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め組の纏(東映太秦映画村で再現されたもの)
東京の消防から奉納された、纏をデザインした額(香取市山倉大神
静岡市駿河区にある消火栓のフタ

(まとい)とは、江戸時代町火消が用いた、自分たちの組であることを示すもの。纏は各組により様々な意匠が凝らしてある。概ね、上部に組を表す頭があり、馬簾と呼ばれる房飾りがついている[1]。下部は木の棒になっていて手に持って使う。

江戸時代の江戸では、武家屋敷で発生した火災大名旗本が消火活動にあたり、町人が住む地域の火災は町人の手による消火活動が行われていた。

江戸の大半を焼失する明暦の大火後の1658年(万治元年)には江戸中定火之番(定火消)が設置された[2]。火災時には旗本が火消屋敷に常駐している臥煙と呼ばれる消防員の指揮をとり出動していたが[3]、その際に用いた馬印が、纏の始まりになったといわれる[1]

消火活動においては、「纏持ち」と呼ばれる火消がこれを持ち、風下の屋根の上にあがり、放水や建物の破壊など消火活動の目印としてなどして用いられた[4]

脚注

  1. ^ a b のぼり、馬印、馬簾、纏の語源や歴史的な関係については、折口(1918年)に詳しい。
  2. ^ 内閣府中央防災会議、2004年、39頁
  3. ^ 臥煙については、内閣府中央防災会議(2004年、42~43頁)に若干の記述がある。
  4. ^ 折口(1918年)に「まといを振りたてゝ、日傭人足の指図をした」とある。

参考文献

外部リンク