臼井藩

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

2019年7月20日 (土) 16:15; 122.197.146.81 (会話) による版(日時は個人設定で未設定ならUTC

(差分) ← 古い版 | 最新版 (差分) | 新しい版 → (差分)
ナビゲーションに移動 検索に移動

臼井藩(うすいはん)は、下総国印旛郡臼井(現在の千葉県佐倉市臼井)に存在した碓井藩と記されることもある。藩庁は臼井城

藩史[編集]

戦国時代、臼井は千葉氏の家臣・原氏が治めていた。小田原征伐で原氏が滅亡した後、徳川家康関東入部で三河国吉田を領していた酒井家次が3万石で臼井に入り、臼井藩を立藩した。家次は徳川四天王の筆頭・酒井忠次の嫡子である。慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦いで家次は徳川秀忠軍に属して上田城真田昌幸攻めに参加した。

家次は慶長9年(1604年)12月、上野国高崎藩に加増移封となった。臼井藩は廃藩となり、その所領は幕府領となった。元禄14年(1701年)からは佐倉藩領として組み込まれている。

歴代藩主[編集]

酒井家

譜代。3万石。

  1. 酒井家次(いえつぐ)