黄亮沖

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黄亮沖
各種表記
ハングル 황양충
漢字 黄亮沖

黄亮沖황양충)は、高麗王朝文官昌原戸長を務め、以後 礼曹吏部、右賛成を歴任した。

先祖は、中国後漢の重臣だった黄洛であり、光武帝時代の28年に使臣としてベトナムに赴く途中に海上で遭難し新羅に漂着・帰化した。

朝鮮氏族昌原黄氏の始祖である。

参考文献[編集]