1950年の南海ホークス

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1950年の南海ホークス
成績
レギュラーシーズン2位
66勝49敗5分 勝率.574[1]
本拠地
都市 兵庫県西宮市
球場
大阪球場
Osakastudiam1989.jpg
球団組織
経営母体 南海電気鉄道
監督 山本一人(鶴岡一人)
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1950年の南海ホークス(1950ねんのなんかいホークス)では、1950年シーズンの南海ホークスの動向をまとめる。

この年の南海ホークスは、2リーグ制となった1年目のシーズンであり、山本一人選手兼任監督の5年目のシーズンである。

チーム成績[編集]

レギュラーシーズン[編集]

開幕オーダー
1 松葉昇
2 木塚忠助
3 笠原和夫
4 飯田徳治
5 堀井数男
6 長沢正二
7 筒井敬三
8 柚木進
9 蔭山和夫
1950年パシフィック・リーグ順位変動
順位 3月終了時 4月終了時 5月終了時 7月終了時 8月終了時 9月終了時 10月終了時 最終成績
1位 毎日 -- 毎日 -- 毎日 -- 毎日 -- 毎日 -- 毎日 -- 毎日 -- 毎日 --
2位 南海 0.5 南海 2.0 南海 5.0 南海 9.5 南海 12.0 南海 13.0 南海 15.0 南海 15.0
3位 東急 2.5 大映 5.5 大映 13.5 大映 18.0 大映 18.5 大映 14.5 大映 17.5 大映 19.5
4位 近鉄 3.0 東急 7.5 東急 16.0 阪急 20.5 東急 21.0 東急 22.0 阪急 25.5 阪急 28.5
5位 西鉄 3.0 西鉄 西鉄 17.5 東急 21.0 西鉄 23.0 西鉄 26.5 東急 28.0 西鉄 31.5
6位 大映 3.5 近鉄 8.0 近鉄 17.5 近鉄 23.0 阪急 23.0 阪急 27.0 西鉄 29.5 東急 32.5
7位 阪急 5.0 阪急 11.5 阪急 18.0 西鉄 23.5 近鉄 28.5 近鉄 30.0 近鉄 35.0 近鉄 37.5
1950年パシフィック・リーグ最終成績
順位 球団 勝率
優勝 毎日オリオンズ 81 34 5 .704 -
2位 南海ホークス 66 49 5 .574 15.0
3位 大映スターズ 62 54 4 .534 19.5
4位 阪急ブレーブス 54 64 2 .458 28.5
5位 西鉄クリッパース 51 67 2 .432 31.5
6位 東急フライヤーズ 51 69 0 .425 32.5
7位 近鉄パールス 44 72 4 .379 37.5

できごと[編集]

  • 8月14日 - 富山球場での大映スターズ15回戦、9回表、大映の板倉正男はライトの黒田一博の前にフライを打つが、長谷川信義塁審は「一度捕ったが落球した」と判断して「セーフ」の判定。これに山本一人監督兼内野手は「ダイレクトで捕った」と猛抗議。40分の中断の末に南海側の「放棄試合」となる。「トラブルで試合続行を拒否」しての放棄試合はこれが初。その後9月1日に裁定が下され、「南海球団に制裁金10万円」の処分が出るが、山本監督兼内野手には「謹責処分」が下される(放棄試合で監督に罰金が出なかったのは唯一)。

選手・スタッフ[編集]

表彰選手[編集]

リーグ・リーダー
選手名 タイトル 成績 回数
木塚忠助 盗塁王 78個 2年連続2度目
ベストナイン
選手名 ポジション 回数
飯田徳治 一塁手 初受賞
木塚忠助 遊撃手 3年連続3度目

出典[編集]

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