龍且

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龍且(りゅうしょ、生年不詳 - 紀元前203年)は、の武将。項羽の部下。

経歴[編集]

紀元前206年、漢王劉邦が起兵して三秦を平定すると、楚の龍且はの項他とともに定陶の南で灌嬰の軍と戦ったが敗れた(『史記』樊酈滕灌列伝)。紀元前204年、龍且は項羽一族の項声とともに淮南を攻め、黥布の軍を破った。黥布は漢を頼って逃亡した(『史記』黥布列伝)。

紀元前203年10月、韓信臨淄を平定すると、項羽は龍且に命じて、亜将周蘭を副将として将兵20万を率いさせて派遣させた。冬11月のことであった。周蘭は持久戦にすべきと龍且に進言したが、彼は韓信のことを「股夫」と侮ってこれを聴かなかった。

龍且と周蘭は韓信と濰水をはさんで対陣した。韓信は夜間のうちに濰水の上流に土嚢を積んで堰を造り、水を塞いでおいた。韓信は軍を率いて半ばが渡ったところで龍且の軍を攻撃し、偽って敗走した。龍且は「私は以前からもともと韓信が臆病なのは知っていた」と嘲笑って追撃した。これをみた韓信は土嚢の堰を決壊させた。龍且の軍の大半が渡りきらないうちに韓信は反撃を加え、龍且は灌嬰の軍勢によって討ち取られた(『史記』淮陰侯列伝)。