舞鶴高3女子殺害事件

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舞鶴高3女子殺害事件(まいづるこうさんじょしさつがいじけん)とは、2001年平成13年)11月17日京都府舞鶴市田中町の志楽川高校3年生の女子生徒の遺体が発見された事件。

犯人は特定も逮捕もされておらず、未解決事件となっている。

事件概要[編集]

行方不明当日の動き[編集]

2001年平成13年)11月5日、女子生徒は午前10時30分頃に高校を早退。それから電車東舞鶴駅に行き、待ち合わせていた彼氏とバイク舞鶴工業高等専門学校へ行く。

その後、安岡町に住む友人の家を訪ねるも不在で、女子生徒の最後の目撃情報は、午後5時30分頃に田中町の道路を一人で歩いていたという情報。

遺体発見現場は最後の目撃場所から400mほど離れていて、死亡推定時刻は午後7時〜8時頃となっている。行方不明当日の夜から翌日いっぱいにかけて、嵐ともいえるような強い雨が降っていた。

遺体の状態[編集]

に、鋭利な刃物でつけられたと思われる傷がたくさんあり、首の傷は気道に達していた。

死因は血液を肺に吸い込んだことによる窒息死

衣服のボタンはとれていたが、乱暴されたり抵抗したりした形跡はなかった。

自殺説と他殺説[編集]

傷がすべて自分でつけられる範囲にあることや、抵抗した形跡がなかったため、警察では自殺と他殺の両方で調べている。

舞鶴高1女子殺害事件との関連[編集]

京都府舞鶴市ではこの事件から7年後の2008年平成20年)にも、女子高生が殺害される事件が起きている。女子生徒は5月6日夜に家を出てから行方不明となり、5月8日に雑木林で遺体が発見された。頭をバールのようなもので殴られていて、首には弦のようなものが巻きつけてあった。この事件の容疑者は逮捕されたが、証拠不十分で無罪。無罪確定後に殺人未遂事件を起こして逮捕され、その事件の服役中に病死した[1]

脚注[編集]