2006年カナダ総選挙

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2006年カナダ総選挙
カナダ
2004 ←
2006年1月23日 (2006-01-23)
→ 2008

投票率 64.7% (増加3.8%)
  第1党 第2党
  Stephen Harper G8 2007.jpg Paul martin 2004.jpg
党首 スティーヴン・ハーパー ポール・マーティン
政党 保守党 自由党
党首就任 2004年3月20日 2003年11月14日
前回選挙 99議席, 29.63% 135議席, 36.73%
選挙前議席 98 133
獲得議席 124 103
議席増減 増加26 減少30
得票数 5,374,071 4,479,415
得票率 36.27% 30.23%
得票率増減 増加6.64% 減少6.50%

  第3党 第4党
  Gilles Duceppe 2011 (cropped).jpg Layton winnipeg rally.JPG
党首 ジル・ジュセップ ジャック・レイトン
政党 ブロック・ケベコワ 新民主党
党首就任 1997年3月15日 2003年1月24日
前回選挙 54席,12.39% 19席,15.68%
選挙前議席 53 18
獲得議席 51 29
議席増減 減少2 増加11
得票数 1,553,201 2,589,597
得票率 10.48% 17.48%
得票率増減 減少1.91% 増加1.80%

Canada 2006 Federal Election.svg

州別選挙結果

選挙前首相

ポール・マーティン
自由党

選出首相

スティーブン・ハーパー
保守党

2006年カナダ総選挙(2006ねんカナダそうせんきょ)は、北米に位置するカナダにおけるカナダ議会下院に相当する庶民院を構成する議員を全面改選するために行われた選挙で、2006年1月28日に投票が行われた。

概要[編集]

2004年6月の総選挙で発足したポール・マーティン政権に対する不信任案が2005年11月28日に可決、翌11月29日に当時のカナダ首相であったマーティンが下院を解散したことを受けて実施された。投票日はクリスマスと新年を挟んだ翌年の2006年1月23日となったが、冬の寒さが厳しいカナダでは総選挙投票日は春から秋にかけて設定されるのが一般的で、1月に総選挙が行われたのは1897年選挙以来、109年ぶりとなった。

基礎データ[編集]

  • 選挙事由:議会解散
  • 選挙形態:議会議員選挙
  • 定数:308議席
  • 選挙制度:完全小選挙区制
  • 選挙権:18歳以上のカナダ市民
  • 被選挙権:18歳以上のカナダ市民
  • 登録有権者数:23,054,615名(前回22,466,621名)

選挙結果[編集]

カナダ同盟進歩保守党が合同して2003年12月に結成された保守系のカナダ保守党が前回より25増となる124議席、マーティン首相与党でリベラル系の自由党は103議席で前回より32減、社会民主主義系の新民主党は10増となる29議席、ケベック州の分離・独立を主張するブロック・ケベコワは3減となる51議席をそれぞれ獲得した(他に無所属が1)。この結果、保守党は自由党に代わって第一党の座を確保、1993年以来13年間続いてきた自由党政権が終わり、保守党首であるスティーブン・ハーパーを首相とする保守党政権が誕生することになった。

  • 投票者数:14,908,703名(前回13,683,570)
  • 投票率:64.7%(前回60.9)
党派別議席と得票
党派 議席 % 得票 %
カナダ保守党 Conservative 124 40.3 5,374,071 36.3
自由党 Liberal Party of Canada 103 33.4 4,479,415 30.2
ブロック・ケベコワ Bloc Québécois 51 16.6 1,553,201 10.5
新民主党 NDP-New Democratic Party 29 9.4 2,589,597 17.5
無所属 Independent 1 0.3 76,696 0.5
そのほかの党派 0 0.0 744,179 5.0
308 100 14,817,159 100
出典:Thirty-ninth General Election 2006: Official Voting Results(2013年12月7日)

保守党が勝利した要因として、「スポンサーシップ・プログラム」(ケベック州におけるコミュニティーの行事などに対する政府補助金)を巡る使途不明金の一部が補助金を受け取った広告代理店から自由党に還流されたとするスキャンダル(スポンサーシップ・スキャンダル)による自由党の支持率低下。ハーパーのイメージ戦略転換、同性婚など社会道徳に関する法案採決については議員の自由投票とするなど従来の保守党における保守的イメージの緩和が功を奏した。ことなどが指摘されている。

参考文献[編集]