1946年の映画
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出来事
[編集]→「1946年 § できごと」も参照
世界
[編集]- 米国、スターや監督が戦線から復帰し好況が復活[1]。
- 米国、映画製作本数が425本、スリラー映画やニューロティック映画が流行[1]。
- 英国、映画製作者アレクサンダー・コルダ、ロンドン・フィルムを再建[2][3]。戦時中からのし上がってきたアーサー・ランクとともに、英国映画黄金時代の旗手となる[3]。
- 東独、西独別個に映画製作再開[2]。
- 米国、『モーション・ピクチュア・ヘラルド』誌発表の興行主が選んだトップテン・マネーメイキングスターの1位はビング・クロスビー(歌手・俳優)[4]。
- 3月 - 『失われた週末』が第18回アカデミー賞作品賞を獲得[3]。
- 3月12日 - 米国、ジュディ・ガーランド(女優・歌手)とヴィンセント・ミネリ監督の間にライザ・ミネリ(女優・歌手)誕生[3][5]。
- 6月23日 - 米国、無声映画俳優ウイリアム・S・ハート死去[6][2][7]。
- 8月31日 - イタリア、ヴェニス国際映画祭再開(9月15日まで)[2][8][注 1]。
- 9月20日 - フランス、第1回カンヌ映画祭開催(10月5日まで)[9][1][10][注 2]。
- 10月 - 米国、ユニヴァーサルとインターナショナル映画が合併して、ユニヴァーサル・インターナショナルとなる[3]。
- 月日不詳
- フランス、ルネ・クレール監督やジュリアン・デュヴィヴィエ監督がハリウッドから帰国[1]。
- ソ連、芸術批判が起こり、セルゲイ・エイゼンシュテイン監督『イワン雷帝』第2部「大いなる生活」など上映禁止[1]。
- ソ連、映画省設置[2]。
- 無名時代の米俳優バート・ランカスターが〔活動家〕ノーマ・アンダースンと結婚[4]。
日本
[編集]- 1月
- 2月
- 戦前に輸入され、内務省検閲で上映禁止になっていた『ヨシワラ』(マックス・オフュルス監督)公開[15][1][16]。同様に、戦前よりストックされ、王室の恋を扱っていたため上映禁止になっていた『うたかたの恋』(11月公開、アナトール・リトヴァク監督)などフランス映画がヒット[1][16][注 3]。
- 2月1日 - アメリカ・メジャー9社[注 4]の日本配給機構・セントラル映画社(CMPE)発足[注 5]、2月28日、アメリカ映画の輸入が再開される[13][18][14][12]。アメリカ映画輸入再開第1号となったのは『春の序曲』(東宝系)と『キュリー夫人』(松竹系)、入場料金10円[13][14]。この年、CMPEの手でアメリカ映画37本(ほかに1本)が公開され、その中には『カサブランカ』『疑惑の影』『我が道を往く』などの名作も含む[4]。また、戦前に公開されたアメリカ映画、フランス映画のなかで、CIEの検閲をパスしたものがリバイバルされだした[4]。
- 2月28日 - 公職追放令公布[12]。
- 3月
- 4月
- 4月1日 - 推計により終戦直後の映画館数1,190館[13]。
- 4月28日
- 日本映画演劇労働組合(日映演)結成[14][19]。
- 東宝従業員組合、日映演に加盟[19]。
- 5月
- 月刊『SCREEN』創刊、表紙は原節子、裏表紙にタイロン・パワー[20][21][注 6]。
- 日活、セントラル映画社(CMPE)と1年間にアメリカ映画を24週上映の契約を締結[22]。RKO『拳銃の町』の上映からスタート[23][注 7]。
- 5月20日 - 各映画会社代表、映画製作者連合会(映連)に集まり、新旧問わず外国映画のプリント[注 8]を制限[25]。
- 5月23日 - 松竹、『はたちの青春』公開、大坂志郎と幾野道子による日本映画初のキスシーンが話題[26][27][注 9]。
- 5月30日 - 各映画製作会社代表、映連で「フイルム委員会〔ママ〕」を開催、フィルムに対する物品税の廃止運動を行うと決議[25]。
- 6月
- 7月
- 8月
- 9月
- 10月
- 11月
- 12月
日本の映画興行
[編集]- 入場料金(大人)
- 入場者数 7億3274万人(1年間に1人平均10回鑑賞)[40]
| 映画製作会社 | 公開本数 |
|---|---|
| 松竹 | 21 |
| 東宝 | 18 |
| 大映 | 25 |
| その他 | 3 |
| 合計 | 67 |
出典:『映画統計資料 : 昭和21年1月-30年12月(10年間)』日本映画連合会、1956年、1頁。NDLJP:1694281。
日本公開作品
[編集]→詳細は「1946年の日本公開映画」を参照
受賞
[編集]- 第19回アカデミー賞
- 作品賞 - 『我等の生涯の最良の年』 - ゴールドウィン、RKOラジオ
- 監督賞 - ウィリアム・ワイラー - 『我等の生涯の最良の年』
- 主演男優賞 - フレドリック・マーチ - 『我等の生涯の最良の年』
- 主演女優賞 - オリヴィア・デ・ハヴィランド - 『遥かなる我が子』
- 助演男優賞 - ハロルド・ラッセル - 『我等の生涯の最良の年』
- 助演女優賞 - アン・バクスター - 『剃刀の刃』
- 第4回ゴールデングローブ賞
- 作品賞 - 『我等の生涯の最良の年』
- 監督賞 - フランク・キャプラ - 『素晴らしき哉、人生!』
- 主演男優賞 - グレゴリー・ペック - 『子鹿物語』
- 主演女優賞 - ロザリンド・ラッセル - 『世界の母』
- 第1回カンヌ国際映画祭
- グランプリ:
- 『マリア・カンデラリア』 - エミリオ・フェルナンデス監督、
メキシコ - 『偉大な転換』 - フリードリッヒ・エルムレル監督、
ソビエト連邦 - 『田園交響楽』、ジャン・ドラノワ監督、
フランス - 『最後のチャンス』、レオポルト・リントベルク監督、
スイス - 『翼のない男たち』、フランチシェク・チャープ監督、
チェコスロバキア - 『無防備都市』、ロベルト・ロッセリーニ監督、
イタリア王国
- 『マリア・カンデラリア』 - エミリオ・フェルナンデス監督、
- グランプリ:
- 第1回毎日映画コンクール
- 日本映画大賞 - 『或る夜の殿様』
生誕
[編集]- 1月2日 - 伊吹吾郎、
日本、男優 - 1月5日 - ダイアン・キートン、
アメリカ合衆国、女優・プロデューサー・映画監督 - 1月19日 - ドリー・パートン、
アメリカ合衆国、カントリーシンガー・女優 - 1月20日 - デヴィッド・リンチ、
アメリカ合衆国、映画監督 - 1月26日 - ジーン・シスケル、
アメリカ合衆国、映画評論家 - 2月7日 - ピート・ポスルスウェイト、
イギリス、男優 - 2月20日 - ブレンダ・ブレッシン、
イギリス、女優 - 2月21日 - アラン・リックマン、
イギリス、男優 - 3月4日 - 中条きよし、
日本、歌手・男優 - 3月12日 - ライザ・ミネリ、
アメリカ合衆国、歌手・女優 - 3月21日 - ティモシー・ダルトン、
イギリス、男優 - 4月18日 - ヘイリー・ミルズ、
イギリス、歌手・女優[4] - 4月19日 - ティム・カリー、
イギリス、歌手・男優 - 4月25日 - タリア・シャイア、
アメリカ合衆国、女優 - 5月9日 - キャンディス・バーゲン、
アメリカ合衆国、女優・モデル[4] - 5月20日 - シェール、
アメリカ合衆国、歌手・女優 - 6月1日 - ブライアン・コックス、
イギリス、男優 - 6月15日 - ブリジット・フォッセー、
フランス、女優[4][41] - 7月6日 - シルヴェスター・スタローン、
アメリカ合衆国、男優・脚本家・映画監督 - 7月11日 - 木の実ナナ、
日本、女優 - 7月13日 - チーチ・マリン、
アメリカ合衆国、男優・コメディアン - 7月16日 - 古川登志夫、
日本、声優 - 7月22日 - ダニー・グローヴァー、
アメリカ合衆国、男優・映画監督 - 8月16日 - レスリー・アン・ウォーレン、
アメリカ合衆国、歌手・女優 - 9月9日 - 谷隼人、
日本、男優 - 9月15日 - トミー・リー・ジョーンズ、
アメリカ合衆国、男優 - 9月15日 - オリバー・ストーン、
アメリカ合衆国、映画監督・プロデューサー - 9月16日 - 神谷明、
日本、声優 - 9月19日 - マイケル・エルフィック、
イギリス、男優 - 9月28日 - ジェフリー・ジョーンズ、
アメリカ合衆国、男優 - 10月4日 - スーザン・サランドン、
アメリカ合衆国、女優 - 10月15日 - ジョン・ゲッツ、
アメリカ合衆国、男優 - 10月27日 - アイヴァン・ライトマン、
チェコスロバキア、映画監督・プロデューサー - 10月31日 - スティーヴン・レイ、
イギリス、男優 - 11月6日 - サリー・フィールド、
アメリカ合衆国、歌手・女優 - 11月13日 - 大原麗子、
日本、女優 - 11月22日 - 倍賞美津子、
日本、女優 - 12月14日 - パティ・デューク、
アメリカ合衆国、女優 - 12月17日 - ユージン・レヴィ、
カナダ、男優・コメディアン・映画監督 - 12月18日 - スティーヴン・スピルバーグ、
アメリカ合衆国、映画監督・プロデューサー
死去
[編集]映画に直接関係したことのない人物(お笑いタレントや歌手、スポーツ選手、アナウンサー等)を記載しないで下さい。またノート:2016年の映画もお読み下さい。 |
| 日付 | 名前 | 出身国 | 年齢 | 職業 | |
|---|---|---|---|---|---|
| 2月 | 17日 | ドロシー・ギブソン | 56 | 女優 | |
| 4月 | 1日 | 桑野通子 | 31 | 女優 | |
| ノア・ビアリー・Sr | 64 | 男優 | |||
| 6月 | 23日 | ウィリアム・S・ハート | 81 | 男優 | |
| 8月 | 9日 | レオン・ゴーモン[注 12] | 82 | 映画パイオニア | |
| 13日 | H・G・ウェルズ | 79 | SF小説家 | ||
| 26日 | ジャニー・マクファーソン | 60 | 女優・脚本家 | ||
| 28日 | フローレンス・ターナー | 61 | 女優 | ||
| 9月 | 21日 | 伊丹万作 | 46 | 映画監督・挿絵画家 | |
| オルガ・エングル | 75 | 女優 | |||
| 10月 | 31日 | ガブリエル・ガブリオ | 59 | 男優 | |
| 12月 | 12日 | ルネ・ジャンヌ・ファルコネッティ | 54 | 女優 | |
| 25日 | W・C・フィールズ | 66 | コメディアン・男優 | ||
脚注
[編集]注釈
[編集]- ↑ 〔引用者註〕この年は仮開催。正式の再開は翌1947年の第8回となる。
- ↑ 『映画賞・映画祭日本・外国受賞作品大全集』では、グランプリを『鉄路の斗い』(ルネ・クレマン監督)が受賞したとなっている。
- ↑ 『映画賞・映画祭日本・外国受賞作品大全集』では、ヒットしたフランス映画として『ヨシワラ』や『うたかたの恋』とともに『大いなる幻影』(ジャン・ルノワール監督)が挙げられている。
- ↑ 『写真で見る外国映画の100年』では、CMPEが輸入・配給するのはコロムビア、MGM、パラマウント、RKO、20世紀フォックス、ユニヴァーサル、ユナイテッド・アーティスツ、ワーナー・ブラザースの8社となっていて、リパブリックが抜けている[3]。
- ↑ 『映画年鑑 1961年版』では、「米画の13配給機関」となっている[17]。
- ↑ 同じスクリーン編集の『写真で見る外国映画の100年』では、同年の12月号より創刊となっている[4]。
- ↑ 日活直営館で大映映画と2週間交替でアメリカ映画を上映[23]。
- ↑ ネガから焼き付けたポジフィルム[24]。
- ↑ 『プロマイド昭和史』では5月24日となっているが、公式サイトに従った。
- ↑ 『大映十年史』では、「7月28日実施」となっている[25]。
- ↑ 『戦後値段史年表』によれば、3月は3円、5月は4円50銭となっている[38]。
- ↑ 英語版や一部資料では没年月日が同年の8月10日になっている[42]。
出典
[編集]- 1 2 3 4 5 6 7 8 石原良太 1986, p. 66.
- 1 2 3 4 5 6 7 筈見 1955b, p. 102.
- 1 2 3 4 5 6 スクリーン編集部 1970, p. 153.
- 1 2 3 4 5 6 7 8 9 スクリーン編集部 1970, p. 154.
- ↑ “ライザ・ミネリ(Liza Minnelli)”. allcinema. スティングレイ. 2026年4月28日閲覧。
- ↑ “William S. Hart” (英語). IMDb. 2025年1月22日閲覧。
- ↑ “ウィリアム・S. ハート(英語表記)William S. Hart”. コトバンク. 2023年9月18日閲覧。
- ↑ “Venice Film Festival (1946)” (英語). IMDb. 2026年1月21日閲覧。
- ↑ “The history of the Festival” (英語). カンヌ国際映画祭公式サイト. カンヌ国際映画祭. 2023年7月14日閲覧。
- ↑ “Cannes Film Festival (1946)” (英語). IMDb. 2026年1月21日閲覧。
- ↑ “映画6社従組同盟結成<時の話題>”. NHKアーカイブス. 2023年9月18日閲覧。
- 1 2 3 東宝 1982b, p. 43.
- 1 2 3 4 5 6 東宝 2010b, p. 202.
- 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 谷川 1993, p. 108.
- ↑ “ヨシワラ”. KINENOTE. キネマ旬報社. 2023年9月3日閲覧。
- 1 2 スクリーン編集部 1970, pp. 153–154.
- 1 2 時事通信社 1961, p. 673.
- 1 2 3 4 5 松竹 1985, pp. 674–675.
- 1 2 3 4 5 東宝 1982b, p. 44.
- ↑ “近代映画社 ー当社の沿革ー”. 近代映画社公式サイト. 近代映画社. 2020年7月5日閲覧.
昭和21年5月、月刊『スクリーン』創刊。表紙は原節子、裏表紙にタイロン・ パワー、定価は4円80銭、 発行部数2万部。
- ↑ “映画雑誌の秘かな愉しみ”. 国立映画アーカイブ公式サイト. 国立映画アーカイブ. 2020年7月5日閲覧.
「スクリーン」1946年5月創刊号
- ↑ 日活 2014, pp. 60, 62.
- 1 2 日活 2014, p. 62.
- ↑ “映画・映像 業界用語辞典 「プリント」”. 東京映画映像学校. 2024年5月6日閲覧。
- 1 2 3 4 5 大映 1951, §大映十年と社会・映画界の動き.
- ↑ “【作品データベース】はたちの青春”. 松竹公式サイト. 松竹. 2025年10月12日閲覧。
- ↑ 北の丸出版 編『プロマイド昭和史』小学館、1982年12月20日、220頁。
- 1 2 山川 1987, p. 163.
- 1 2 3 角川 1982, p. 184.
- ↑ “東京テアトル 沿革”. 東京テアトル. 2023年6月12日閲覧。
- 1 2 3 4 東宝 1982b, p. 45.
- ↑ 松竹 1985, p. 316.
- ↑ “嵐をはらむ“十月”ゼネスト 新聞罷業第二報”. NHKアーカイブス. 2023年9月18日閲覧。 “さらに映画演劇労働組合も5日全国大会を開いて、団体協約そのほかの要求貫徹せざれば、10月15日からゼネストに入るむね決議。”
- 1 2 3 東宝 2010b, p. 203.
- ↑ 小池新 (2021年10月24日). “「270名に対し、個人宛て解雇状を発送した」日本映画の運命を決定づけた戦後最大の労働争議はなぜ起こったのか”. 文春オンライン. 文藝春秋. 2023年9月2日閲覧。
- ↑ “スポーツパレード(1945)”. 映画.com. 2026年4月29日閲覧。
- ↑ 日活 2014, p. 60, 63.
- ↑ 週刊朝日『戦後値段史年表』朝日新聞出版〈朝日文庫〉、1995年、23頁。ISBN 4-02-261108-1。
- ↑ 松竹 1985, p. 257.
- ↑ 『映画統計資料 : 昭和21年1月-30年12月(10年間)』日本映画連合会、1956年、16頁。NDLJP:1694281。
- ↑ “ブリジット・フォッセー”. 映画.com. 2026年4月27日閲覧。
- ↑ “Léon Gaumont - Writer” (英語). Film Reference. Advameg. 2021年2月16日閲覧。
参考文献
[編集]- 石原良太 編『映画賞・映画祭日本・外国受賞作品大全集 : 栄光と虚栄・アカデミー賞からヨコハマ映画祭』芳賀書店、1986年6月。ISBN 4-8261-0520-7。
- 角川春樹、藤岡和賀夫、阿久悠『ザ・ブーム』角川書店、1982年1月25日。全国書誌番号:82015854。
- 時事通信社『映画年鑑 1961年版』時事通信社、1961年1月。doi:10.11501/2526767。全国書誌番号:79030705。 - 「映画界重要日誌」1959年9月から1960年8月まで。映画史年表付。
- 松竹『松竹九十年史』松竹、1985年12月。全国書誌番号:87001945。
- スクリーン編集部 編『写真で見る外国映画の100年 華麗なる映画の世界 : 1945-1953』 3巻、近代映画社、1970年。doi:10.11501/12436961。
- 大映 編『大映十年史』大映、1951年。doi:10.11501/2460993。全国書誌番号:52009699。
- 谷川義雄『年表・映画100年史』風濤社、1993年5月。ISBN 4-89219-113-2。
- 東宝『東宝五十年史』東宝、1982年11月。全国書誌番号:83041631。
- 渋沢社史データベース版(1982年11月刊行本が底本)
- 東宝 編『東宝75年のあゆみ ビジュアルで綴る3/4世紀 1932 - 2007』東宝、2010年4月。全国書誌番号:21785703。
- 東宝 編『東宝75年のあゆみ 1932 - 2007 資料編』(PDF)東宝、2010年4月。
- 日活『日活100年史 = Nikkatsu-celebrating 100 years of history』日活、2014年3月。全国書誌番号:22411179。
- 筈見恒夫『写真映画百年史』 4巻、鱒書房、1955年10月。 NCID BA32272354。NDLJP:2466996。
- 山川浩二『昭和広告60年史』講談社、1987年。ISBN 4-06-202184-6。