2時のワイドショー (札幌テレビ放送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動

2時のワイドショー』(にじのワイドショー)は、かつて札幌テレビ放送(STV)で放送されていた情報番組である。通称は「2時ワイド」。

STVは読売テレビ制作の同名番組をネットせず、自社制作で放送していた[1]

概要[編集]

読売テレビ制作の『2時のワイドショー』よりも早く1973年1月に開始し、1986年3月まで放送していた。スポンサーは読売テレビ制作のものと異なり、前半・後半無しの1時間通し。

内容は主に生活情報やゲストとのトーク、札幌市内各百貨店の日替わり担当によるテレビショッピング(ベストショッピング)などが中心。その他、STV夏祭り期間中にはSTV夏祭り会場からの中継や年末の時期にはアナウンサー総出演によるかくし芸大会も放送していた。

司会者[編集]

当時のSTVアナウンサーが務めた。

備考[編集]

STVは、1972年4月の北海道文化放送(UHB)開局まで日本テレビ系列フジテレビ系列クロスネット局であり、UHB開局後もフジテレビ系の『3時のあなた』をネットしていた。そのため、『3時のあなた』ネット終了にあたってそのスポンサーだったジャノメミシン桃屋[3]ライオン(当時はライオン歯磨・ライオン油脂)が本番組開始前にそのままスライドし[4]、それにベストショッピングに提供する各百貨店などが加わった。ジャノメミシンは番組放送途中で、桃屋も『2時ですよ』終了時に降板するものの、ライオンは『どさんこワイド』でも16時台のメインスポンサーとなり、現在に至っている[5]

名物コーナーだった「観さん神さんの姉妹占い」では、行方不明になった小学生の行方を霊視し、「家出している、まだ生きている」と言いながら、心配している両親の前で「育て方が悪かった」と説教したが、結局は行方不明になった当日に事故死していることが後日判明し、姉妹へも批判の声があがった。しかし降板することはなく、同コーナーも継続していた。

脚注[編集]

  1. ^ 後番組の「この2時とまれ 青春!奥さん」→「2時です!奥さん」→「ちょっと和久井の2時ですよ」まで。
  2. ^ 『ハイ!大澤です』のサブタイトルは、後のラジオ冠番組でも多く使われていた。
  3. ^ 初期には桃屋の生コマーシャルも挿入していた。
  4. ^ フジテレビからの事実上のスポンサードネットで、系列外への企画ネット番組状態だった。当時UHFがそれほど普及しておらず、所によってUHBの中継局が無かったため、その視聴者保護の観点と見ることもできた。
  5. ^ 桃屋は2006年に入って、『どさんこワイド』の週1回スポンサーとして復帰している。

関連項目[編集]