鶴見六百

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鶴見 六百(つるみ ろっぴゃく、1965年12月17日 - )は、日本ビデオゲーム開発者。長野県佐久市出身。早稲田大学理工学部卒。

来歴[編集]

コンピュータゲームの企画、プロデュース、レベルデザイン、キャラクターデザインやシナリオ考案、さらに海外ゲームのローカライズ(カルチャライズ)など、対応できる分野は多岐にわたる。

もともと大学在学時代、ゲーム専門雑誌『Beep』でアルバイトとしてライター活動していたが(氷水芋吉名義)、大学卒業後の1989年セガに入社。『マイケル・ジャクソンズ・ムーンウォーカー』などのアーケードゲームを中心にゲーム開発に関わる。

セガでのスター・ウォーズ アーケードの経験を期に1996年ソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE)へ身を移す。以後は『クラッシュ・バンディクー』をはじめとした、アメリカ産ゲームの日本語版制作プロデューサーとして監修・ローカライズを担当するようになる。2000年フリーランスとなるも、引き続きSCEの海外ゲームの日本発売プロデュースを行う。自身の携わる作品がPSの時はTSURUMI-0600とクレジットに入れていたがPS2に変わるにあたってROPPYAKU TSURUMIに変更されている。 

海外で行われたGDCにて日本人としては初の同時通訳による講演をおこない、カルチャライズの重要性を世界にうったえた。

2009年3月をもって一時ゲーム業界を離れ、自身の興味のあったパチンコに携わるため、都内大手パチンコメーカーに就職した。

2012年のゲーマガ最終号では再び氷水芋吉名義で寄稿をしている。

2012年6月にパチンコメーカーを退社。再びゲーム業界を志し、現在はアーゼストに所属している。

主な参加作品[編集]

セガ時代
ソニー・コンピュータエンタテインメント時代

携わったパチンコについては明らかにされていない。

SCEでの活躍[編集]

当時海外製ゲームがまったく売れていなかった日本において、クラッシュ・バンディクーで一石を投じる。ローカライズをこえたカルチャライズをテーマに、ターゲット層の変更、オリジナルテーマソングやダンスの採用、キャラクターデザインの変更、レベルデザインの変更、パッケージデザインの大幅な変更、などを直接海外にわたり現地の開発者に指示をしながら自身も行った。

スパイロ・ザ・ドラゴンでは、カメラワークの変更や新機能の追加を行った。ジャック×ダクスターでは、日本独自の呼び方ジャックンダクスターを提案し、ステージ名などに過去に携わった作品の小ネタをいれファンを喜ばせた。

ラチェット&クランクでは、子供向けにラチェットの眉毛を濃くするなどのアレンジを行った。ラチェット&クランクの日本展開のプロモーションとして、自ら研究者の仮装をしイメージキャラクターを演じたこともある。[1]

関連項目[編集]

参照[編集]

外部リンク[編集]