黒い雨にうたれて
『黒い雨にうたれて』(くろいあめにうたれて)は、中沢啓治による漫画作品。1968年に発表された[1]。被爆者である中沢が初めて原爆をテーマに描いた作品で[1]、『はだしのゲン』に至る広島原爆を扱った作品の先駆をなす。
のちに中沢自身の企画・制作により同タイトルのアニメーション映画(ストーリーは漫画版と異なる)が制作され、1984年8月12日に公開された。
解説[編集]
被爆者である中沢は、1962年に商業漫画家としてデビューしてからも原爆について作品で扱うことはなかった。これは東京で被爆者に対する差別的な視線を知ったことが原因だった[2]。しかし、1966年に死去した母の火葬後に遺骨が灰のような形でしか残らなかったことやアメリカのABCC(原爆傷害調査委員会)から火葬前に遺体の解剖を求められたことに衝撃を受け、原爆と向き合うことを決意する[2][3]。それを契機に執筆したのが本作であった[2]。完成した原稿を各出版社に持ち込むが、1年ほどの間、どこの出版社からも掲載を断られた[2][4]。1968年に芳文社の『漫画パンチ』5月29日号に「特別長編」として掲載が実現する[5]。このとき、編集長からは自分たちはCIAに捕まるかもしれないと言われたが、中沢は「喜んで捕まりますよ」と返答したという[2]。中沢は作品の最後に「この一編を読んで読者のあなたが少しでも原爆を認識してくだされば原爆を受けた作者として幸いです」と署名入りで記している。本作は、後述する短編集のほか、大村克巳『「はだしのゲン」創作の真実』(中央公論新社、2013年)の157 - 186頁にも収録されている。
他の漫画家や他社の編集者から本作は好評を得て、編集長からの依頼により中沢は「黒い川の流れに」「黒い沈黙の果てに」「黒い鳩の群れに」といった“黒いシリーズ”を描くことになる[6]。中沢は後述する本作を含む短編集に寄せた文章で、本作を「『はだしのゲン』の原点になった作品」と記した[7]。
物語[編集]
殺し屋の神(じん)は、アメリカ人が標的の仕事しか受けないことで知られていた。それだけではなく、洋酒も飲まず、「アメリカに毒された風俗」をも嫌悪していた。その神に広島市での仕事が持ち込まれる。広島に赴いた神は、物見遊山で広島平和記念公園を歩きながらガムを吐いたアメリカ人を殴り倒した。そのあと、タクシーにひかれそうになった少女を助け、その自宅を訪問する。少女(「平和」という名前)は目が見えなかった。少女の父親は少女が死んでくれればいいと話し、昼間から焼酎を飲んでいた。その態度を注意した神に対して父親は、少女の母が原爆症で死に、自身も癒えることのない原爆症に対して国からはわずかな補償しかなく、自分が死んで残せるのは少女に移植できる角膜だけだと話す。前の仕事で奪った金を渡そうとした神に、父親は自分たちの気持ちが分かるわけがないという理由で施しを拒むが、神はケロイドでただれた腕を見せ、自分も同じ被爆者で助け合うしかないと諭す。神は頼まれた仕事を実行し、相手のアメリカ人に「被爆した自分は原爆症で死ぬと分かったので外国人専門の殺し屋になった」と明かして被爆後の惨状を話して聞かせるも、相手が死ぬ間際に投げたナイフに刺される。血を流しながら少女の家にたどり着いた神は、自分の角膜を少女に与えるから二度と日本が戦争を起こさず原爆を落とされないよう見張ってほしいと言い残して絶命した。物語は少女の角膜移植が成功した場面で終わる。
書誌情報[編集]
- 『中沢啓治著作集(2) 黒い雨にうたれて』ディノボックス、2005年
アニメ映画版[編集]
漫画版と同じく、戦後の社会を生きる被爆者を主人公としながらも、登場人物やストーリーは全く異なるものになっている[9]。「アメリカへの復讐を図る」登場人物(本作の場合は、アメリカ兵を梅毒に罹患させようとする女性)がいる点は共通するが、そのほかにも複数の被爆者がそれぞれの立場で生きる姿が描かれている[9]。
キャスト[編集]
- 滝村順二:西城秀樹
- 岩田武司:大林丈史
- 本多英子:潘恵子
- 近藤百合:中西妙子
- 滝村友子:島村佳江
- 石岡昭三:政宗一成
- 真一:鈴木富子
- はな:大原穣子
- 義男:田中秀幸
- 勝田:柴田秀勝
- 笹原:北村弘一
- 義男の父:矢田耕司
- 市会議員:田中康郎
- 銀造:池田勝
- 外人:八奈見乗児、蟹江栄司
- デモ隊:田中亮一
- 娼婦:頓宮恭子
- 百合(少女):中野聖子
- 昭三(少年):菊池英博
スタッフ[編集]
- 原作・企画・製作:中沢啓治
- プロデューサー:原田一男
- 監督:白土武
- 脚本:原源一、中沢啓治、白土武
- 音楽:喜多郎
- 総作画監督:宇田川一彦
- キャラクターデザイン:弘兼憲史、金沢比呂司
- 美術監督・美術設定:天水勝
- 音響監督:明田川進
- 音響効果:倉橋静男(東洋音響)
- 撮影監督:高橋明彦
- 編集:岡安肇
- 製作担当:二川喜久男
- 音楽プロデューサー:南里高世
- 主題歌:岩崎元是・西口久美子 「英子の子守唄」 作詞:南里元子 作曲:喜多郎 サウンド・デザイン・レコード
- アニメーション制作:土田プロダクション
- 制作:ゲンプロダクション
映像ソフト[編集]
- VHS・株式会社・映音 品番:EN-3004
- VHS・株式会社ジャパンホームビデオ 品番:KL-2050
- DVD・NBC ユニバーサル・エンターテイメントジャパン 品番:GNBA-7056
脚注[編集]
- ^ a b こどもたちの見た戦争 はだしのゲンとともに - 広島平和記念資料館企画展(1991年)
- ^ a b c d e “渦中のひと 被爆の地獄を伝え続ける 中沢 啓治(『はだしのゲン』著者)の告白”. 日経ビジネス. (2012年12月25日) 2018年6月10日閲覧。
- ^ 中沢、1994年、pp.194 - 195、221
- ^ “映画は西城さんが…中沢啓治さん原点の漫画、改めて注目”. 朝日新聞. (2018年8月1日) 2018年8月6日閲覧。(全文の閲覧には会員登録が必要)
- ^ 中沢、1994年、pp.197 - 198、221
- ^ a b 中沢啓治「『黒い雨に打たれて』は私の原点」『中沢啓治著作集(2) 黒い雨にうたれて』ディノボックス、2005年(『「はだしのゲン」創作の真実』pp.187 - 190に再録)
- ^ 中沢啓治著作集 2 (黒い雨にうたれて) - 国立国会図書館サーチ
- ^ a b 外部リンクの「あらすじ」を参照。
参考文献[編集]
- 中沢啓治『はだしのゲン 自伝』教育史料出版会、1994年 ISBN 4876522634
- 大村克巳『「はだしのゲン」創作の真実』中央公論新社、2013年