1912年ストックホルムオリンピックの日本選手団
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| オリンピックの日本選手団 | ||||
| 日章旗 | ||||
| IOCコード: | JPN | |||
| NOC: | 日本オリンピック委員会 公式サイト | |||
| 1912年ストックホルムオリンピック | ||||
| 人員: | 選手 2名、役員 2名 | |||
| 旗手: | 三島弥彦 | |||
| メダル |
金 0 |
銀 0 |
銅 0 |
計 0 |
| 夏季オリンピック日本選手団 | ||||
| 1912 • 1920 • 1924 • 1928 • 1932 • 1936 • 1948 • 1952 • 1956 • 1960 • 1964 • 1968 • 1972 • 1976 • 1980 • 1984 • 1988 • 1992 • 1996 • 2000 • 2004 • 2008 • 2012 • 2016 | ||||
| 冬季オリンピック日本選手団 | ||||
| 1924 • 1928 • 1932 • 1936 • 1948 • 1952 • 1956 • 1960 • 1964 • 1968 • 1972 • 1976 • 1980 • 1984 • 1988 • 1992 • 1994 • 1998 • 2002 • 2006 • 2010 • 2014 • 2018 | ||||
1912年ストックホルムオリンピックの日本選手団は、1912年5月5日から7月27日まで開催された1912年ストックホルムオリンピックの日本選手団、およびその競技結果。選手所属は1912年当時のもの。
日本は初のオリンピック参加となった。
概要[編集]
- 人員: 選手2人(三島弥彦と金栗四三)、役員は嘉納治五郎と大森兵蔵の2名。これは日本のオリンピック選手団としては2018年現在最小の規模である。
- 入場行進時のプラカード表記は「NIPPON」であった。「NIPPON」の表記はこの大会のみで、以降のオリンピックは全て「JAPAN」となっている。
- 出発は1912年5月16日。一度船でロシアに渡り、シベリア鉄道でストックホルムへ向かった。
種目別選手、スタッフ名簿および成績[編集]
役員[編集]
陸上競技[編集]
「陸上競技日本代表」も参照
男子[編集]
- 三島弥彦(東京帝大)
- 金栗四三(東京高師)
- マラソン 途中棄権(ただし、棄権の意思が運営者側に届いていなかったため、行方不明扱いとされ、55年後の記念式典でゴールし、54年8ヶ月6日5時間32分20秒3とアナウンスされている。)
参考文献[編集]
- 日本オリンピック委員会監修 『近代オリンピック100年の歩み』 ベースボール・マガジン社、1994年