209型潜水艦
開発に至る経緯
[編集]ウルリッヒ・ガブラーは、シャルロッテンブルク工科大学を卒業したのち、Uボートの設計を担う造船設計事務所 (IvS) 傘下の設計事務所に勤めた[2]。大戦が勃発すると海軍においてUボートに機関長として乗り組んだのち、設計にも携わった[2]。終戦後は設計事務所に戻ったものの、連合軍の占領に伴ってこれが解散させられると、1946年には自らIKL(Ingenieurkontor Lübeck)を起業した[2]。
西ドイツの再軍備が認められると、1950年代半ば以降、IKL社は連邦海軍(西ドイツ海軍)の全てのUボートの設計を担当した[2]。また輸出も手掛けており[1][2]、1959年には、連邦海軍の205型潜水艦を基にしたノルウェー海軍向けの派生型が発注され、207型(コッベン級)として結実した[3]。IKL社は、ペルー海軍にも205型・207型を提案しており、1967年には207型の採用が決定された[4]。
このように輸出の成約は得ていたものの、連邦海軍向けの潜水艦は、連邦海軍の用兵思想と法的な制約のために、バルト海での運用を重視した小型艦とされていた[1]。IKL社では、居住性や航洋性も重視して、より大型の輸出用潜水艦も開発しており[1]、1967年末には、207型の採用を決定したペルー海軍に対し、これを更に発展させたモデルが提案された[4]。このペルー海軍向け潜水艦を起源とするのが209型である[2]。ただし初導入国となったのはギリシャ海軍で[1][5]、1967年に発注がなされた[6]。ギリシャとペルーが最初に発注したのは209/1100型だったが[4][6]、艦型過小であり、以後の発注は、より大型の設計に移行していった[4]。
輸出にあたっては、設計を担当するIKL社のほか、建造をホヴァルツヴェルケ=ドイツ造船(HDW)が、また国際的マーケティングをフェロシュタール社が担当して、協力して事業を推進していった[1]。また技術移転を拒まず、輸出先の造船所に建造を任せる販売戦略を採用しており、輸出の成功に寄与したといわれる[1]。
設計
[編集]IKL社が自国の連邦海軍向けに設計した206型潜水艦を拡大したような設計となっている[1]。船体は流線型で、潜舵については、艦首下部に隠顕式の前舵、艦尾に十字形の縦舵と横舵を設置している[7]。単殻構造の1軸推進艦という概略配置は205型・206型と同様だが[7]、耐圧殻の素材については、206型では新開発の非磁性高張力鋼を採用していたのに対し[8]、209型では標準的なHY-80高張力鋼が用いられている[9]。
大型化に伴ってバッテリー容量も大きくなり、推進装置も強化された[7]。いずれの艦もディーゼル・エレクトリック方式を採用しており、MTU製のV型12気筒ディーゼルエンジン4基によって発電機を駆動して発電し、シーメンス製の電動機によってスクリュープロペラを駆動する[7][9]。潜航中の電源となる蓄電池としては、ガラス繊維(GRP)式鉛蓄電池を搭載するのが通例である[10]。
アルゼンチン海軍のカルロス・カストロ・デマラ退役中将によれば、フォークランド紛争に投入された本級は静粛性に優れ、よくイギリス側の探知を逃れ、また燃費にも優れていたという[11]。
装備
[編集]兵装としては、艦首に533mm魚雷発射管8門を設置する[7]。この発射管は魚雷自走発射(スイムアウト)方式を採用している[7]。標準的には、発射管内に収容されたものを含めて、合計14発の魚雷が搭載されており、これらは前部区画の特殊な迅速再装填ラックに格納され、魚雷乗員は5分以内に発射管を再装填することができた[9]。上述のデマラ退役中将によれば、本級は予備魚雷が発射管室床下に格納されている点が問題で、フォークランド紛争時にはいったん海底に鎮座したうえ、ベッドを片付けて床板を外し、手動で魚雷を吊り上げて装填する必要があり手間がかかったという[11]。
採用国
[編集]| 型名 | 級名 | 運用者 | 隻数 | 運用開始 |
|---|---|---|---|---|
| 209/1100 | グラフコス級 | 4隻 | 1971年 | |
| 209/1200 | サルタ級 | 2隻 | 1974年 | |
| 209/1200 | ピハオ級 | 2隻 | 1975年 | |
| 209/1100 | イスライ級 | 2隻 | 1974年 | |
| 209/1200 | アンガモス級 | 4隻 | 1980年 | |
| 209/1200 | アイ級 | 6隻 | 1976年 | |
| 209/1300 | サバロ級 | 2隻 | 1976年 | |
| 209/1300 | シリ級 | 2隻 | 1977年 | |
| 209/1200 | ポセイドン級 | 4隻 | 1979年 | |
| 209/1300 | カクラ級 | 2隻 | 1981年 | |
| 209/1400 | トムソン級 | 2隻 | 1984年 | |
| 209/1500 | シシュマール級 | 4隻 | 1986年 | |
| 209/1400 | トゥピ級 | 4隻 | 1989年 | |
| 209/1200 | 張保皐級 | 9隻 | 1993年 | |
| 209/1400 | プレヴェゼ級 | 8隻 | 1994年 | |
| 209/1400 | S41 | 4隻 | 2017年 | |
| 209/1400M | ヒロイン級 | 3隻 | 2005年 | |
| 209PN | トリデンテ級 | 2隻 | 2010年 |
脚注
[編集]注釈
[編集]出典
[編集]- 1 2 3 4 5 6 7 8 野木 1998.
- 1 2 3 4 5 6 7 野木 2020.
- ↑ Gardiner 1996, p. 292.
- 1 2 3 4 Prada 2011.
- ↑ Gardiner 1996, p. 163.
- 1 2 James Martin Center for Nonproliferation Studies 2011.
- 1 2 3 4 5 6 Miller 2002, pp. 80–81.
- ↑ 水上 1998.
- 1 2 3 4 “Type 209 Export Submarines (1971)”. GlobalSecurity.org. 2026年6月18日閲覧。
- ↑ Watts 2000, pp. 24–25.
- 1 2 海人社(編)「海外艦艇ニュース」『世界の艦船』第344号、海人社、1984年12月、178頁。
参考文献
[編集]- 大塚好古「世界の潜水艦」『世界の艦船』第786号、海人社、2013年10月。 NAID 40019805426。
- 野木恵一「ドイツ軍艦メーカー戦後の歩み」『世界の艦船』第542号、海人社、100-103頁、1998年9月。doi:10.11501/3292326。
- 野木恵一「輸出市場を席巻したドイツ潜水艦」『世界の艦船』第926号、海人社、172-175頁、2020年6月。 NAID 40022254010。
- 水上芳弘「潜水艦 (第2次大戦後のドイツ軍艦)」『世界の艦船』第542号、海人社、76-79頁、1998年9月。doi:10.11501/3292326。
- Gardiner, Robert (1996), Conway's All the World's Fighting Ships 1947-1995, Naval Institute Press, ISBN 978-1557501325
- The International Institute for Strategic Studies (IISS) (2024) (英語). The Military Balance 2024. Routledge. ISBN 978-1-032-78004-7
- James Martin Center for Nonproliferation Studies (2011-06), German Submarine Exports, Nuclear Threat Initiative
- Miller, David『世界の潜水艦』秋山信雄 (翻訳)、学研プラス〈歴史群像シリーズ〉、2002年(原著1991年)。ISBN 978-4056024470。
- Prada, Lewis Mejia (2011), “Los submarinos tipo 209 en la Armada Peruana--una fuerza que cumple cien años”, Tecnologia Militar 33 (3): 42-43, ISSN 0722-2904
- Saunders, Stephen (2015), Jane's Fighting Ships 2015-2016, Jane's Information Group, ISBN 978-0710631435
- Watts, Anthony J., ed. (2000), Janes Underwater Warfare Systems 2000-2001 (12th ed.), Jane's Information Group, ISBN 978-0710620323