鹿児島市交通局

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鹿児島市交通局
Kagoshima City Transportation Bureau
鹿児島市交通局本局
鹿児島市交通局本局
種類 地方公営企業
略称 市電、市バス
本社所在地 日本の旗 日本
890-0055
本局:鹿児島県鹿児島市上荒田町37番20号
バス事業課:鹿児島県鹿児島市新栄町22番28号
設立 1928年(昭和3年)7月1日
業種 陸運業
事業内容 乗合バス、路面電車、貸切バス
売上高 4,724,959千円(2005(平成17)年度)
従業員数 331名(2006(平成18)年4月1日現在)
外部リンク http://www.kotsu-city-kagoshima.jp/
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鹿児島市交通局(かごしましこうつうきょく)は、鹿児島県鹿児島市の交通部門。市電路面電車)と路線バスを運営する。なお、鹿児島市営の交通事業として他に桜島フェリーが存在するが、これは鹿児島市船舶局が運営しており、交通局とは関係しない。

歴史[編集]

鹿児島市電[編集]

鹿児島市電7000形(ユートラムII)
鹿児島市電600形(標準塗装)
鹿児島市電の路線図
利用者数推移
年度 年間乗車人員
2003 10,188,000
2004 10,572,000
2005 10,632,000
2006 11,295,000
2007 11,102,000
2008 10,868,000
2009 10,397,000
2010 10,537,000
2011
2012 10,287,000

日本最南端の路面電車事業であり、全国の同事業の中でも数少ない健全運営を誇る。年間延べ約1千万人の利用客があり、特に谷山 - 天文館通間、鹿児島中央駅前 - いづろ通間は利用率が高い。

鹿児島市電の停留所は「電停」と呼ばれ、JRの駅と区別される。各電停にはバスロケーションシステムの表示端末が設置されており、後方3電停以内にいる電車の位置がわかるようになっている。鹿児島中央駅の地下通路においてはピクトグラムJR線と紛らわしいが、JR線は列車の前面、市電は電車の側面である。

路線・系統[編集]

現存路線・系統[編集]

路線
以下の4路線(計13.1km)から成り立っている。軌間は(廃止路線も含め)全線1435mm。
運行系統
以下の2つの系統が運行されている。両系統とも平均5分間隔で運行されており、天文館通 - 鹿児島駅前にいたっては1分間隔で運行されている時間帯もある。
  • 1系統〈青〉(鹿児島駅前 - 市役所前 - 天文館通 - 高見馬場 - 武之橋 - 郡元 - 谷山)
  • 2系統〈赤〉(鹿児島駅前 - 市役所前 - 天文館通 - 高見馬場 - 加治屋町 - 鹿児島中央駅前 - 郡元)

その他、平日の臨時運行があり、鹿児島駅前 - 鹿児島中央駅前 - 郡元(南側) - 谷山の直通系統(こちらは土曜も一部運行)、鹿児島駅前発鹿児島中央駅前経由脇田行き、脇田始発の1系統がある。さらに、7月の「かごしま夏祭」、11月の「おはら祭」の時には、高見馬場 - 朝日通間が歩行者天国になる関係で、谷山→騎射場→鹿児島中央駅前→郡元→谷山およびその逆方向の「9」字状運行、朝日通 - 鹿児島駅前の区間系統が臨時運行される(「おはら祭」本祭の11月3日は「9」字状運行のみ)。

廃止路線・系統[編集]

路線
以下の2路線を有していたが、いずれも1985年9月30日をもって廃止された。
戦前から[要出典]伊敷線は国道3号線、上町線は国道10号線の渋滞により廃止を望む声も多かった。上町線は1945年4月に日本本土空襲により破壊、1948年に経路を変更して復旧されたが、モータリゼーションの進行により存続の危機に晒されたためこれらの不採算路線を廃止し存続を図った。
運行系統
上記路線の廃止に伴って下記系統が現在の系統に再編された。下記のほか、かつて朝ラッシュ時には、通常利用されない渡り線を利用して環状運転する臨時の系統も存在した(現在でも一部残存)。なお臨時系統での乗換券の発行は無かった。
  • 1系統(現在と同じ)
  • 2系統(清水町 - 市役所前 - 天文館 - 高見馬場 - 西鹿児島駅前(現・鹿児島中央駅前)- 郡元)
  • 3系統(鹿児島駅前 - 市役所前 - 天文館 - 高見馬場 - 加治屋町 - 伊敷町)

計画路線[編集]

鹿児島市は、谷山電停からJR谷山駅までの延伸計画について、2002年度からその可能性を調査していたが、2006年4月、県道の渋滞を招くなどの理由から断念することを表明した。しかし、鹿児島市・鹿児島市議会・地元谷山の住民や商店街・周辺の教育機関などから要望があり、JR谷山駅から慈眼寺駅周辺の線路高架計画に基づき再検討されている。JR指宿枕崎線高架の市電のアンダークロスへの対応については谷山駅の「駅周辺」の項を参照のこと。

なお、他方面(県庁・与次郎・ウォーターフロント地区方面等)への延伸も検討されており、2012年度の鹿児島市の当初予算案にウォーターフロント地区への観光向け路線の調査検討費用が計上され、桜島フェリー乗り場、種子屋久航路の高速船乗り場を通るルートなどが検討されており[4]、鹿児島市により以下の5ルート案が2012年2月20日に示された[5]

軌道[編集]

緑化された軌道敷(市役所前電停
センターポール化事業
1988年 - 1992年にかけて、専用軌道である涙橋 - 谷山を除く併用軌道計8.75kmで実施された。他の都市に先駆けて行われたこの事業は、架線に遮られた空の景観を取り戻したばかりでなく、無理な右折車を減少させることにも成功した。これにより定時運行が可能となり、利便性が向上、さらに、新車導入、冷房化達成も重なったため、市電部門を黒字へ転換させた。当初は郡元ダイエー鹿児島店(現・イオン鹿児島鴨池店)側 - 涙橋間は専用軌道であったため、工事の予定は無かったが、涙橋の架け替えのため、センターポール化区間に加えられた。
また高見橋については、県による橋梁工事の際に先行してセンターポール化が行われたため、ポールのデザインが異なっている。
軌道敷緑化整備事業
2004年に西鹿児島駅前電停を移転改名し鹿児島中央駅前電停とした際に、電停内の軌道に芝を植えた事から開始された。電車から発生する熱やオイルなどの影響が軽微という事が確認され、2006年から本格的に実施されている。鹿児島中央駅前 - 鹿児島駅前の軌道敷をシラスを利用したブロックに植えた芝生により緑化し、夜間はライトアップをするというもの。2007年3月、鹿児島中央駅前 - 高見馬場が部分的に完成し、4月26日に記念式典が行われた。さらに、11月3日おはら祭に間に合わせるべく、10月までに高見馬場 - 市役所前の緑化が完成。2008年に入り3月末までに市役所前 - 鹿児島駅前の緑化が完成し、5月23日に記念式典が行われた。
市民に好評で、ヒートアイランドへの対策効果が確認されたことなどから、2008年度は新たに高見馬場 - 新屋敷、鹿児島中央駅前 - 中洲通の区間で緑化工事が行われた。最終的には専用軌道区間(涙橋 - 谷山)以外は緑化する予定。緑化軌道のメンテナンスには500形電車を改造した世界初の「芝刈り電車」を開発、2010年5月27日終電後から本格稼働を開始した。

車両[編集]

鹿児島市電1000形と2110形
鹿児島市電100形(かごでん)

元々は自局発注(一部は自局製造)と大都市圏(主に東京と大阪)で廃車となった車両を譲り受けたものが半数ずつという状況であった。他社からの譲り受けは1970年代の700・800形を最後に行われていない。

降灰のために夏季に窓を開放することができない鹿児島という都市の持つ特殊事情のため、災害対策の一環という位置付けで車両の冷房化を他の公共交通機関に先駆ける形で急ピッチで推進した。この結果、1986年には国鉄の鹿児島車両所(現・JR九州鹿児島車両センター)所属車両にも先駆けて、常用車両の完全冷房化を完了している(常用ではない700形は1991年に改造)。

1989年以降は市電の復権とバブル景気の後押しもあり、相次いで新造車を登場させている(2100形 - 2140形)ほか、車体更新により延命が図られた車両も存在する(800形→9500形)。2002年に就役した1000形は日本初の純国産超低床電車である。

2012年12月より、鹿児島市における路面電車の運行開始から100周年を迎えたことを記念して「観光レトロ電車」が導入された[6]。形式番号は100周年を記念することから100形とされた[6]

現在の車両[編集]

過去の車両[編集]

車両数の変遷[編集]

年度 460形 500形 600形 800形 700形 2100形 2110形 2120形 2130形 2140形 9500形 9700形 1000形 7000形 合計(冷房車)
1982 2 15 16 32 4 69(2)
1983 2 15 16 32 4 69(4)
1984 2 15 16 32 4 69(9)
1985 2 15 16 32 4 69(14)
1986 2 13 16 20 4 55(24)
1987 2 13 16 15 2 48(46)
1988 2 13 16 15 2 48(46)
1989 13 16 15 2 2 48(46)
1990 13 16 15 2 2 48(48)
1991 13 16 15 2 2 3 51(51)
1992 13 13 15 2 2 3 2 50(50)
1993 13 13 15 2 2 3 2 2 52(52)
1994 13 12 15 2 3 2 2 2 51(51)
1995 13 12 13 2 3 2 2 2 2 51(51)
1996 13 12 10 2 3 2 2 2 5 51(51)
1997 13 12 7 2 3 2 2 2 8 51(51)
1998 13 12 4 2 3 2 2 2 11 2 53(53)
1999 13 12 2 2 3 2 2 2 13 2 53(53)
2000
-2002
13 11 2 3 2 2 2 15 2 52(52)
2003 10 11 2 3 2 2 2 15 2 3 52(52)
2004 10 11 2 3 2 2 2 15 2 6 55(55)
2005 8 11 2 3 2 2 2 15 2 9 56(56)
2006 8 10 2 3 2 2 2 15 2 9 55(55)
2007 8 10 2 3 2 2 2 15 2 9 2 57(57)
2008 6 10 2 3 2 2 2 15 2 9 4 57(57)
2009 6 10 2 3 2 2 2 15 2 9 4 57(57)
2010 4 10 2 3 2 2 2 15 2 9 4 55(55)
2011 4 10 2 3 2 2 2 15 2 9 4 55(55)
  • 事業用車除く
  • 1982・83年は1月1日現在、84年以降は4月1日現在
  • 『私鉄車両編成表』各年版、ジェー・アール・アール

塗装[編集]

1950年代
ほぼすべての車両が青の濃淡の2色塗りであった。50年代後半になると緑の濃淡の2色塗りも登場する。
1960年代
1950年代からの青の濃淡、緑の濃淡が標準であった。60年代後半になると後々まで標準となる緑と黄色の塗装が登場した。また、1967年からワンマン化改造が開始されると区別のため改造された車両は白帯が入れられた。
1970年代前半
ほとんどの車両が緑と黄色の標準塗装であった。ワンマン化時に入れられた白帯がそのままの車両も存在した。
1970年代後半
ほぼすべての車両が緑と黄色の標準塗装であった。1979年イメージアップのため試験塗装が登場した。これらは市民からの公募であった。錦江湾のブルーをイメージした青ベースの塗装、南国の太陽をイメージしたオレンジベースの塗装、レンガ色ベースの塗装が存在した。このうちレンガ色ベースの塗装は上半分が朱色がかった桃色・下半分が白色に塗り直され、1980年代まで残存するが、その他の塗装は評判が芳しくなく短期間で消滅した。
1980年代前半
ほとんどの車両が緑と黄色の標準塗色であった。一部車両にはワンマン化当時ワンマン改造済であることを示す白帯が入っていた。一部の800形については上半分が朱色がかった桃色・下半分が白色に塗装された。広告車両については、2007年現在に見かけるような全面広告車は存在せず、下半分を白色としてその上に広告を塗装したものであったが、これは全面広告車が都市景観上批判を浴びたことを受けて市が広告規制を行ったためである。
1980年代後半 - 1990年代前半
すべての車両が、クリーム色にオレンジの帯線の入った塗装へ変更された。この塗装は2種類あり、複雑な塗り分けが正式な塗装、単純な塗り分けは腰下広告を入れる際に簡略化した塗装であった。ただし厳密に使い分けされていたわけでなく、広告が入っていなくても単純な塗り分けであったものや、複雑な方の塗り分けでも広告が入っていた例も見られた。2100形からは独自の塗装が登場し、2110形以降の2100系列は2140形以外ほとんどが姉妹都市を記念した塗装になっている。広告車両の車体への塗装範囲については80年代前半と比べ、大きな変化はなかった。
1990年代後半
全面広告車が登場した。9500形も独自の小豆色基本の塗装で登場した。1998年以降に登場した9700形はいおワールドかごしま水族館の開館を記念した水色の帯の塗装になった。500形へ9500形風の塗装を施した車両もあったが、モノトーンで無機質な感じであるとして広まることはなかった。
2000年代
2001年より、非広告塗装車はかつての緑と黄色の2色塗りに白帯というスタイルに戻った。しかし緑色部分の色調が1980年代のものより若干明るめである。また、登場以来この塗装になったことのなかった車両(9500形・2100形)にも塗装されている。当初は標準塗色に部分広告を施した車両が存在したが、現存しない。2001年に登場した1000形は黄色ベースの塗装で登場した。2007年登場の7000形は白色に黄色帯を巻いている。広告塗装車も窓部分にシールを貼るなど形態は多様化している。また1000形は低床車であることを強調するため文字や小さいロゴなどによる部分広告車となっている。
2010年代
1000形には全面広告車や中間車のみの広告車が登場した。2017年登場の7500形は黄色に緑帯を巻き前面は黒といった塗装である。600形の602号では2016年より標準塗装の黄色部分がオレンジ色となったことから、さながら国鉄湘南色のようであり運行頻度も多いことからよく目にされる。

局舎の移転[編集]

交通局本局の施設の老朽化対策や施設設備の機能見直しを図り、電車部門を2015年5月にJT鹿児島工場跡地(鹿児島市上荒田町)へ鹿児島市立病院と共に移転した。移転先は跡地のうち南側の約13,000m2で、局舎(事務室、乗車券販売所、運行管理室)、変電所、整備工場が新設された。なお、バス部門は2015年10月に新栄町と浜町に分散移転した。

運賃[編集]

全区間170円均一(2014年4月1日改定)で、高見馬場(2系統から1系統のみ)および郡元(1系統と2系統相互)で30分以内1回に限り乗り換えができる。詳しくは各電停の記事を参照のこと。

九州旅客鉄道(JR九州)が発行する旅名人の九州満喫きっぷでも全線利用できる。

鹿児島市営バス[編集]

2004年11月1日の5町編入以前の鹿児島市内全域に路線を持つ。ただし歴史節で前述したように、桜島町のバス事業を引き継いだことから旧桜島町域にも路線を保有している。鹿児島市内の観光地を巡る路線バス「カゴシマシティビュー」や桜島の西側の観光地を巡る路線バス「サクラジマアイランドビュー」も運行している。それとは別に定期観光バスも運行している。

貸切バス事業も行っている。

路線[編集]

鹿児島市営バスでは各運行系統を「1系統」「2系統」などではなく「1番」「2番」と称しており、旧桜島町営バス路線もこの呼び方に統一されている。これに倣い、他社の運行系統も、「1番」「2番」と称している。また、南国交通と相互運転している市営バスの「4番」「26番」の南国交通の運行系統は、それぞれ「市4番」「市26番」と市営バス系統と判るようになっている。

かつては急行バスが一部路線(15番、24番、26番)で設定されていたが、この当時の急行バスは全て廃止されている。 なお、2015年5月現在、20番、24番の2路線で急行バスが復活しており、それぞれ平日朝に2本運行されている(20番:鹿児島中央駅始発→鴨池港行き、24番:緑ヶ丘団地始発→市役所前行き)。

【7】原良線は【26】に吸収され、【26-2】明和線(原良経由)として運行している。

欠番になった【7】を南国交通との相互乗り入れの明和・中央駅西口線として運行開始した。

【4】坂元・西紫原線は、乗客減少と南国交通との相互乗り入れ実施により廃止され、代わりに、元々は【11-2】鴨池・冷水線であった路線を一部変更し、また、終起点も変更して【4】城山・玉里線とし、南国交通との相互乗り入れを始めた。南国交通の路線上にはない『紫原3丁目』方面は【3】玉里団地線に編入する形で、【3】玉里・西紫原線となった。

【35】中央駅西口・玉江循環線は鹿児島県立明桜館高等学校統合による鹿児島県立鹿児島西高等学校廃校により廃止されたが、停留所名はそのまま『西高校前』となっていたが、数年後に『旧西高校』と改名した。

2013年4月1日付けで、【15-2】東紫原線(中央駅経由)及び【18】大学病院線の一部走行区間が変更になり、【6】吉野線の停留所の一部が変更になった。また2015年9月にバス施設移転に伴い【3】坂元、玉里団地紫原線やその他何路線かの走行区間を延長するなどの変更を行った。

路線バス

カゴシマシティビュー [1]

  • 城山・磯コース:鹿児島中央駅維新ふるさと館前 → ザビエル公園前 → 西郷銅像前 → 薩摩義士碑前 → 西郷洞窟前 → 城山 → 西郷洞窟前 → 薩摩義士碑前 → 南洲公園入口 → 仙巌園前 → 石橋記念公園前 → かごしま水族館前ドルフィンポート前 → 天文館 → 鹿児島中央駅
  • ウォーターフロントコース:鹿児島中央駅 → 維新ふるさと館前 → ドルフィンポート → かごしま水族館前 → 石橋記念公園前 → 仙巌園前 → 祇園之洲公園前 → 南洲公園入口 → 西郷南洲顕彰館前 → 薩摩義士碑前 → 西郷銅像前 → 天文館 → 鹿児島中央駅
  • 夜景コース:鹿児島中央駅 → 天文館 → ドルフィンポート → 市役所前 → 城山 → 西郷銅像前 → 天文館 → 鹿児島中央駅 ※主に土曜日など日を限定して運行

サクラジマアイランドビュー [2]

定期観光バス [3]

  • かごしま歴史探訪コース - 鹿児島中央駅発着。城山・仙巌園などの鹿児島市中心部の観光地を経由する。
  • 桜島自然遊覧コース - 鹿児島中央駅発着。桜島フェリーで桜島へ渡り、島内の観光地を経由する。桜島港で乗下車し桜島島内のみの利用も可能。

路線・系統の変遷[編集]

1985年10月1日、市電上町線・伊敷線の廃止に伴う市バス路線の大幅な経路変更とダイヤ改正が実施された。以降、市営バスでは旅客の流動状況に応じてダイヤ改正時に経路改定を行い現在に至る。以下は交通局発行の路線図(不定期)を基に路線・系統の変遷を記している。なお、路線図にはダイヤ改正日の記載はなく、“この路線図は平成…年…月…日現在のものです”とおそらく発行日を記載しているため、路線一覧の日付もこの日付とする。

  • この時のダイヤ改正は市電上町線・伊敷線廃止に伴う大幅路線改定で、市郊外の区間が大幅に縮小されている。【1】伊敷・清水町線が電車代替路線となっている。なお、当時から発行している1日乗車券は現在とは異なり、乗車日指定(販売所で購入の際、日付印を押してもらう)でバスについては乗車エリアが1区 - 3区までの区間指定制のため、谷山・武岡・伊敷・吉野地区では利用できなかった。電車・バス車内での購入もできなかった。
  • この時点での変更点は次の通り
【1】伊敷・清水町線
起終点が伊敷町から伊敷脇田に延長、ならびに岩崎谷・長田町経由に変更。これは旧市電上町線の専用軌道跡の一般道路化が完成したための経路変更。これによりほぼ全区間が旧市電の路線跡に沿って運行するようになった。
【11】鴨池・冷水線
【11-2】岩崎谷経由の系統を新設、従来からの竪馬場経由と2本立てで運行。
【25】武岡団地線
系統を休止、これにより田上 - 原良団地間のバス運行がなくなる。2000年代に、武岡団地・武岡小前は9番線の一部として、武岡団地南・武岡団地入口は7番線の一部として復活する。
【26】原良団地線
通学時間帯に武岡台高校へ乗り入れ開始
※なお、このころより1日乗車券がスクラッチ式(利用客が購入後に自由に利用日を設定できる)になり、バスについても全線有効、車内での購入も可能になり、現在のシステムが確立された。
※停留所名の変更はこの時点ではない。
  • この時点では大幅な変更はないが、【5】日当平線の起終点が交通局北営業所から伊敷ニュータウンへ延長、市営バスとしては初の伊敷ニュータウンの乗り入れである。また、このころより朝日通停留所が金生町に名称変更している。
  • この時のダイヤ改正では長距離系統の分割や系統新設・区間短縮などやや大きい路線改定が行われている。主な改定点の概要は次のとおりである。
【1】伊敷ニュータウン線(旧伊敷・清水町線)
起終点を伊敷脇田から伊敷ニュータウンを経由して交通局北営業所に変更、伊敷ニュータウン内へ本格乗り入れが開始された一方、東側は市役所前 - 清水町間を休止した。路線名も伊敷ニュータウン線に変更。
【2】清水・常盤線(旧鼓川・常盤線)
当系統自身のルート変更は行われていないが、旧伊敷・清水町線の市役所前 - 玉龍高校前 ‐ 清水町間廃止に伴い、路線名を改称。
【3】玉里団地線(旧広木・玉里団地線)
西鹿児島駅 - 広木農協間を休止、これにより一部停留所が完全休止した。路線名も玉里団地線に改称
【5】日当平線
伊敷ニュータウン線新設により起終点を伊敷ニュータウンから再度、交通局北営業所にもどる。
【6】吉野線(旧唐湊・大明ヶ丘線)
旧唐湊・大明ヶ丘線のうち、西鹿児島駅以東(吉野方面)を系統分割し、吉野線として運行。この時点で大明ヶ丘地区の乗り入れは廃止。
【13】天保山線
市役所方面ゆきは新町経由、原良方面はほさど経由で運行。(2000年代には永吉方面に延伸される。)
【25】唐湊線(旧唐湊・大明ヶ丘線)
旧唐湊・大明ヶ丘線のうち、市役所前以西(唐湊方面)を系統分割し、唐湊線として運行。当時欠番となっていた【25】を使用し、25番線が唐湊線として復活する。
【27】西駅・与次郎線
系統新設

車両[編集]

国産4メーカーの車両が在籍している。かつては西日本車体工業の採用が多かったが、近年は純正車体が中心である。鹿児島市内のバス事業者の中では低床バスやリフトバス・低公害バスの導入には積極的である。

一般路線車は1989年以前は旧標準塗装(肌色と灰色のツートンカラーに白帯、一部茶色)、1990年以降は新標準塗装(空色の濃淡、白色、クリーム色の4色)。一部旧標準塗装から新標準塗装に塗り替えた車両もある。ノンステップバスおよび小型バスは山吹色に青色の斜め帯の塗装。桜島町営バスの引き継ぎ車は引き継ぎ前からの白色と紺色のツートンカラーのままである。1980年代後半に導入されたスケルトン車体の車両のうち、大型車はメーカーにかかわらず前面窓が1枚窓でワイパーがオーバーラップワイパーとなっている独自仕様であったが、ノンステップバスは前面2枚窓でワイパーも標準的なものとなっている。

カゴシマシティビューは中型バスをベースにした特殊構造の専用車を使用する。城山・磯コース用の車両は路面電車風のデザインで、ウォーターフロントコース用の車両は海とイルカをイメージしたデザインである。

サクラジマアイランドビューには専用の小型車(日野・ポンチョ)が使用される。

貸切車は鹿児島市交通局の自局発注車がベージュ色地にオレンジ・茶色・黒の三色の帯、桜島町営バスの引き継ぎ車が引き継ぎ前からの白地に青の桜島の模様を入れた塗装である。貸切バスのほか、定期観光バスにも使用される。

運賃[編集]

鹿児島市内と桜島営業所管内で異なった体系をとっている。鹿児島市内では初乗りが190円で、以後1区間ごとに30円ずつ加算する区間制運賃である。ただし、一部区間では190円ないし140円(17番線のみ)の均一運賃、または初乗り140円、基準賃率は19円90銭の対キロ区間制運賃である。なお、19円90銭という賃率は日本一安い賃率である。一方、桜島営業所管内では、初乗り120円、基準賃率23円20銭の対キロ区間制運賃である。

カゴシマシティビューは1回の乗車につき190円均一、定期観光バスは2,200円となっている。

営業所[編集]

乗車券・乗車カード[編集]

乗車券[編集]

  • 一日乗車券 - 大人600円、小人300円。スクラッチ式で、市電、市営バス(含・カゴシマシティビュー)で使用できる。
  • SUNQパス(全九州版) - 2006年10月1日から市営バスの一般路線で使用できるようになった。

乗車カード[編集]

  • RapiCa(ラピカ) - 2005年4月1日に導入されたICカード定期券回数券として利用できる。鹿児島市交通局ではICカードへのチャージのことを「積み増し」と呼んでおり、積み増し1,000円につき100円が自動的に合算される。なおSuicaなど全国交通系ICカードとの互換性は2017年現在はなく、将来対応することを検討するとしている[7]。また、当交通局の市電全線および一部のバス路線では、全線均一運賃であっても後乗り前降り精算方式のため乗車時と下車時にそれぞれICカードをタッチする必要があり、乗車時に一度のタッチのみで完結する首都圏や中部圏の公営・私鉄バスとは異なる。
  • RapiトレCa - 2006年11月1日に販売が開始された鹿児島市交通局オリジナルのトレーディングカード。1枚でRapiCaに1,000円分の積み増しができる。2015年からはオリジナルデザインのRapiトレCaを作ることができるサービスも行っている。

市電・市バスゆ〜ゆ〜フェスタ[編集]

2002年から交通局施設を一般に開放する「市電・市バスゆ〜ゆ〜フェスタ」を開催している。ただし、2005年のみ行われなかった。 ペインティングバスの製作やトロッコ車の体験乗車、鉄道模型の展示会なども行われる。

実施日 備考
2002年 2002年8月18日[8]
2003年 2003年8月17日
2004年 2004年8月8日
2006年 2006年10月29日
2007年 2007年10月28日
2008年 2008年10月19日
2009年 2009年11月29日
2010年 2010年10月31日
2011年 2011年10月30日
2012年 2012年12月1日
2013年 2013年10月20日
2014年 2014年10月19日 〜ありがとう高麗町〜2014市電・市バスゆーゆーフェスタとして開催。
ここまで高麗町開催
2015年 2015年10月24日[9] 祝!新施設オープン 2015市電・市バスゆーゆーフェスタとして開催。
ここから上荒田町開催。この回のみ各地の路面電車事業者のグッズ販売も行われた。
2016年 2016年10月16日[10] 祝!移転1周年2016市電・市バスゆーゆーフェスタとして開催。

課題[編集]

路線重複問題[編集]

過剰な台数が集中する鹿児島市の路線バス。黄色の車体が鹿児島市営バス(金生町にて。2017年7月31日)

2017年のNHKや南日本新聞[11]などの報道によれば、鹿児島市営バス事業は慢性的な赤字体質であることが問題とされており、そのうち大きな要因として鹿児島市中心部における路線重複の問題が指摘されている。重複区間では頻繁にバスがやってくるが各車の乗客数はまばらであり、車両費や運転手人件費など運転費用が過剰となっているのが要因である。また路線が重複する原因は、他都市のような地下鉄・都市モノレールや新交通システム(名古屋市の基幹バス2系統新出来町線や名古屋ガイドウェイバス志段味線もこれに含まれる)などのラピッド・トランジットが存在しないことにより、これらの駅ターミナルを起発点としたバス路線系統に分散されていないことが考えられる。並行する市電はバスに比較して運行頻度や機動性が低い上、高見馬場分岐点の存在や鹿児島中央駅前電停のサイドリザベーション化の代償として前後の道路との平面交差での信号待ちが各々発生するため、いづろ - 鹿児島中央駅前のラッシュ時の所要時間は15 - 16分以上に及ぶことから(同区間を他都市の地下鉄に当てはめて考えれば途中1駅停車として遅くとも3 - 4分で到着する)、バス路線を肩代わりするまでには至っていない。この結果、写真に示すように市内中心部のバス停にはラッシュ時間帯には過剰な台数のバスが押し寄せて道路を占拠すると共に、風向きによっては周辺の商店街に大量の排気ガスによる悪臭が漂う。

脚注[編集]

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  1. ^ a b 水元景文『鹿児島市電が走る町』JTB、2007年、143頁
  2. ^ 『鹿児島市交通局移転記念誌 ありがとう高麗町』鹿児島市交通局、2015年、7頁
  3. ^ 『鹿児島市交通局移転記念誌 ありがとう高麗町』鹿児島市交通局、2015年、15頁
  4. ^ 南日本新聞』 2012年2月16日付 1面(本港区に路面電車)
  5. ^ 『南日本新聞』 2012年2月21日付 21面(市電新設5ルート案)
  6. ^ a b 鹿児島市民のひろば 543号” (日本語). 鹿児島市広報デジタルアーカイブ. 2013年2月18日閲覧。
  7. ^ 鹿児島市電の定期券値上げへ…運賃改定を申請 2018年1月1日から - レスポンス、2017年11月20日
  8. ^ 『鹿児島市交通局移転記念誌 ありがとう高麗町』鹿児島市交通局、2015年、9頁
  9. ^ 2015 ゆーゆーフェスタ 電車・バス車体広告デザインコンテストの結果発表”. 鹿児島市交通局. 2015年12月6日閲覧。
  10. ^ 祝!移転1周年2016市電・市バスゆーゆーフェスタ開催について|鹿児島市交通局|人に環境にやさしい市電・市バス”. 鹿児島市交通局. 2015年12月6日閲覧。
  11. ^ 『南日本新聞』2017年9月26日記事

参考文献[編集]

  • 『鉄道ピクトリアル No.852 2011年8月臨時増刊号<特集>路面電車』、電気車研究会、2011年

外部リンク[編集]