イノシトール

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myo-イノシトール[1]
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識別情報
CAS登録番号 87-89-8
PubChem 892
ChemSpider 10239179
UNII 4L6452S749
日化辞番号 J4.282J
KEGG C00137
D08079 (医薬品)
ChEBI
ChEMBL CHEMBL1222251
ATC分類 A11HA07
特性
化学式 C6H12O6
モル質量 180.16 g mol−1
外観 無色結晶
密度 1.752 g/cm³, 個体
融点

225–227 °C

への溶解度 14 g/100 mL (水, 25 ℃)
危険性
NFPA 704
0
1
0
引火点 143 °C (289 °F)
特記なき場合、データは常温 (25 °C)・常圧 (100 kPa) におけるものである。

イノシトール (inositol) は、シクロヘキサンの各炭素上の水素原子が1つずつヒドロキシ基に置き換わった構造(1,2,3,4,5,6-シクロヘキサンヘキサオール)を持つ、シクリトールの1種である。広義にビタミンB群の1種とも言われており、ヒトの場合、糖尿病などが原因で体内でイノシトールが不足すると、神経症状が起こるなどの悪影響が知られている。

性質

イノシトールは無色の結晶。口にすると、ヒトには甘く感じられる。

分布

イノシトールは地球上の生物の生体成分の1つとしてグルコースを原料として生合成される。このため、例えば、穀物豆類果物といった植物にも含まれるし、動物の肉や魚などにも含まれるなど、地球上の多くの生物の体内に含有されている。

またフィチン酸は、イノシトールの持つ6個のヒドロキシ基の全てがリン酸エステルとなった構造をしており、これは植物の組織内でのリン酸の貯蔵形態として知られている。多くの植物の種子などに含まれることが知られている。

生体での役割

ヒトのグリア細胞神経細胞は、細胞の浸透圧の調整にイノシトールもオスモライトとして利用されていることが知られている。もしも数日以上続く細胞外液の浸透圧の上昇があれば、それに対抗するため細胞内にイノシトールを蓄積させて、細胞内の浸透圧を上げることで、細胞内の水分を保持しようとする。このグリア細胞や神経細胞におけるイノシトールの濃度変化には数日を要するため、長く続いた細胞外液の浸透圧が高い状態を、もしも急激に補正するようなことをしてしまうと、すぐには蓄積させたイノシトールを細胞外に捨てることができないため、細胞内に水が流入して、脳浮腫を起こす可能性があることも知られているので、この補正は時間をかけて行わなければならない。逆に数日以上続く細胞外液の浸透圧の低下があれば、細胞内のイノシトールを減らして浸透圧を下げて、細胞内への水分の流入を阻止しようとするなど、全く逆のことが起こるので、やはり補正には時間をかけなくなてはならない。

なお、脂肪肝高脂血症の治療に用いられる。

立体異性体

イノシトールには、ヒドロキシ基の位置により 9種類の異性体が存在する。最も一般的なものは myo-イノシトール(ミオイノシトール)である。

IUPAC命名法において、「イノシトール」は、1,2,3,4,5,6-シクロヘキサンヘキサオールの慣用名として認められている。立体化学を表すときは、各ヒドロキシル基がシクロヘキサン環の上下どちらを向いているかに着目し、以下のような形式で表す。対応する接頭辞とともに示す。

これらのうち、chiro-イノシトールのみが光学活性化合物であり、ほかはすべてメソ体である。

多く含む食品

myo-イノシトール(ミオイノシトール)は自然界の各種の食品に含まれている。ただし名前が挙げられた食品でも、体内に吸収され利用され得るレシチン(ホスファチジルイノシトールやホスホイノシタイドなど)の形態と、穀物に含まれているが利用不可能なフィチン酸とを必ずしも常に区別していない。[2]研究によると、myo-イノシトール(化合物も含め)を高濃度に含む食品は、果物、豆類、穀物やナッツ類である。[2]ただ、豆類や穀物は種子ということから、イノシトールの多くがフィチン酸である。エネルギー飲料でイノシトールを含んでいるものもある。

健康への影響

糖尿病や代謝への効果

イノシトールは、通常糸球体より排泄され、尿細管で再吸収されるが、高血糖状態においては、グルコースと競合するため、再吸収されず尿中排泄量が増加する。その結果、体内のイノシトール量が低下し、ポリオール代謝異常によって、糖尿病性神経障害の成因となる[3][4]

20件のランダム化比較試験(RCT)から、インスリン感受性を低下させ血糖値を低下させていたが、BMI、HbA1cやインスリン治療を必要とする人の割合には変化はなかった[5]。妊娠糖尿病のリスクの高い女性で、5件のRCTからミオイノシトールは発症リスクを低下させた[6]。14件のRCTから総コレステロール、LDLコレステロールなど脂質プロファイルを改善しているが、代謝性の病気の人ではHDLコレステロールに影響はなかった[7]

多嚢胞性卵巣症候群 (PCOS) に対して2018年のレビューは10件のランダム化比較試験を発見し、ミオイノシトールがインスリン抵抗性、またPCOSのエストロゲン減少による症状を改善することが分かった[8]。2017年のレビューで、ミオイノシトールは、卵細胞質内精子注入法(ICSI)または体外受精胚移植(IVF-ET)の不妊率を高める[9]。2017年のレビューでは8件のRCTから、PCOSのICSIでは妊娠率や胚の質の改善は不十分だった[10]

うつ病や不安障害への効果

2014年のメタアナリシスは、うつ病に対する7件のランダム化比較試験、2件の強迫性障害、1件のパニック障害、1件の心的外傷後ストレス障害に対して、偽薬と比較して統計的に有意な差は見られなかった[11]。2004年のシステマティックレビューは、うつ病に対してのイノシトールを用いた4件の二重盲検試験を発見し、証拠の品質が悪いということもないが、治療利益がはっきりしたものでもなかった[12]。うつ病に効くサプリメント探したレビューでもイノシトールの効果には注目されていない[13]

以前に効果があったとされる個別の研究では、二重盲検試験によって 18 g のイノシトールを摂取し強迫性障害の症状[14]、同様の研究デザインと量でパニック障害に対して、抗うつ薬のフルボキサミンより症状の軽減に効果があった[15]、うつ病に対して、二重盲検試験によって 12 g のイノシトールを摂取し、うつ病の症状が改善したと報告されていた[16]

安全性

毒性は比較的低いと考えられている[17]

NOAEL

確定していない

げっ歯類
1例(1,800 mg/kg bw/day)を除くと450–9,000 mg/kg bw/day にて副作用は観察されていない。[17]
ヒト
臨床試験では4 g/日までは副作用が報告されていない。[18]
成人への投与 67–500 mg/kg bw/day では軽度の副作用が報告されている。[17]

脚注

  1. ^ Merck Index, 11th Edition, 4883.
  2. ^ a b Clements, Rex; Betty Darnell (1980). “Myo-inositol content of common foods: development of a high-myo-inositol diet”. American Journal of Clinical Nutrition 33 (9): 1954–1967. PMID 7416064. http://www.ajcn.org/cgi/reprint/33/9/1954.pdf 2009年5月18日閲覧。. 
  3. ^ Lucica MI urinary myoinositol kit: a new diagnostic test for diabetes mellitus and glucose intolerance.
  4. ^ Urinary chiro- and myo-inositol levels as a biological marker for type 2 diabetes mellitus.
  5. ^ Miñambres I, Cuixart G, Gonçalves A, Corcoy R (June 2019). “Effects of inositol on glucose homeostasis: Systematic review and meta-analysis of randomized controlled trials”. Clin Nutr 38 (3): 1146–1152. doi:10.1016/j.clnu.2018.06.957. PMID 29980312. 
  6. ^ Vitagliano A, Saccone G, Cosmi E, Visentin S, Dessole F, Ambrosini G, Berghella V (January 2019). “Inositol for the prevention of gestational diabetes: a systematic review and meta-analysis of randomized controlled trials”. Arch. Gynecol. Obstet. 299 (1): 55–68. doi:10.1007/s00404-018-5005-0. PMID 30564926. 
  7. ^ Tabrizi R, Ostadmohammadi V, Lankarani KB, Peymani P, Akbari M, Kolahdooz F, Asemi Z (May 2018). “The effects of inositol supplementation on lipid profiles among patients with metabolic diseases: a systematic review and meta-analysis of randomized controlled trials”. Lipids Health Dis 17 (1): 123. doi:10.1186/s12944-018-0779-4. PMC 5968598. PMID 29793496. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC5968598/. 
  8. ^ Zeng L, Yang K (January 2018). “Effectiveness of myoinositol for polycystic ovary syndrome: a systematic review and meta-analysis”. Endocrine 59 (1): 30–38. doi:10.1007/s12020-017-1442-y. PMID 29052180. 
  9. ^ Zheng X, Lin D, Zhang Y, Lin Y, Song J, Li S, Sun Y (December 2017). “Inositol supplement improves clinical pregnancy rate in infertile women undergoing ovulation induction for ICSI or IVF-ET”. Medicine (Baltimore) 96 (49): e8842. doi:10.1097/MD.0000000000008842. PMC 5728865. PMID 29245250. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC5728865/. 
  10. ^ Mendoza N, Pérez L, Simoncini T, Genazzani A (November 2017). “Inositol supplementation in women with polycystic ovary syndrome undergoing intracytoplasmic sperm injection: a systematic review and meta-analysis of randomized controlled trials”. Reprod. Biomed. Online 35 (5): 529–535. doi:10.1016/j.rbmo.2017.07.005. PMID 28756130. 
  11. ^ Mukai T, Kishi T, Matsuda Y, Iwata N (January 2014). “A meta-analysis of inositol for depression and anxiety disorders”. Hum Psychopharmacol 29 (1): 55–63. doi:10.1002/hup.2369. PMID 24424706. 
  12. ^ Taylor MJ, Wilder H, Bhagwagar Z, Geddes J (2004). Taylor, Matthew J. ed. “Inositol for depressive disorders”. Cochrane Database Syst Rev (2): CD004049. doi:10.1002/14651858.CD004049.pub2. PMID 15106232. 
  13. ^ Sarris J, Murphy J, Mischoulon D, Papakostas GI, Fava M, Berk M, Ng CH (June 2016). “Adjunctive Nutraceuticals for Depression: A Systematic Review and Meta-Analyses”. Am J Psychiatry 173 (6): 575–87. doi:10.1176/appi.ajp.2016.15091228. PMID 27113121. 
  14. ^ Fux M, Levine J, Aviv A, Belmaker RH (1996). “Inositol treatment of obsessive-compulsive disorder”. American Journal of Psychiatry 153 (9): 1219–21. PMID 8780431. 
  15. ^ Palatnik A, Frolov K, Fux M, Benjamin J (2001). “Double-blind, controlled, crossover trial of inositol versus fluvoxamine for the treatment of panic disorder”. Journal of Clinical Psychopharmacology 21 (3): 335–339. doi:10.1097/00004714-200106000-00014. PMID 11386498. 
  16. ^ Levine J, Barak Y, Gonzalves M, Szor H, Elizur A, Kofman O, Belmaker RH. (1995). “Double-blind, controlled trial of inositol treatment of depression”. American Journal of Psychiatry 152 (5): 792–794. PMID 7726322. 
  17. ^ a b c European Food Safety Authority (EFSA) (2014). Scientific Opinion on the safety and efficacy of inositol as a feed additive for fish, dogs and cats. EFSA Journal (Report). Vol. 12. doi:10.2903/j.efsa.2014.3671
  18. ^ Gianfranco Carlomagno, Ph.D et al. (2011). [www.europeanreview.org/wp/wp-content/uploads/1015.pdf “Inositol safety: clinical evidences”]. European Review for Medical and Pharmacological Sciences 15 (8). www.europeanreview.org/wp/wp-content/uploads/1015.pdf. 

関連項目

外部リンク