含む。果肉はパルプと呼ばれる。

収穫期は産地によって異なるが、概ね年2回で乾期雨期に行われ、収穫された果実は果皮を除いて一週間ほど発酵させ、取り出されたカカオ豆は、ココアチョコレートの原料とされる。

品種

果実の断面。5個ずつ並んだ種子(カカオ豆)が見える

現在栽培されているカカオの品種は、3系統が知られている。

フォラステロ種(FORASTERO)

西アフリカ東南アジアで多く生産され、主流となっている。 南米のアマゾン川流域が原産とされる[4]。成長が早く耐病性に優れるなど栽培しやすい。果実は黄色。その表面はなめらか[5]。ポリフェノール含有量が多く、豆の内部は紫色で、苦味が強いがミルクチョコレートに向く[6]ガーナコートジボワールナイジェリアブラジルなどの品種がある。フォラステロとは「外国産の」[7]、「よそ者」[8]の意で、トリニダード島のクリオロ種とおもわれるカカオの潰滅後に同地にこの種が導入され、その際に初めてこう呼ばれた[7]

クリオロ種(CRIOLLO)

中米原産とされる[4]ベネズエラメキシコなどで、僅かに生産されている。独特の香りから「フレーバービーンズ」とされる。 メキシコからベネズエラにかけて分布し、古代から利用されてきた。病害虫に弱く大規模栽培に不向きなことから、19世紀半ばにほとんど壊滅した。果実は赤や黄色。その表面にはイボや深い溝がある[9]。3種の内でポリフェノール含有量が最小であり、苦味や渋味が少なく、豆の内部は白い(または白っぽい)[10]。クリオロとは植民地で生まれたスペイン人のことをさし、在来種であるとのことでこう名付けられた[8]

トリニタリオ種(TRINITARIO)

ベネズエラトリニダード・トバゴなど中南米で栽培されている。 トリニダード島のカカオが病気またはハリケーンで全滅した後にフォラステロ種が同地に導入され、それと生き残りのクリオロ種との交雑によりできたとされる[11]。栽培が容易で品質も優れる。果実は大きめ[9]

歴史

カカオ(マヤ文字

原産地であるメソアメリカでは紀元前1900年頃から利用され、オルメカ文明の時代から栽培食物とされていた事が、グアテマラリオ・アスール遺跡など、マヤ文明アステカ遺跡の土器壁画、石碑から判っている。ベリーズのクエリョ遺跡でチカネル期(紀元前400から1年)のものと思われる炭化したカカオ豆が発見されている[12]。また、紀元前1100年代のカカオ利用の証拠として、ホンジュラスのウルア渓谷で発見されたその時代の壺の破片からテオブロミンとカフェインが検出されている[13]。この時期はカカオパルプから飲料が作られていたと考えられる[14]

カカオはマヤではカカウと呼ばれる[15]。これはオルメカ文明で話されていたと思われるミヘ・ソケ語族からの借用語であり、元々の発音はカカワであったらしい[16]

マヤやアステカにおいて、カカオ豆は飲料にされて飲まれたほか、神への供物とされたり、貴重品だったため貨幣としても用いられた[17]。カカオ豆の貨幣としての価値の例として、1545年のメキシコでの価格はメスの七面鳥がカカオ豆100個、オスの七面鳥が200個、野ウサギが100個などであったり、1541年に書かれたモトリニアのインディオ史によればカカオの実2万4000粒でスペイン金貨5または6ペソであったという[18]。中身を取り出したカカオ豆の皮に他のものを詰めるなど方法により偽金作りも行われた[19]。植民地時代中もカカオ豆は通貨として使用され続けた[20]

1502年コロンブスは第四次航海で現在のホンジュラス付近でカカオの種子を入手し、スペインへ持ち帰っている。もっとも利用法が不明で、その価値に気付いた者はなかった。1519年コンキスタドールエルナン・コルテスアステカでカカオの利用法を知る。砂糖香辛料を加えたショコラトル(チョコレート)は上流階級に歓迎され、1526年にはトリニダード島に栽培地が建設された。

カカオが飲料としてヨーロッパにもたらされた最初の記録として、1544年ケクチ・マヤ族の使節による、スペインのフェリペ皇太子(後のフェリペ2世)への訪問がある。フランスにはスペインから嫁いだ王妃アンヌ・ドートリッシュが広めた逸話があり、17世紀にココア飲料が流行し、1660年代にマルティニークでの栽培を開始した。

その後もカカオ栽培は拡大し、1830年頃から西アフリカポルトガルサントメ島などで栽培されるようになる。19世紀半ばに中米のプランテーションが病害により生産量が激減すると、アフリカが替わって生産の主体となった。さらにイギリスが、スペインから租借中のフェルナンド・ポー島(現在の赤道ギニア)でプランテーション経営を始め、1879年には黄金海岸(現在のガーナ)にテテ・クワシが導入している。 1890年代末、フランスが象牙海岸(現在のコートジボワール)で植民地会社を組織し、生産を奨励した。

インドネシアには、1560年にスペインによってジャワ島に伝わっているが、生産が広まったのは20世紀で、特に1980年の市場暴落後の30年で生産を伸ばしている。

利用

詳細はココアカカオマスを参照。

食用
カカオマス - 胚乳部分を粉砕焙煎してすり潰したもの。ココアとチョコレートの共通原料。
ココアバター(カカオバター) - カカオマスから分離された脂肪分。カカオマスは約55%の脂肪分を含む。
ココアパウダー - カカオマスを脱脂、粉砕したもので、色は焦げ茶色。種子300個から約1kg取れる。
チョコレート - ココアバターを加えたカカオマスに、砂糖、ミルクなどを加えて作られる。
モーレ - ソース

このほか、カカオの粉末、それを発酵させたうえでローストして皮を取り除いて砕いた「カカオニブ」、カカオシロップとそれを発酵させたカカオビネガーが食材や調味料として使われるようになっている[21]

薬用
テオブロミン - 利尿作用・筋肉弛緩作用。
カフェイン - 覚醒作用。
ココアバター - ヒト体温で溶ける植物性油脂として、座薬軟膏基剤に。
貨幣
コロンブスが書き残しており、スペイン人が栽培に着手した理由でもある。1520年頃のニカラグアニカラオ族では、ウサギ1羽がカカオ豆10個、奴隷1人がカカオ豆100個で取引されていた。19世紀に貨幣が導入されると廃れた。

健康

カカオはI型アレルギー原因物質のチラミンニッケルを含み、チョコレートアレルギーの原因となる。 なお、チラミンは血圧心拍数を上昇させる効果があり、チョコレートの食べ過ぎで鼻血が出るという俗信の元となったが、実際には健常者に出血させるほど強い作用はない。

生産

2012年の全世界におけるカカオ豆生産量は約500万トンである[22]。以下に当年の生産量上位国の内訳を示す。

  1. コートジボワールの旗 コートジボワール- 165.0万トン (33%)
  2. インドネシアの旗 インドネシア- 93.6万トン (19%)
  3. ガーナの旗 ガーナ- 87.9万トン (18%)
  4. ナイジェリアの旗 ナイジェリア 38.3万トン (8%)
  5. カメルーンの旗 カメルーン- 25.6万トン (5%)
  6. ブラジルの旗 ブラジル- 25.3万トン (5%)
  7. エクアドルの旗 エクアドル- 13.3万トン (3%)
  8. メキシコの旗 メキシコ- 8.3万トン (2%)

カカオ生産の特徴として、バナナコーヒーといったほかの熱帯性商品作物と違い、大規模プランテーションでの生産が一般的ではないことが挙げられる。これは、カカオの植物学的特性に理由を求めることができる。カカオの木は陰樹であり、大きくなるまではほかの木の陰で生育させる必要がある。つまり、単一の作物を広大な面積で一挙に栽培することが困難であり、規模のメリットが得られにくい。一方で、プランテン・バナナのような大きくなる木との混栽には適しているため、自給的な小規模農家が片手間に商品作物として栽培するにはきわめて適している[23]。ガーナにおいては、労働者が未開発の土地を開発する契約を地主と結び、バナナやキャッサバなどの主食用の作物を育てながらその陰でカカオの木を育て、カカオが生長し十分に利益が出るようになると開発地を折半して半分を地主のものに、もう半分を労働者のものにする契約がかつて盛んに行われ、カカオ生産成長の原動力となった。

生産地での児童労働

カカオの生産には、歴史的に奴隷労働が多く使われてきた。古くは、アジア人のクーリーが、最近でも西アフリカ地域では児童奴隷が労働力として使用されている。2001年10月に最悪の形態での児童労働を禁じる『ハーキン・エンゲル議定書』が米国議員とチョコレート製造業者協会の間で締結された。

しかしその後も、コートジボワールのカカオ農場のうち90が、維持のために児童も含む奴隷を何らかの形で使っているとされている[24]。カカオの価格が下落すると、西アフリカの農民がしわ寄せを受けることとなる[25]。チョコレート・メーカーに有利な低すぎる価格が設定されているため、コートジボワールの生産者の58%が極度の貧困状態となっており、不自由なく生活ができるほどの収入を得られる生産者はたった7%である。そのような状況の中、生産者の子どもが労働力とならざるをえない[26]

農家への還元を求める価格管理の動き

2019年11月、ガーナのナナ・アクフォ=アド大統領は、アフリカへの投資フォーラムでカカオ豆生産農家への見返りが少ないことをアピール。コートジボワールとともに、豆の価格管理を進めることを発表した。演説では「チョコレート産業は1000億ドル規模だが、農家が労働と引き換えに手にする額は60億ドルにすぎない」として各国への理解を求めた[27]

経済

カカオ豆の貿易に参加している国は少ない。マレーシアは加工能力に優れるため、インドネシア産のカカオなどを輸入し、製品を輸出している。

カカオ豆の価格は、買い上げ制度があるガーナなど一部の国を除き、ロンドン(主にアフリカ産)とニューヨーク(主に中南米産)の商品先物市場による国際相場が握っている。トンあたりの価格が数年で500ポンド(945ドル)から3,000ポンド(5672ドル)まで乱高下するなど、生産者は不安定な世界市場の直撃を受けている。カカオ先物市場のうち、現物のやり取りがあるのは3 - 4%に過ぎず、現実に存在する量の7~9倍が取り引きされている。

脚注

出典

  1. ^ 武田尚子 2010, p. 4.
  2. ^ 「チョコづくり、カカオ豆の加工から一貫生産 沖縄で人気」朝日新聞デジタル(2019年2月6日)2019年4月6日閲覧。
  3. ^ 「東京産カカオへの挑戦/小笠原で栽培 500本の木育てる」『日本経済新聞』朝刊2018年12月16日(NIKKEI The STYLE)。
  4. ^ a b チョコレートの世界史、5ページ
  5. ^ カカオとチョコレートのサイエンス・ロマン、137ページ
  6. ^ チョコレートの世界史、3ページ、チョコレートの博物誌、98ページ、カカオとチョコレートのサイエンス・ロマン、137-138ページ
  7. ^ a b チョコレートの歴史、278ページ
  8. ^ a b チョコレートの博物誌、111ページ
  9. ^ a b カカオとチョコレートのサイエンス・ロマン、138ページ
  10. ^ チョコレートの世界史、3ページ、チョコレートの博物誌、111ページ、カカオとチョコレートのサイエンス・ロマン、138ページ
  11. ^ カカオとチョコレートのサイエンス・ロマン、139ページ
  12. ^ チョコレートの博物誌、49ページ
  13. ^ カカオとチョコレートのサイエンス・ロマン、55-56ページ
  14. ^ カカオとチョコレートのサイエンス・ロマン、56ページ
  15. ^ チョコレートの博物誌、84ページ
  16. ^ チョコレートの博物誌、84、86ページ、チョコレートの歴史、51ページ
  17. ^ チョコレートの世界史、18-24ページ
  18. ^ チョコレートの博物誌、68、70ページ
  19. ^ チョコレートの博物誌、71ページ、チョコレートの歴史、138ページ
  20. ^ チョコレートの博物誌、71ページ
  21. ^ 「カカオは主役です 隠し味にチョコっと…だけじゃない シロップにマリネ、肉料理、おつまみまで」『日経MJ』2020年5月22日(トレンド面)
  22. ^ 矢野恒太記念会編集『日本国勢図会 2014/15年版』矢野恒太記念会、2014年、176頁。
  23. ^ キャロル・オフ 2007, p. 125.
  24. ^ Truevision TV Slavery - a global investigation” (英語). 2004年7月30日時点のオリジナルよりアーカイブ。2006年6月27日閲覧。
  25. ^ Bittersweet Chocolate” (英語). 2008年5月6日時点のオリジナルよりアーカイブ。2006年6月27日閲覧。
  26. ^ 「チョコレート:報道されない「ビター」な現実」”. Global News View (GNV), Virgil Hawkins. 2018年2月8日閲覧。
  27. ^ 「チョコレート産業 甘み少ない農家」『読売新聞』2020年2月28日6面

参考文献

  • ソフィー・D・コウマイケル・D・コウ 著、樋口幸子 訳『チョコレートの歴史』河出書房新社、1999年。ISBN 9784309223452 
  • キャロル・オフ 著、北村陽子 訳『チョコレートの真実』(第1版)英治出版、2007年9月。ISBN 9784862760159 
  • 武田尚子『チョコレートの世界史 近代ヨーロッパが磨き上げた褐色の宝石』中央公論社中公新書〉、2010年。ISBN 978-4-12-102088-8 
  • 加藤由基雄、八杉佳穂『チョコレートの博物誌』小学館、1996年、ISBN 4-09-606003-8
  • 佐藤清隆、古谷野哲夫『カカオとチョコレートのサイエンス・ロマン 神の食べ物の不思議』幸書房、2011年、ISBN 978-4-7821-0357-9

関連項目