鶴屋町 (高松市)

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鶴屋町
つるやまち
—  町丁  —
鶴屋町の位置(高松市中心部内)
鶴屋町
鶴屋町
鶴屋町の位置(高松市内)
鶴屋町
鶴屋町
鶴屋町の位置(香川県内)
鶴屋町
鶴屋町
鶴屋町の位置(日本内)
鶴屋町
鶴屋町
座標: 北緯34度20分48秒 東経134度3分17秒 / 北緯34.34667度 東経134.05472度 / 34.34667; 134.05472
Flag of Japan.svg 日本
都道府県 Flag of Kagawa Prefecture.svg 香川県
市町村 Flag of Takamatsu, Kagawa.svg 高松市
地区(上位) 本庁地区
地区(下位) 高松
新設 江戸時代
面積
 - 計 0.02380552km2 (0mi2)
最高部 2.1m (7ft)
最低部 1.9m (6ft)
人口 (2010年10月1日現在)[1]
 - 計 294人
等時帯 JST (UTC+9)
郵便番号 760-0035
市外局番 087
ナンバープレート 香川

鶴屋町(つるやまち)は、香川県高松市中心部の町丁郵便番号は760-0035。全域が住居表示に関する法律に基づく住居表示実施地区である[2]

地理[編集]

高松市役所より0.9km、高松市中心部の北に位置し、北は瀬戸大橋通り、東は市道高松港海岸線によって区切られ、西はことでん琴平線片原町駅西口、南は片原町の裏手にあたる町である。町内には幹線道路沿いに小規模なビルや事務所・商店、その内側に当たる地域に戸建ての民家や集合住宅が立地している。また、片原町駅の所在地は片原町ではなくそこに隣接した当町である。

2010年国勢調査による人口は294人(男136人/女158人)、世帯数は162世帯、面積は2万3805.52m2、人口密度は12350.1人/km2[1]。公立小学校中学校校区は全域が高松第一小学校・中学校(小中一貫)に属している[3]

町内における都市計画法に基づく用途地域は全域が商業地域で、容積率は大部分が400%、ことでん琴平線の鉄道敷以西が500%である[4]

隣接する町丁[編集]

歴史[編集]

町名の由来は鶴屋某という豪商が住んでいたことによるという説と、城下町中心部にある丸亀町に対して縁起の良いを当てた瑞祥地名であるという説がある[5]

江戸時代には高松城総曲輪内に位置するいわゆる内町5町[注 1]の一つであり、高松藩の軍港である東浜舟入(御舟入)に面する町であった。寛永17年の城下図には「津るや町」と記され、南北の通りが津るや町通りとして描かれているほか、隣接した区画には同心屋敷牢屋、東町御奉行所や西町御奉行所がある。この頃、舟入の対岸である東浜町(現・城東町一丁目部分)とは橋が架かっていたが、文化年間の城下図では舟入南端と外堀が接続する部分に作られた土橋に取って代わられ、通町と接続しそこから井口町や東浜町と繋がっている。幕末にはこの土橋に町番所制札場があった。

1884年(明治17年)には旧牢屋敷跡に高松第一小学校[注 2]が創設される。1890年(明治23年)2月15日にはそれまで城下町各町の集合体であった高松の区域を以って市制を施行して高松市が成立し、鶴屋町はその一部となった。1900年(明治33年)には土橋以南にあたる高松城外堀が埋め立てられ、当町を含んだ高松城総曲輪内の内町及び同5町は地理的に城下町と一体化した[6]

1945年昭和20年)7月4日未明にはアメリカ軍による無差別絨毯爆撃高松空襲」を受け、町内全てが灰燼に帰した。空襲で壊滅的な被害を受けた高松市中心部では大部分で土地区画整理事業戦災復興土地区画整理事業)が施行され、鶴屋町でも第一工区二次として区画整理の対象となり、町内の多くの街路が拡張・改良された。この区画整理事業の完工となる換地処分公告は1964年(昭和39年)1月25日である。1958年(昭和33年)に鶴屋町の一部を丸の内へ編入し、その後1964年(昭和39年)には鶴屋町の一部を通町へ、北浜町、本町、工町及び内磨屋町の各一部を鶴屋町へ編入した。1969年(昭和44年)2月10日には住居表示の実施に伴い、鶴屋町の一部を本町へ、本町の一部を鶴屋町へ編入した[5]

江戸時代以来、当町は東に東浜港(旧舟入)が面する港町で、高松を代表する商業港として物資の荷揚げをする港湾労働者(沖仲士)で賑わい、労働者を対象とした食堂兼酒場が多く営業する等非常に栄えていたが[7]1965年(昭和40年)に東浜港南部(旧舟入、現・市立城東保育園のある区画)が埋め立てられ、当町は完全に内陸に位置する町となり港町としての性格は過去のものとなった[8]

主要施設[編集]

掲載順は住居表示による街区符号・住居番号順

脚注[編集]

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  1. ^ 高松城総曲輪内部(外堀内部)のうち南部及び西部にあたる武家地を内町と称するのに対して、総曲輪内にありながら町人地であった東部の本町鶴屋町工町たくみまち(現・本町及び丸の内の各一部)、魚屋町(現・本町の一部)、内磨屋町(現・本町の一部)の5町を内町5町と称した。
  2. ^ 高松第一小学校は創設から3年後の1887年(明治20年)に鶴屋町小学校と改称し、後の高松空襲で焼失したため1948年(昭和23年)4月に新塩屋町(現・末広町)へ移転・改称し高松市立新塩屋町小学校として再建された。

参考文献[編集]

  1. ^ a b 平成22年国勢調査、小地域集計、37香川県”. 総務省統計局(e-Stat) (2012年12月11日). 2015年5月25日閲覧。
  2. ^ 住居表示について”. 高松市都市計画課. 2015年5月25日閲覧。
  3. ^ 高松市小・中学校区一覧表 (PDF)”. 高松市学校教育課 (2010年5月1日). 2015年5月25日閲覧。
  4. ^ 都市計画マップ 用途地域 鶴屋町付近”. 高松市広聴広報課. 2015年5月25日閲覧。
  5. ^ a b 角川日本地名大辞典編纂委員会 『角川日本地名大辞典37 香川県』 角川書店、1985年9月、541頁。ISBN 978-4-04-001370-1
  6. ^ “「常盤橋」表示板お目見え/高松城の外堀に架橋”. 四国新聞. (2011年12月27日). http://www.shikoku-np.co.jp/kagawa_news/locality/20111227000073 2014年12月23日閲覧。 
  7. ^ 高松港・涙の昭和史「沖仲士の酒場」”. 高松港管理事務所. 2014年12月23日閲覧。
  8. ^ 高松港・涙の昭和史「永木屋のポンプ」”. 高松港管理事務所. 2014年12月23日閲覧。

関連項目[編集]