麹智盛

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
本来の表記は「麴智盛」です。この記事に付けられた題名は技術的な制限または記事名の制約により不正確なものとなっています。

麴 智盛(きく ちせい、生没年不詳、在位640年)は、高昌国の王。麴文泰の子。

640年侯君集薛万均らが来攻する中、父の麴文泰が死去すると即位した。「天子に対して罪があったのは、先王である」と侯君集に書信で訴え、時間稼ぎを図ったが、侯君集は攻略の手を緩めようとしなかった。智盛は西突厥の来援がないことを知ると、唐軍に降った。高昌国の3州・5県・22城の地域と8千戸・3万人の人々は唐に編入され、ここに高昌国は滅んだ。高昌の君臣および豪族は中原に移住させられた。

智盛は唐の左武衛将軍に任ぜられ、金城郡公に封ぜられた。弟の麴智湛は右武衛中郎将に任ぜられ、天山県公に封ぜられた。太宗の死後、智盛の石像が刻まれて、昭陵の玄闕の下に列せられた。

先代:
麴文泰
高昌国の国王
640年
次代: