1969年のル・マン24時間レース

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1969年のル・マン24時間レース
前年: 1968 翌年: 1970
1969年のコース

1969年のル・マン24時間レース24 Heures du Mans 1969 )は、37回目[1]ル・マン24時間レースであり、1969年6月14日から6月15日[2]にかけてフランスのサルト・サーキットで行われた。

概要[編集]

ポルシェは総合優勝を明確に目標とし、新型で大排気量の917を持ち込んだ。

出走したのは45台[3][1]

14時スタート[4]。我先にドライバーが自動車に駆け寄り乗り込むや否や飛び出して行く中で、まだ24歳だったジャッキー・イクスは、ル・マン式スタートの危険を避けるため[注釈 1]にゆっくり歩いてフォード・GT40の6号車に乗り[4]、シートポジションを確認し[4]、シートベルトを装着し[4]、精神的に落ち着き[4]、他の44台が走り去った後に出発した[4]。この時も最初の周回中にポルシェ・917[4]を先頭にトップグループがホームストレッチに雪崩れ込んだ頃、ジョン・ウルフ(John Woolfe )が乗るポルシェ・917の10号車がオーバースピードでメゾン・ブランシュを曲がりきれずに土手に突っ込み、車両は猛火に包まれてジョン・ウルフは死亡した[4]。これを避けようとしたクリス・エイモンが乗るフェラーリ・312Pの19号車も燃えるガソリンをマシン全体に浴びてクラッシュ、幸い無傷で脱出できたもののレース続行は不可能であった[4]。フランク・ガードナー(Frank Gardner )の乗るフォード・GT40の9号車もラジエターを焼かれてその修理で長いピットインを強いられた[4][注釈 2]

ポルシェ・908の23号車で2位を走行中だったウド・シュッツ(Udo Schütz )は、遅れていたポルシェ・908の64号車とデッドヒートを演じ、クラッシュしてリタイヤした[5]。その後64号車は次第に周回遅れを取り戻してトップ争いに加わっており、結果から見るとこのためにポルシェはほとんど手中にしていた初めての総合優勝を逃したことになる[5]

11時10分、ジャッキー・イクスの6号車は先頭を行くポルシェ・908、64号車をかわした[注釈 3]が、給油のためピットインし、64号車の45秒遅れで6号車はピットアウトした[4]。11時28分に64号車が給油のためピットインする間に6号車が追い抜いたが、ポルシェの給油とドライバー交替も素早く、6号車のわずか9秒遅れで64号車はピットアウトした[4]。その後14時のゴールまで約2時間、わずかな差のままレースは続いた[4]

完走は14台[3][1]

ジャッキー・イクス/ジャッキー・オリバー[6][3][1]フォード・GT40[1]マークI、6号車が4,997.98km[4][注釈 4][注釈 5][注釈 6][注釈 7]を平均速度208.250km/h[6][1]で走り優勝、4連勝を達成した。これはこの後ル・マン最多勝者になるジャッキー・イクスのル・マン初勝利である[6]。2位のポルシェ・908、64号車[注釈 8]との差はわずか130mであった[4]

注釈[編集]

  1. ^ 当時は「大芝居」と言われたが、本人にそのような意図はなかったという。
  2. ^ フランク・ガードナー/マルコーム・ガスリー(Malcolm Guthrie )組はその後42周でリタイヤした。
  3. ^ この時点で、6号車はレース参加全車両を追い抜いたことになる。
  4. ^ 『ル・マン 偉大なる草レースの挑戦者たち』p.300、『ル・マンの英国車』p.130「1969」は4,998kmとする。
  5. ^ 『ルマン 伝統と日本チームの戦い』p.223「資料1」は4,998.000kmとする。
  6. ^ :en:は4,997.88kmとする。
  7. ^ 2位の908との差の問題で整合性がある4,997.98kmを採用した。
  8. ^ 走行距離4,997.85km。

出典[編集]

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  1. ^ a b c d e f 『ルマン 伝統と日本チームの戦い』p.223「資料1」。
  2. ^ 『ルマン 伝統と日本チームの戦い』pp.27-154「ルマン24時間レースの歴史」。
  3. ^ a b c 『ル・マン 偉大なる草レースの挑戦者たち』pp.298-303。
  4. ^ a b c d e f g h i j k l m n o 『俺だけの運転テクニック』pp.31-62。
  5. ^ a b 『われらがポルシェ ポルシェなんでも事典』pp.125-168「栄光のレース物語」。
  6. ^ a b c 『ル・マンの英国車』p.130「1969」。

参考文献[編集]