鶴直人

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鶴 直人
Tigers tsurunaoto 150523.JPG
2015年5月23日 阪神甲子園球場にて
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 大阪府寝屋川市
生年月日 (1987-04-25) 1987年4月25日(29歳)
身長
体重
180 cm
76 kg
選手情報
投球・打席 右投左打
ポジション 投手
プロ入り 2005年 高校生ドラフト1巡目
初出場 2008年6月15日
年俸 1,300万円(2016年)
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

鶴 直人(つる なおと、1987年4月25日 - )は、大阪府寝屋川市出身のプロ野球選手投手)。

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

中学校時代はボーイズリーグの忠岡ボーイズに所属し、チームの1年後輩に前田健太がいた。近畿大学附属高校に進学後は、大阪桐蔭高校辻内崇伸平田良介履正社高校岡田貴弘らと共に「浪速の四天王」と呼ばれたが、3年夏の大阪大会では肘を故障して満足に投げられず五回戦でPL学園高校に敗退。高校生の時に、球速は151km/hに達していた[1]

2005年秋の高校生ドラフト会議で阪神タイガースから1巡目指名を受け入団。

プロ入り後[編集]

2006年は前述の肘の故障のリハビリと身体作りに専念し実戦登板はなく、シーズン終了後の秋季キャンプでプロ入り後初めてブルペン捕手相手に投げ込んだ。

2007年ウエスタン・リーグで公式戦初登板をしたものの、秋季キャンプ肋骨疲労骨折

2008年4月15日に二軍公式戦の広島東洋カープ戦で6回無失点に抑え、二軍戦初勝利を挙げた。4月25日、自身の誕生日に初の一軍昇格も登板機会はなく二軍に戻った。その後、6月15日に再昇格すると同日の対千葉ロッテマリーンズ戦で一軍初登板・初先発をしたが、打者6人に対して被安打5、与四球1の6失点で1つもアウトを取れずに降板。敗戦投手にはならなかったが、翌日に二軍降格した。二軍では年間通して先発ローテーションを守って7勝を挙げ、中日ドラゴンズ佐藤充と並んでウエスタン・リーグ最多勝利のタイトルを獲得。しかし、腰を痛めたために秋季キャンプには参加できなかった。

2009年はウエスタン・リーグで17試合に登板して1勝3敗2セーブ、防御率5.00[2]9月27日下柳剛と入れ替えで一軍昇格。翌9月28日東京ヤクルトスワローズ戦で5番手としてシーズン初登板、1回を無失点で抑えた。シーズン後のフェニックスリーグでは3試合に先発して2勝0敗を記録し、平田勝男二軍監督から「今、一軍がシーズン中なら間違いなく、鶴が一軍昇格NO.1候補になっているよ」と評価された[3]

2010年は5月に入ってから一軍で登板するようになり、5月29日北海道日本ハムファイターズ戦で先発登板すると6回2失点でプロ初勝利・初先発勝利を挙げた。その後8月まで先発ローテーションの一角として活躍していたが、勝ち星は2勝どまり。9月以降は背筋を痛め2軍落ちとなった。

2011年も先発ローテーション入りのチャンスは与えられたものの、なかなか結果を残すことができず、夏場に2軍落ちとなった。シーズン終盤に1軍に再昇格し、広島との最終戦で5回を無安打無失点に抑える好投を見せたが、打線の援護が無く、無失点のまま代打を出されたために勝ち星は無く、結局このシーズンは未勝利に終わった。

2012年は、安藤優也の復調もあって、先発から中継ぎに転向した。シーズンを通じて一軍に帯同するとともに、自己最多の43試合に登板。チームがリードを許している場面での救援登板が多かったが、2年ぶりの白星を挙げたほか、防御率も1.89を記録した。

2013年も前年に続いて、中継ぎ要員として開幕一軍を果たした。開幕後は不調で二軍に降格した時期もあったが、5月14日福岡ソフトバンクホークス戦では、自己最多タイのシーズン記録となる2勝目を挙げている。その後は、二軍での再調整を経て、8月17日の東京ヤクルトスワローズ戦(京セラドーム大阪)で先発投手として7回を無失点と好投。自己最多のシーズン3勝目を、先発では自身3年振りの勝利で飾った[4]

2014年には、先発陣への定着を目指したが、春季キャンプの後半から中継ぎ要員に再転向。3年連続の開幕一軍を果たしたが、開幕カードの読売ジャイアンツ戦(東京ドーム)に2試合投げただけで、3月31日に登録を抹消された。なお、抹消後は先発要員として再調整。一軍でのシーズン初先発になった5月4日東京ヤクルトスワローズ戦(神宮)では、6回1失点の好投でシーズン初勝利を挙げた[5]

2015年に一軍公式戦5試合[6]2016年に2試合登板。いずれも救援要員としての起用だったが、勝敗が付かないまま、2016年10月1日に球団から戦力外通告を受けた[7]。12月2日、自由契約公示された[8]

阪神退団後[編集]

NPB他球団での現役続行を希望していることから、2016年11月12日には、甲子園球場の12球団合同トライアウトへ参加。シートバッティング形式で対戦した3人の打者を無安打に抑えるとともに、最速144km/hのストレートで2つの三振を奪った[9]

選手としての特徴[編集]

平均球速約137km/h[10]速球スライダーシュートを主体としている。

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
2008 阪神 1 1 0 0 0 0 0 0 0 ---- 6 0.0 5 0 1 0 0 0 0 0 6 6 ---- ----
2009 1 0 0 0 0 0 0 0 0 ---- 5 1.0 1 0 1 0 0 0 0 0 0 0 0.00 2.00
2010 21 12 0 0 0 2 4 0 0 .333 337 76.1 76 7 30 3 5 46 5 0 36 32 3.77 1.39
2011 5 5 0 0 0 0 2 0 0 .000 92 22.0 19 0 8 0 1 16 0 0 9 9 3.68 1.23
2012 43 0 0 0 0 1 0 0 5 1.000 223 57.0 40 3 16 1 1 30 0 0 13 12 1.89 0.98
2013 20 3 0 0 0 3 1 0 1 .750 144 34.2 38 4 7 0 1 17 0 1 19 19 4.93 1.30
2014 19 2 0 0 0 3 1 0 0 .750 119 26.2 27 5 14 0 1 12 1 0 15 15 5.06 1.54
2015 5 0 0 0 0 0 0 0 0 .000 31 7.2 8 0 2 0 0 5 0 0 1 1 1.17 1.30
2016 2 0 0 0 0 0 0 0 0 .000 13 2.1 5 1 1 0 0 5 0 0 2 2 7.71 1.00
通算:8年 117 23 0 0 0 9 8 0 6 .529 970 227.2 219 20 80 4 9 126 6 1 101 96 3.80 1.31
  • 2016年度シーズン終了時

記録[編集]

投手記録
打撃記録

背番号[編集]

  • 46 (2006年 - 2016年)

登場曲[編集]

脚注[編集]

  1. ^ “阪神、近大付・鶴、育英・若竹の地元2投手を指名”. asahi.com. (2005年10月4日). http://www.asahi.com/koshien/news/TKY200510030183.html 2015年2月7日閲覧。 
  2. ^ 日本野球機構オフィシャルサイト ウエスタン・リーグ個人成績2009年度
  3. ^ “トラ番担当記者コラム阪神タイガース公式サイト”. http://hanshintigers.jp/news/column/c09_29.html 
  4. ^ 球児さんへ…阪神・鶴のでっかい恩返し!サンケイスポーツ 2013年8月18日。
  5. ^ 阪神鶴1勝の恩返し 今季初先発初勝利日刊スポーツ 2014年5月5日。
  6. ^ “阪神鶴200万減で更改「まだ成長する部分ある」”. 日刊スポーツ. (2015年11月20日). http://www.nikkansports.com/baseball/news/1568684.html 2016年3月30日閲覧。 
  7. ^ 来季の選手契約について”. 阪神タイガース公式サイト (2016年10月1日). 2016年10月1日閲覧。
  8. ^ 自由契約選手|2016年度公示”. NPB.jp 日本野球機構 (2016年12月2日). 2016年12月3日閲覧。
  9. ^ 65人が参加/12球団合同トライアウト詳細”. 日刊スポーツ (2016年11月12日). 2016年11月14日閲覧。
  10. ^ 『2013 プロ野球オール写真選手名鑑』 日本スポーツ企画出版社、2013年、78頁。ISBN 978-4-905411-11-6

関連項目[編集]

外部リンク[編集]