鷲見昌勇

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鷲見 昌勇(すみ まさお、1936年7月30日 - )は、日本騎手調教師岐阜県郡上郡明方村(現郡上市)出身。

生家は競走馬の生産も手がける農家で鷲見も中学校を卒業後農業に従事していたが、1961年の夏に笠松競馬場競馬の競走を見たことをきっかけに騎手を志した。同年笠松競馬場の調教師光岡直三郎に弟子入りして見習騎手となり、1963年春に騎手免許を取得。則武秀夫厩舎所属の騎手を経て光岡厩舎の所属騎手となった。

しかし体格が大きかったことから減量に苦しみ、間もなく調教師への転身を図った。1969年12月に調教師免許を取得[1]し、2002年3月に勇退[1]するまで勤めた。

成績[編集]

  • 騎手成績 - 不明
  • 調教師成績(1973年以降) - 1076勝[1](9396戦)、重賞28勝[1]

おもな管理馬[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f 「トピックス『鷲見調教師が勇退』」、『ハロン』、地方競馬全国協会、2002年5月、 61頁。

参考文献[編集]

  • 渡瀬夏彦 『銀の夢 オグリキャップに賭けた人々』 講談社、1992年ISBN 4062052822