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Sibyl Domenichino.jpg

シビュラの託宣』(ラテン語: Oracula Sibyllina)は、シビュラが語った神託をまとめたと主張するギリシア語詩集である。重複分を除けば12巻分と8つの断片が現存している。

シビュラとは恍惚状態神託を伝えた古代の巫女で、彼女たちの神託をまとめた書物としては、伝説的起源を持つ『シビュラの書』が有名である。しかし、『シビュラの託宣』はそれとは全く別のもので、『シビュラの書』の名声にあやかる形で紀元前140年以降少なくとも数世紀にわたり、ユダヤ教徒たちやキリスト教徒たちによって段階的にまとめられてきた偽書である。そこに含まれる歴史的事件に関する予言の多くは、単なる事後予言に過ぎない。
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  • カミーユ・ピサロ1830年7月10日 - 1903年11月13日)は、19世紀フランス印象派画家カリブ海の、当時デンマーク領だったセント・トーマス島に生まれた。1855年(25歳)、画家を志してパリに出て、画塾でモネ、セザンヌといった画家と知り合った。モネらとともに独自のグループ展を計画し、1874年、第1回印象派展を開催した。印象派展は全8回開かれたが、全てに参加したのはピサロだけである。ピサロの初期の作品は、コローの影響を受けたものであったが、ルーヴシエンヌでモネ、シスレー、ルノワールと戸外制作をするうちに、明るい色調となった。1880年代後半には、スーラに感化され、新印象派の手法を追求した。……
  • 振武寮とは、現在の福岡県福岡市中央区にあった旧日本陸軍第6航空軍司令部内におかれた施設。所在地には現在福岡市九電記念体育館が建つ。実質的な管理者は第6航空軍司令菅原道大中将部下の航空参謀倉澤清忠少佐。戦後、長らく知られてこなかったが、映画『月光の夏』が上映された1993年以降にその存在が明らかにされた。振武隊の特攻隊員として出撃したが、何らかの要因により攻撃に至らずに基地に帰還した特攻隊員が収容された施設である。軍の公式記録には一切の記録なく、第6航空軍幕僚らは『振武寮』の存在を認識していなかったか、否定をしているため、収容された特攻隊員らの証言によりその概要が一部明らかになっている。……
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