黒木勇吉

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黒木勇吉(くろぎ ゆうきち、1896年 - 1992年1月26日[1])は、日本の新聞記者、文筆家。

宮崎県美々津(現日向市)に生まれる。1916年宮崎中学校卒業。1922年早稲田大学専門部政治経済科卒業。報知新聞に入社、統一部長、論説委員。「日向社」を創立、月刊郷友誌『日向』を発行、誌名は『新みやざき』『広場』と改めたが50年間主宰。1939年軍事報道のため大陸に渡る。1942年報知・読売両新聞社合併により読売新聞記者、論説委員。1951年読売新聞を退社、帰郷し筆名を晩石と称し著述に専念した。

著書[編集]

  • 『新聞十字街』武蔵野書院 1926
  • 小村寿太郎図書研究社 1941 のち講談社 
  • 『米国東亜侵寇史』霞ヶ関書房 1941
  • スエズパナマ』図書研究社 1942
  • 『教科書「改訂新日本史」について家永教授への公開状 「近代社会の発展」に九ツの疑義』新みやざき新聞社 1971
  • 秋月左都夫 その生涯と文藻』編著 講談社 1972
  • 若山牧水 その歌とふるさと』黒木晩石 講談社 1974
  • 『春秋時言』黒木晩石、講談社、1976
  • 乃木希典』講談社 1978
  • 『美々津郷土誌』黒木晩石編著 講談社 1980
  • 石井十次』講談社、1983
  • 『白雲青山 四行詩集』黒木晩石 広場社 1981
  • 『古今宮崎史談』黒木晩石、講談社 1985
  • 『歴史の断面と人』正続 黒木晩石 講談社

脚注[編集]

  1. ^ 『現代物故者事典1991~1993』(日外アソシエーツ、1994年)p.230

参考[編集]

  • みやざきの101人:[1]
  • 読売新聞記事、西部夕刊 1992年1月29日「[よみうり寸評]こん身で生涯一記者を貫いた黒木さん95歳で逝く」