1974年の読売ジャイアンツ

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1974年の読売ジャイアンツ
成績
セントラル・リーグ2位
71勝50敗9分 勝率.587[1]
本拠地
都市 東京都文京区
球場
後楽園球場
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球団組織
オーナー 正力亨
経営母体 読売新聞社
監督 川上哲治
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1974年の読売ジャイアンツでは、1974年の読売ジャイアンツにおける動向をまとめる。

この年の読売ジャイアンツは、川上哲治監督の14年目のシーズンであり、中日V10を阻止されたシーズンである。中日がリーグ優勝を決めた日に、長嶋茂雄が引退を表明した[2]

チーム成績[編集]

レギュラーシーズン[編集]

開幕オーダー
1 柴田勲
2 上田武司
3 王貞治
4 長嶋茂雄
5 末次利光[3]
6 高田繁
7 土井正三
8 吉田孝司
9 高橋一三
1974年セントラル・リーグ順位変動
順位 4月終了時 5月終了時 6月終了時 7月終了時 8月終了時 9月終了時 最終成績
1位 中日 -- 巨人 -- 阪神 -- 阪神 -- 巨人 -- 中日 -- 中日 --
2位 阪神 3.0 阪神 0.5 中日 3.5 巨人 2.0 中日 2.0 巨人 3.0 巨人 0.0
3位 巨人 4.0 中日 2.0 巨人 4.5 中日 2.0 阪神 4.0 阪神 10.5 ヤクルト 12.0
4位 大洋 5.0 広島 5.0 大洋 6.5 大洋 6.5 ヤクルト 10.5 ヤクルト 13.0 阪神 14.0
5位 広島 6.0 大洋 6.5 広島 7.5 広島 9.5 大洋 13.5 大洋 14.0 大洋 17.5
6位 ヤクルト 6.0 ヤクルト 7.0 ヤクルト 11.0 ヤクルト 9.5 広島 15.0 広島 16.5 広島 19.5
1974年セントラル・リーグ最終成績
順位 球団 勝率
優勝 中日ドラゴンズ 70 49 11 .588 -
2位 読売ジャイアンツ 71 50 9 .587 0.0
3位 ヤクルトスワローズ 60 63 7 .488 12.0
4位 阪神タイガース 57 64 9 .471 14.0
5位 大洋ホエールズ 55 69 6 .444 17.5
6位 広島東洋カープ 54 72 4 .429 19.5

[1]

オールスターゲーム1974[編集]

  • 選出選手及びスタッフ
ポジション 名前 選出回数
監督 川上哲治
投手 堀内恒夫 8
関本四十四
一塁手 王貞治 15
三塁手 長嶋茂雄 17
外野手 末次利光 3
柴田勲 10
  • 太字はファン投票による選出。

できごと[編集]

  • 4月23日 - 王貞治が後楽園球場での対ヤクルト4回戦の8回裏に三振に倒れ、プロ通算1000三振を記録[4]
  • 6月29日 - 王貞治が後楽園球場での対ヤクルト13回戦に出場し、プロ通算2000試合出場を達成[5]
  • 7月9日 - 監督の川上哲治が対大洋ホエールズ戦(川崎)で自身初の退場処分を受ける。巨人の監督が退場処分を受けたのは、1956年7月31日の甲子園球場で行われた対阪神16回戦で水原円裕監督が審判に暴力行為で退場処分を受けて以来 [6]
  • 7月15日 - 王貞治がNPB新記録の13満塁本塁打を記録。
  • 10月4日 - 王貞治がセ・リーグタイ記録の1試合5敬遠四球。
  • 10月12日
  • 10月14日 - 長嶋茂雄が後楽園球場の対中日戦ダブルヘッダーの第2試合終了後に引退セレモニーを行う[9]
  • 10月15日 - セ・リーグの全日程が終了し、王貞治が2年連続で三冠王決める[10]
  • 11月20日 - 川上哲治の監督退任を正式に発表[11]
  • 11月21日 - 巨人は後楽園球場にて記者会見し、川上哲治の退任に伴い長嶋茂雄が新監督に就任したと発表[12]
  • 12月2日 - 森昌彦が東京・大手町の球団事務所を訪れオーナーの正力亨に対しに退団を申し入れ了承される[13][14]
  • 12月18日 - 菅原勝矢が球団に対し現役引退を申し入れる[15]

選手・スタッフ[編集]

[16]

表彰選手[編集]

リーグ・リーダー
選手名 タイトル 成績 回数
王貞治 最優秀選手 2年連続7度目
首位打者 .332 2年連続5度目
本塁打王 49本 13年連続13度目
打点王 107打点 4年連続9度目
最多出塁数 294個 8年連続8度目
2年連続の三冠王達成
関本四十四 最優秀防御率 2.28 初受賞
ベストナイン
選手名 ポジション 回数
堀内恒夫 投手 2年ぶり2度目
王貞治 一塁手 13年連続13度目
長嶋茂雄 三塁手 17年連続17度目
末次利光 外野手 初受賞
ダイヤモンドグラブ賞
選手名 ポジション 回数
堀内恒夫 投手 3年連続3度目
王貞治 一塁手 3年連続3度目
柴田勲 外野手 3年連続3度目
高田繁 3年連続3度目

ドラフト[編集]

順位 選手名 ポジション 所属 結果
1位 定岡正二 投手 鹿児島実業高 入団
2位 中山俊之 投手 大昭和製紙北海道 入団
3位 倉骨道広 捕手 東京農業大学 入団
4位 塩月勝義 投手 協和発酵 入団
5位 大本則夫 投手 電電四国 入団
6位 岡昭彦 内野手 春日部工業高 入団

出典[編集]

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  1. ^ a b 年度別成績 1974年 セントラル・リーグ”. 2016年7月28日閲覧。
  2. ^ 【10月12日】1974年(昭49) 中日 20年ぶり優勝が吹っ飛んだ 長嶋茂雄引退を表明スポニチアネックス 2011年10月12日付
  3. ^ 末次民夫から改名。
  4. ^ 読売新聞1974年4月24日15面「王が通算1000三振」読売新聞縮刷版1974年4月p717
  5. ^ 読売新聞1974年6月30日15面「巨人・王がプロ入り2000試合出場」読売新聞縮刷版1974年6月p941
  6. ^ 【7月9日】1974年(昭49) 川上哲治が激怒した日 プロ37年、初の退場”. 日めくりプロ野球. スポーツニッポン新聞社 (2011年7月3日). 2015年12月10日閲覧。
  7. ^ 読売新聞1974年10月13日15面「中日ついに20年ぶり優勝 猛打で大洋連破」読売新聞縮刷版1974年10月p411
  8. ^ 読売新聞1974年10月13日19面「背番号3さようなら 長島選手、現役を引退 "V10"決めた夜、記者会見」読売新聞縮刷版1974年10月p415
  9. ^ 読売新聞1974年10月15日17面「長島、男のロマン残して」読売新聞縮刷版1974年10月p471
  10. ^ 読売新聞1974年10月16日14面「王、史上初の"連続三冠"」読売新聞縮刷版1974年10月p506
  11. ^ 毎日新聞1974年15面「サヨナラ川上哲治 きょう長島にタッチ」毎日新聞縮刷版1974年10月p559
  12. ^ 毎日新聞1974年11月21日夕刊10面「『長島巨人』スタート 『伝統守りたい』」毎日新聞縮刷版1974年10月p574
  13. ^ 読売新聞1974年12月3日15面「球界ルポ 森、後輩へ『誇り』の2字」読売新聞縮刷版1974年12月p69
  14. ^ 【12月2日】1974年(昭49) 巨人V9の頭脳、森昌彦退団 長嶋新監督から声かからず”. 日めくりプロ野球. スポーツニッポン新聞社 (2007年11月28日). 2015年12月10日閲覧。
  15. ^ 読売新聞1974年12月19日15面「球界ルポ 森、菅原、現役を断念」読売新聞縮刷版1974年12月p559
  16. ^ 読売巨人軍公式HP 背番号変遷”. 2015年10月25日閲覧。