黒田勉

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黒田 勉
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 神奈川県
生年月日 (1936-08-28) 1936年8月28日(82歳)
没年月日 2017年10月15日
身長
体重
181 cm
70 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 1956年
初出場 1956年
最終出場 1965年
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

黒田 勉(くろだ つとむ、1936年8月28日 -2017年10月15日 )は、神奈川県出身の元プロ野球選手。ポジションは投手

来歴・人物[編集]

鶴見工業高では1954年、エースとして第36回全国高等学校野球選手権大会に出場、鶴見工は夏の選手権初出場であった。1回戦で黒木基康のいた高鍋高に大勝するが、2回戦で高知商片田謙二に抑えられ敗退[1]

社会人野球日本鋼管に進み、1955年都市対抗日本石油の補強選手として出場。2回戦では大丸を相手に先発し好投、勝利投手となる。準決勝でもリリーフに立つが、全鐘紡に打ち込まれ敗退した[2]

1956年近鉄パールスに入団。1年目から先発陣の一角として起用され6勝を挙げる。翌1957年は9勝20敗であったが、防御率2.50はリーグ9位の成績だった。1962年もチーム最多の32試合に先発し8勝23敗を記録する。1965年を最後に現役引退した。球種はスライダー、シュート、ドロップ。

通算成績は38勝93敗。負け越し数55は小林経旺に次ぐプロ野球ワースト2位の記録である。

現在は生駒東少年野球クラブにて部長を務めている。

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
1956 近鉄 40 15 1 0 0 6 4 -- -- .600 632 152.1 129 6 61 0 1 90 1 1 64 46 2.71 1.25
1957 50 29 6 2 0 9 20 -- -- .310 822 201.1 167 9 69 0 0 119 6 0 78 56 2.50 1.17
1958 37 18 3 1 1 4 12 -- -- .250 593 141.0 145 11 37 2 1 90 2 0 81 74 4.72 1.29
1959 31 7 0 0 0 0 5 -- -- .000 385 87.0 104 9 28 0 0 53 3 0 64 52 5.38 1.52
1960 45 13 2 2 0 7 12 -- -- .368 573 134.2 116 11 61 3 0 109 2 0 64 55 3.67 1.31
1961 50 22 1 0 0 4 13 -- -- .235 696 156.0 176 15 57 4 4 112 1 0 97 73 4.21 1.49
1962 57 32 2 1 0 8 23 -- -- .258 856 199.1 210 14 73 4 4 120 2 0 100 79 3.56 1.42
1963 23 6 0 0 0 0 3 -- -- .000 215 48.1 59 9 15 0 1 20 0 0 33 29 5.33 1.53
1964 15 1 0 0 0 0 1 -- -- .000 149 32.1 46 2 7 0 0 14 1 0 16 11 3.09 1.64
1965 2 0 0 0 0 0 0 -- -- ---- 19 4.1 5 0 2 0 0 3 0 0 1 1 2.25 1.62
通算:10年 350 143 15 6 1 38 93 -- -- .290 4940 1156.2 1157 86 410 13 11 730 18 1 598 476 3.70 1.35
  • 各年度の太字はリーグ最高

背番号[編集]

  • 22 (1956年 - 1965年)

脚注[編集]

  1. ^ 「全国高等学校野球選手権大会70年史」朝日新聞社編 1989年
  2. ^ 「都市対抗野球大会60年史」日本野球連盟 毎日新聞社 1990年

関連項目[編集]