鹿児島市立松元中学校

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鹿児島市立松元中学校
地図北緯31度36分03秒 東経130度26分06秒 / 北緯31.600803度 東経130.435006度 / 31.600803; 130.435006座標: 北緯31度36分03秒 東経130度26分06秒 / 北緯31.600803度 東経130.435006度 / 31.600803; 130.435006
過去の名称
  • 上伊集院村立上伊集院中学校
  • 松元町立松元中学校
国公私立の別 公立学校
設置者 鹿児島市
校訓 向学
進取
希望
設立年月日 1947年5月1日
共学・別学 男女共学
学期 3学期制
学校コード C146210000718 ウィキデータを編集
所在地 899-2703 ウィキデータを編集
鹿児島県鹿児島市上谷口町2994番地2号
外部リンク 公式ウェブサイト
ウィキポータル 教育
ウィキプロジェクト 学校
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以前の上伊集院青年学校・松元中学校跡地。(現在の県道24号沿い)
昭和49年頃の国土航空写真。薩摩松元駅付近の旧校舎、現在の校舎は建設中であった。国土交通省 国土地理院 地図・空中写真閲覧サービスの空中写真を基に作成

鹿児島市立松元中学校(かごしましりつ まつもとちゅうがっこう)は、鹿児島県鹿児島市上谷口町にある市立中学校。略称は『松中』(マッチュウ)。

概要[編集]

鹿児島市の西部、旧松元町の中央部に位置する中学校である。現在の生徒数は670人[1]、1学年あたり5~7学級、特別支援学級2学級が設置されている。(令和2年4月6日現在)。また、校訓は「向学・進取・希望」である。

1947年4月に入学式が行われたがその後休業が続き、開校式が5月に行われたため、現在の創立記念駅伝大会は、5月に行われている。上伊集院村立の頃は薩摩松元駅前に設置されていた。その後現在の場所に移転した(右写真参照)。

沿革[編集]

  • 1947年(昭和22年) - 上伊集院村立上伊集院中学校として開校[2]
  • 1957年(昭和32年) - ミルク給食開始
  • 1960年(昭和35年) - 上伊集院村が町制施行し松元町になったのに伴い松元町立松元中学校に改称[3]
  • 1966年(昭和41年) - 校舎を現在地に移転(跡地は松元幼稚園となる[4])。
  • 1992年(平成4年) - 男子頭髪制限付自由化
  • 2004年(平成16年) - 松元町鹿児島市に編入されたのに伴い、鹿児島市立松元中学校に改称。

生徒数[編集]

以下の生徒数遷移表は『松元町閉町記念誌』5頁の記述に基づく。

凡例
生徒数(人)
1960年 641
1965年 705
1970年 580
1975年 415
1980年 454
1985年 462
1989年 554
1994年 553
1999年 559
2004年 504

主な施設[編集]

校舎[編集]

  • 中央校舎
  • 特別教室(技術室・視聴覚室・音楽室)
  • 新校舎(理科室)
  • プレハブ

体育施設[編集]

  • 体育館
  • 武道館
  • せせらぎプール(体育の授業の際に使用)
    • せせらぎ公園
  • 弓道場

校歌[編集]

  • 作詞 蓑手素秋
  • 作曲 渉 秀豊
現在の校歌は上伊集院村が町制し松元町となった際に作成されたもので、作曲者は松元町内の小中学校の校歌を作曲している。
校訓が1番→向学 2番→進取 3番→希望の順に歌われ、3番では桜島も歌われているが、桜島は実際は見ることはできない。

制服[編集]

冬服[編集]

中間服[編集]

  • 男子は長袖シャツと黒ズボン
  • 女子は冬服の黒いジャンパースカートとブラウス

夏服[編集]

  • 男子は灰色のズボンに半袖シャツ
  • 女子は白の3本線の青緑色のセーラー服(ハトサクラ製)

また、ネームは刺しゅうである。

生徒会活動[編集]

  • 生徒会本部
  • 体育委員会
  • 文化委員会
  • 整美委員会
  • 生活委員会
  • 学習委員会
  • 図書委員会

(2009年11月より部→委員会へ呼称変更。上記の内容は2009年11月時点)

学校行事[編集]

  • 4月 入学式 集団宿泊学習
  • 5月 修学旅行
  • 6月
  • 7月 終業式
  • 8月
  • 9月 始業式
  • 10月
  • 11月 文化祭
  • 12月終業式 駅伝大会
  • 1月 始業式
  • 2月
  • 3月 卒業式

部活動[編集]

15の部活動があり、体育系が12部活、文化系が3部活ある。

体育系[編集]

文化系[編集]

同好会[編集]

情報部の格上げ以降なし

通学区域[編集]

松元中学校の通学区域は以下の町丁の区域が指定されている[6]。概ね旧松元町の区域で構成されているが、2004年の編入合併までは鹿児島市であった五ケ別府町の一部(饅頭石地域)は越境入学となっていた。

その他に日置市の条例では定められていないが、鹿児島市・日置市境付近の日置市の以下の大字の区域の一部に居住する生徒は概ね松元中学校に越境入学しており、中学校の校区の一部として扱われている。

関係者[編集]

著名な卒業生[編集]

交通アクセス[編集]

  • JR薩摩松元駅から徒歩10分
  • 南国交通バス『内田三文字』バス停下車徒歩30秒

周辺施設[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 公式サイトトップページ の生徒数より
  2. ^ 松元町郷土誌 p.678
  3. ^ 松元町郷土誌 p.679
  4. ^ 後に松元幼稚園も平野岡へ移転
  5. ^ 情報同好会から2005年度より格上げされたコンピュータ全般に関する部活
  6. ^ 小・中学校の校区表 - 鹿児島市 2013年7月19日閲覧。

参考文献[編集]

  • 松元町郷土誌編さん委員会『松元町郷土誌』松元町、1986年。 
  • 『松元町閉町記念誌松元町の歴史』松元町、2004年

関連項目[編集]

外部リンク[編集]