鶴岡稔彦

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鶴岡 稔彦(つるおか としひこ、1956年6月3日 - )は、日本裁判官千葉県出身。東京大学卒業。知的財産高等裁判所部総括判事

経歴[編集]

  • 1980年 司法修習生
  • 1982年 東京地裁判事補任官 
  • 1984年 徳島地家裁判事補
  • 1987年 最高裁行政局付
  • 1989年 東京地裁判事補
  • 1990年 那覇地家裁石垣支部判事補兼平良支部判事補
  • 1992年 東京地裁判事
  • 1993年 最高裁行政局参事官
  • 1995年 最高裁行政局第二課長
  • 1997年 最高裁行政局第一課長兼第三課長兼広報課付
  • 1999年 東京高裁判事職務代行
  • 2000年 東京高裁判事
  • 2002年 東京地裁判事
  • 2004年 東京地裁部総括判事(民事3部→民事44部)
  • 2009年 横浜地裁部総括判事
  • 2013年4月 東京高裁判事
  • 2013年7月 那覇家裁所長
  • 2014年4月 那覇地裁所長
  • 2015年3月 知財高裁部総括判事

担当訴訟[編集]

  • 婚外子国籍訴訟(第1審裁判長として、国籍法の規定を違憲とした)
  • 東京大空襲訴訟(第1審裁判長として、1987年の最高裁判所第二小法廷における「戦争被害の平等受忍義務」を援用し原告の賠償請求を棄却)

編集著作者の認定[編集]

『著作権判例百選』事件では、アドバイザー(他人の選択・配列を容認した者)は編集著作者ではないとしたが、『ツェッペリン飛行船と黙想』事件ではアドバイザーが編集著作者であるという逆の判断を示した(いずれも第2審裁判長として)。


先代:
高麗邦彦
那覇家庭裁判所長
2013年 - 2014年
次代:
小池勝雅
先代:
高麗邦彦
那覇地方裁判所長
2014年 - 2015年
次代:
阿部正幸