龍野市

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
たつのし
龍野市
廃止日 2005年10月1日
廃止理由 新設合併
龍野市新宮町揖保川町御津町たつの市
現在の自治体 たつの市
廃止時点のデータ
日本の旗 日本
地方 近畿地方
都道府県 兵庫県
団体コード 28211-1
面積 69.75km2
(境界未定部分あり)
総人口 40,227
推計人口、2005年9月1日)
隣接自治体 姫路市相生市揖保郡新宮町、揖保川町、御津町、太子町
市の木 カシ
市の花 サクラ
龍野市役所
所在地 679-4192
兵庫県龍野市龍野町富永1005-1
外部リンク 龍野市Internet Archive
龍野市の位置
 表示 ウィキプロジェクト
龍野市俯瞰

龍野市(たつのし)は、兵庫県南西部に存在した西播磨県民局管轄地域であった。

龍野藩5万3千石の城下町の面影から「播磨の小京都」と呼ばれ、また童謡赤とんぼ」の作詞者、三木露風の生誕地として「童謡の里宣言」を行っている。

2005年10月1日、近接する揖保郡新宮町揖保川町御津町と合併して「たつの市」が成立、「龍野市」は消滅した。

地理[編集]

隣接していた自治体[編集]

姫路市相生市揖保郡太子町、揖保郡揖保川町、揖保郡新宮町

歴史[編集]

播磨国風土記』によれば、龍野の由来は「『野見宿禰がこの地で没し、出雲から多くの人が来て、揖保川の石で墳墓を作るため野に立ち並んだ』という故事から『立野』と呼ばれ、『龍野』に変化した」、とされている。

龍野の地は江戸時代初期、姫路藩池田氏の領地であったが池田利隆の死に伴いこの地に本多政朝が入封、龍野藩が立藩した。以後、諸氏の支配や天領を経て、最終的には脇坂家10代200年の治世の後維新を迎えた。これにより城下町が形成され、龍野藩城下町となった。現在の市街地にも城下町の町割りが残る。

明治維新における廃藩置県の際には龍野県となり後に姫路県(のち飾磨県と改称)に併合された。1876年8月に飾磨県が兵庫県に編入されて以降は、兵庫県に属している。

沿革[編集]

行政[編集]

歴代市長[編集]

氏名 就任年月日 退任年月日
初代 堺吉次郎 ?年?月?日 ?年?月?日

経済[編集]

産業[編集]

淡口醤油、手延べそうめん、皮革業、紫黒米「むらさきの舞」

電気[編集]

龍野町にあった東洋楽器製造[1]は自家用電力の余剰電力を使用して1908年(明治41年)3月に電気事業の許可を受け1909年(明治42年)8月に龍野町と小宅村の一部に電気供給を開始した。1911年(明治44年)6月に姫路水力電気に電気事業を譲渡した[2][3]

姉妹都市・提携都市[編集]

国内[編集]

  • 高知県安芸市(平成元年4月姉妹都市提携)
    • 童謡「浜千鳥」「雀の学校」「春よ来い」などを作曲した弘田龍太郎の出身地
  • 東京都三鷹市(平成13年3月友好都市提携)
    • 龍野生まれの「赤とんぼ」作詩者三木露風が第二の故郷として後半生を過ごした武蔵野の地
  • 滋賀県湖北町(平成13年3月友好都市提携)
    • 近江国浅井郡丁野荘脇坂村(現在の湖北町)は旧龍野藩主脇坂氏の始祖である脇坂安治の出身地

地域[編集]

教育[編集]

現在、龍野市立の学校は全てたつの市立となっている。

小学校[編集]

いずれの小学校も標準服を着用する。

中学校[編集]

高等学校[編集]

マスメディア[編集]

交通[編集]

鉄道[編集]

道路[編集]

名所・旧跡・博物館・祭事・催事[編集]

旧市街(城下町)[編集]

龍野市出身の有名人[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 『日本全国諸会社役員録. 明治41年』(国立国会図書館デジタルコレクション)
  2. ^ 『電気事業要覧. 第〔5〕回』(国立国会図書館デジタルコレクション)
  3. ^ 『中国地方電気事業史』中国電力、1974年、214頁

関連項目[編集]

外部リンク[編集]