1946年の中部日本軍・ゴールドスターのユニフォーム

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1946年の中部日本軍・ゴールドスターのユニフォーム(1946ねんのちゅうぶにっぽんぐん・ゴールドスターのユニフォーム)は1946年中部日本軍と戦前に於ける朝日軍の選手が中心になって設立されてその年日本野球連盟に加入したゴールドスターが採用していたユニフォーム。翌年以降少しずつ物質不足が解消されユニフォームの生地が手に入るようになったためその年限りで消滅したユニフォームである。

デザイン[編集]

物質不足の影響でユニフォームはすべて白地である。帽子のマークはなし。ユニフォームにはペンキで前が上CHUBU、下NIPPON(中部日本)左胸に中央★のG(ゴールドスター)。後ろが背番号であった。

概要[編集]

1945年8月15日ポツダム宣言を受諾し日本が降伏してからわずか数ヶ月後に日本野球連盟がプロ野球再開を表明。翌年には8球団で公式戦再開にこぎつけたが、その内中部日本・ゴールドスターが採用していたユニフォームは、戦後の物資不足のため生地は入ったがアンダーシャツ・ストッキング用の染料はまだなくネーム用のフェルト生地もなく、結局白地のままプレーした。ユニフォームのネームと背番号はペンキで手書きによるものであった。ゴールドスターはあるゲームで自軍のユニフォームが盗まれてしまい東京セネタースのユニフォームを借用して裏返しに着ていたというエピソードもあった。

翌年から生地以外にもいろいろなものが手に入るようになったため、この物質不足のユニフォームはわずか1年で封印された。