1964年の日本グランプリ (ロードレース)
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| レース詳細 | |||||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1964年のロードレース世界選手権 全12戦中第12戦 | |||||||||||||
| 決勝日 | 1964年11月1日 | ||||||||||||
| 開催地 | 鈴鹿 | ||||||||||||
| 開催コース | 常設サーキット 5.821km
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| 350 cc | |||||||||||||
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| 250 cc | |||||||||||||
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| 125 cc | |||||||||||||
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1964年の日本グランプリは、ロードレース世界選手権の1964年シーズン第12戦として、11月1日に三重県の鈴鹿サーキットで開催された。
レースは50cc、125cc、250cc、350ccが予定されていたが、50cc(ラルフ・ブライアンズが優勝)は出走したライダーが5名のみで、世界選手権からは除外された。
350ccも50cc同様の理由で選手権から除外される危険があったが、最少出走者数6名を確保するため無名のインドネシア人ライダーが雇われ決勝を走行した。そのライダーは5周でリタイアした。レースはジム・レッドマンがMZのマイク・ヘイルウッドを抑えて優勝した。アラン・シェパードも本GPに参加予定であったが、GP前のテストでクラッシュ、頭蓋骨を骨折したため出走できず、彼はこの負傷が原因で選手生命を絶たれることとなった。
250ccではレッドマンが6気筒エンジンを搭載したホンダの新型マシンで優勝を飾った。
125ccでは、前年に転倒、負傷のためリタイアしたエルンスト・デグナーが雪辱して優勝を果たした。
350ccクラス決勝結果
[編集]| 順位 | ライダー | 車両 | タイム | ポイント |
|---|---|---|---|---|
| 1 | ホンダ | 1h 04' 55" 3 | 8 | |
| 2 | MZ | +30" | 6 | |
| 3 | ホンダ | +1' 32" 2 | 4 | |
| 4 | ホンダ | +2' 14" | 3 | |
| 5 | ホンダ | +2' 21" 5 | 2 |
250ccクラス決勝結果
[編集]| 順位 | ライダー | 車両 | タイム | ポイント |
|---|---|---|---|---|
| 1 | ホンダ | 1h 01' 33" 9 | 8 | |
| 2 | ホンダ | +40" 7 | 6 | |
| 3 | ヤマハ | +1' 20" 9 | 4 | |
| 4 | ホンダ | +1' 38" 3 | 3 | |
| 5 | MZ | + 1 Lap | 2 |
125ccクラス決勝結果
[編集]| 順位 | ライダー | 車両 | タイム | ポイント |
|---|---|---|---|---|
| 1 | スズキ | 32' 33" 5 | 8 | |
| 2 | ホンダ | +1" 2 | 6 | |
| 3 | スズキ | +11" 4 | 4 | |
| 4 | スズキ | +52" 2 | 3 | |
| 5 | ヤマハ | +1' 10" 6 | 2 | |
| 6 | ヤマハ | +1' 36" 1 | 1 |
参考文献
[編集]参照
[編集]外部リンク
[編集]
| 前戦 1964年のイタリアグランプリ |
ロードレース世界選手権 1964年シーズン |
次戦 1965年のアメリカグランプリ |
| 前回開催 1963年の日本グランプリ |
次回開催 1965年の日本グランプリ |