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龍光寺 (美馬市)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
龍光寺りゅうこうじ
剣山龍光寺
剣山龍光寺
所在地 徳島県美馬市木屋平谷口263
位置 北緯33度54分52.700秒 東経134度10分36.709秒 / 北緯33.91463889度 東経134.17686361度 / 33.91463889; 134.17686361 (龍光寺)座標: 北緯33度54分52.700秒 東経134度10分36.709秒 / 北緯33.91463889度 東経134.17686361度 / 33.91463889; 134.17686361 (龍光寺)
山号 珠當山
宗派 真言宗大覚寺派
本尊 阿弥陀如来
創建年 709年和銅2年)
開基 行基
正式名 珠當山 龍光寺
法人番号 1480005005061 ウィキデータを編集
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龍光寺(りゅうこうじ)は、徳島県美馬市木屋平にある真言宗大覚寺派寺院[1]、「剣山 龍光寺」と呼ばれる。本尊は阿弥陀如来剣山への登山拠点となる「藤之池本坊」もあわせて紹介する。

概要

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709年和銅2年)に行基によって珠當山長福寺を木屋平谷口(標高400m付近)に開基。元々は忌部十八坊(古代の忌部神社の別当寺)のひとつに数えられていた。814年弘仁5年)に空海がここに密法を開祖。1715年正徳5年)9代将軍になる徳川家重の幼名(長福丸)をはばかって名称を現在の龍光寺に改名[2]

また、剣山中腹の標高1200m付近の木屋平川上カケ(北緯33度51分58.182秒 東経134度7分14.302秒)に劔山本宮劔神社の別当寺であり通夜堂の修験道根本道場「藤之池本坊」を設置し登山拠点とした。剣山の開発に尽力し、歴代の徳島藩主の祈願所としての役割を果たしていた[3]。その神社は藤ノ池本坊の本堂より一段上にある。その後、当寺の繁栄ぶりを見た東祖谷の円福寺が剣山の開発に追随し江戸時代後期以降、共に繁栄した。

現在、龍光寺は、自然災害により、一部建物が被害を受け損壊するも、歴史的伝統を絶やさず後世に伝承するため、被害を受けていない建物にて宗教行事や法務を行っている。                            

剣山龍光寺
開基は和銅3年(710年)に行基が諸国巡錫の砌、国利民福の爲に円明無量寿如来を刻み奉納して、珠當山長福寺を建立した。その後、弘仁5年(814年)に宗祖弘法大師空海が40歳の時、四国霊場開創の砌、当山に密教を開祖して、四国総鎮守、四国総奥之院、鎮護国家の道場 としたとされる。
本堂の大御堂(大悲閣)は大同2年(806年)、一本の老杉を用い、大御堂等三守を建立。建物は柾目のみを用いて楔を用いざる精妙な建物である。そして、寛元3年(1245年)阿弥陀如来像など6体が安置される。しかし、大正5年小学校拡張時、無造作に切壊しを命じられた。
住職は、第51世 谷眞覚。

藤之池本坊

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正式名は大本山剣山金剛院藤之池本坊で剣山大権現を本尊とした修験道の道場である。大宝年間(701年 - 703年)に役行者が開山したとの伝承がある。また、弘法大師は当所を四国八十八箇所の開創に際して、四国総鎮守、四国総奥之院、鎮護国家の道場として、剣山大権現を勧請したとの伝えもある。藤之池本坊は、龍光寺所轄につき、龍光寺の住職が兼務していて、管長は、第55世 谷眞覚。

江戸時代初期、高越山が支配する忌部十八坊の一つであった長福寺はそれから脱却しようと、剣山の開発に取り組んだ。傘下の山伏修験先達に信者客を御来光遥拝と行場体験を 呼び物として勧誘した。未明に出発し剣山山頂で日の出を迎えるための前泊施設として藤之池本坊を創設、同時に劒山本坊本社を設立し、多くの信者を呼び込むことに成功し隆盛した。寺名は世間受けする龍光寺に、それまで石立山(立石山)などと呼ばれていた山名を剣山としたのも当寺と云われている。 なお、藤之池本坊から一の森まで2700m(130分)さらに剣山山頂まで1800m(60分)で午前二時に藤之池本坊を出発で暗がりのため、先達を先頭にロープで身体を数珠つなぎになって登ったと云われる。

境内
  • ゼロの門(仮名・鉄の門):垢離掻(コリトリ)橋と当地の中間辺りのカーブにあり閉まっていて、ここはパスしてさらに車道を上がる。
  • 一の門(鉄の門):門の前は駐車場。通常は閉まっていて前に駐車して横から入る。
  • 二の門(鉄の門):これより境内まですぐ。
  • 藤ノ池:小さい池、八大龍神王が祀られる。
  • 霊峰剣山水行場:垢離掻川の水行場が大水害で破壊されたので、1995年にこの地に移した。四角いプール、石の壁面には宝剣大師・不動明王・役行者のレリーフ。
  • 護摩焚場:石柱で囲まれた空間の中心に赤い祠の両脇に宝剣大師・役行者、その横に不動明王と舟形四明王と舟形三十六童子の石仏が並ぶ。
  • 本堂:大きい堂宇と後ろに奥殿
  • 庫裡:本堂と屋根付き通路でつながる。
  • 祠舎(枝折大権現・藤之池坊大権現・福生大権現)
  • 鐘楼堂

なお、藤ノ池は、冨士ノ池(富士ノ池)とも書く、垢離掻は垢離取とも書く。

文化財

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美馬市指定有形文化財
  • 木造阿弥陀如来坐像 - 昭和52年2月28日指定[4]
  • 木造地蔵菩薩立像 - 昭和52年2月28日指定
  • 木造聖観音立像 - 昭和52年2月28日指定
  • 木造不動明王立像 - 昭和52年2月28日指定
  • 木造毘沙門天立像 - 昭和52年2月28日指定
  • 木造薬師如来立像 - 昭和52年2月28日指定
美馬市指定天然記念物
  • キレンゲショウマ:木屋平字川上57番地1一体、平成12年1月1日指定

備考

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「劒和讃(つるぎわさん)」 (龍光寺住職 明皆成誌、明治十二年六月 当山教会者へ授共す) 帰命頂礼劔山 其濫觴を尋ぬれば 南海道の阿波の国 無二の霊山霊峰ハ 元石立の山なるぞ 昔時行者の御開山 秋は弘仁六年の 六月中の七日なる 空海大師此峯に 登りて秘宝を修し玉ふ 眼を閉て祈りなん 神と仏と御出現 殊に倶利伽羅大聖ハ 大篠劔の御本地と 愛染王ハ古劔乃 御本地仏と仰ぐなり されハ秘密の其中に 劔すなはち大聖尊 此時空海石立の 山を劔と呼びたまふ 一字一石法花経の 塚ハ大師の古跡なり 山上山下の障難を 除きたまへる事ぞかし 古劔谷の諸行場ハ 役行者の跡そかし 中にも苔の厳窟にハ 大山大聖不動尊 本地倶利伽羅大聖ハ 無二同躰の尊ときく 衆生の願ひある時ハ 童子の姿に身をやつし 又ハ異形にあらハれて 生々世々の御ちかひ あら尊しや御劔の 神や仏を仰ぎなば 五日も七日も精進し 垢離取川に身漱して 運ぶ案内富士の池 三匝行道する行者 合掌懺悔礼拝し 御山に登る先達ハ 新客行者を誘ひてや 八十五町を歩きつつ 右と左に絵符数珠 唱る真言経陀羅尼 此の御劔の山なるハ 大聖尊の三昩池ぞ 踏しおさゆる爛漫の 梵字即ち大聖尊 壱度拝山拝堂を いたす行者の身ハ影の 形ハいつも離るらん 悪事災難病難を 祓ひおさむる御宝劔 六根六色備るを 唯真心のひとつなり 深く仰て信ずべし

交通

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  • 徳島自動車道脇町インターチェンジ」より車で国道492号から国道438号を約60分。本寺は木屋平の中心部の龍光寺バス停留所にある。
  • 藤ノ池本坊は本寺よりさらに国道438号を剣山見ノ越方向へ約40分、コリトリ(垢離掻)で分岐、普通車ならコリトリ橋手前に駐車(約5台)して徒歩約1.5時間。ラフ車ならコリトリ橋を通過し一の門前まで落石や折れ枝を避けながら約10分。

脚注

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  1. 龍光寺”. 八百万の神. 2023年6月28日閲覧。
  2. 「徳島の研究 第6巻」p245(1982年、清文堂)
  3. 龍光寺と富士之池本坊”. わお!マップ. 2023年6月28日閲覧。
  4. 美馬市 文化財一覧

外部リンク

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  • 龍光寺 - 八百万の神
  • 龍光寺 -剣山 龍光寺 四国八十八カ所の総奥の院
  • 龍光寺 -剣山 大権現 藤之池本坊龍光寺