1916年区画整備決議

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区画整備決議後の1932年のミッドタウン・マンハッタン

ニューヨーク市の1916年区画整備決議 (1916 Zoning Resolution) は、エクイタブル・ビルディングのような大きな建物が、道路の前に建てられ、光や空を遮るのを防ぐために、大きさを規制したものである。一定の高さ、強制力のない高さ制限によるセットバックの導入、ロットサイズの割合の制限など、建物の大きさに制限が加えられた。

建築設計士のヒュー・フェリスは、1922年、可能な形や建築容積を最大限にする方法を明白に描き、集中した研究を通して、これらの新しい規則を広めた。「1920年代の終わりまでに、セットバック超高層ビルは、ニューヨークの区画整備決議を受けて、シカゴから上海のようなスタイルを取り入れるようになった」とエリック・ピーター・ナッシュおよびノーマン・マックグレース・マクグラスは述べており[1]、決議を取り入れておらず、ブルックリンで孤立していたウィリアムズバーグ貯蓄銀行タワーについて議論された。1920年代と1930年代の層になったアール・デコ超高層ビルは、この決議を受けて建設されている。

20世紀中頃までに、多くの新しいインターナショナル・スタイルのビルが、その土地の中心にタワーをつくり、その周囲をプラザや低い建物で取り囲むことで、セットバックの基準を満たしている。これは、反対意見から非難され[2]、他の問題もあって、1961年に改良されるに至った。

関連項目[編集]

出典[編集]

脚注

  1. ^ Nash and McGrath, Manhattan Skyscrapers 2005:55.
  2. ^ Dunlap, David W. (2006年12月7日). “At New Trade Center, Seeking Lively (but Secure) Streets”. New York Times (The New York Times Company). http://www.nytimes.com/2006/12/07/nyregion/07blocks.html 2008年6月6日閲覧。 

参考文献