鳩山ニュータウン

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鳩山ニュータウン(はとやまニュータウン)とは、埼玉県比企郡鳩山町にあるニュータウンである。

概要[編集]

行政上の地名としては「楓ヶ丘」「鳩ヶ丘」「松ヶ丘」。

1974年(昭和49年)から1997年(平成9年)にかけて、岩殿丘陵に日本新都市開発(2003年8月特別清算)によって東京のベッドタウンとして開発された。人口7,263人、世帯数3,252(2017年8月時点)の街である。山間部に造成されながら南部を除きほとんど平らな地形で構成され、1970年代に分譲された南東側、1980年代に分譲された西側、そして1990年頃の最終期に高級住宅として販売された松韻坂地区に分類される。管理会社(新都市リビング)の後継会社はホームライフ管理株式会社[1]

大都市圏郊外にある他のニュータウンと同様、住民の高齢化と減少が進んでいる。65歳以上の高齢者が住民に占める比率は2015年時点で44%。2000年に9979人と1万人近かった人口は、2040年に約5100人へ減少すると予測されている[2]空き家問題なども生じつつある[3]

主な施設[編集]

鳩山町東出張所付近

公共施設[編集]

  • 鳩山町東出張所[4](センター地区)
  • ふれあいセンター[5](センター地区)
  • 鳩山町コミュニティ・マルシェ(センター地区)
  • 西入間警察署鳩山東駐在所(センター地区)
  • 鳩山鳩ヶ丘郵便局
  • 多世代活動交流センター(元:松栄小学校)
  • 鳩山町地域包括ケアセンター(元:松栄小学校)
  • 鳩山町立図書館
  • 鳩山町立町民体育館
  • 鳩山町立学校給食センター

学校[編集]

大型店[編集]

  • 西友鳩山ニュータウン店

交通[編集]

公共交通機関[編集]

鳩山ニュータウン内には鉄道駅はなく、東隣の東松山市内に所在する高坂駅路線バスで結ばれている。バスの本数はかなり多く、アクセスの良い環境にある。

なお、2017年時点、鳩山町では川越観光バス・町営バスのルートや時間の変更が、計画されている[6]

自動車[編集]

歴史[編集]

  • 1968年昭和43年) - 株式会社丸金建設により鳩山村に新興住宅地事業計画開始。
  • 1971年(昭和46年) - 日本新都市開発により鳩山ニュータウン建設着工。
  • 1974年(昭和49年) - 分譲開始(202世帯)。
  • 1975年(昭和50年) 4月 - 鳩丘小学校、開校。
  • 1979年(昭和54年) 4月 - 松栄小学校、開校。
  • 1980年(昭和55年) 5月 - 鳩山鳩ヶ丘郵便局、開設。
  • 1983年(昭和58年) 4月 - 埼玉県立鳩山高等学校、開校。
  • 1988年(昭和63年)11月 - 住居表示変更。鳩山ニュータウン地区は「楓ヶ丘」「鳩ヶ丘」「松ヶ丘」となる。
  • 1994年平成 6年) - タウンセンターの建物がセンター地区に完成[7]、鳩山町東出張所・ふれあいセンター・西友リビング館などが入居する。
  • 1997年(平成 9年) - 日本新都市開発による分譲完了。
  • 2002年(平成14年)11月 - 管理会社(新都市リビング)、日本新都市開発グループから離脱[1]
  • 2003年(平成15年) - 人口9,432人、世帯数3,208。
  • 2003年(平成15年) 8月 - 日本新都市開発、特別清算。
  • 2004年(平成16年) - 日本新都市開発の特別清算に伴い、サブセンターが南西側約1/4に縮小され、北東側約3/4が分譲される(17軒)。
  • 2006年(平成18年) 6月 - みずほ銀行鳩山代理店、閉店[8]
  • 2007年(平成19年) 4月 - 鳩丘小学校と松栄小学校が統合、鳩丘小学校校舎で鳩山小学校が開校。
  • 2014年(平成26年) 3月 - 西友リビング館、閉店。
  • 2017年(平成29年) 8月 - 人口7,263人、世帯数3,252。

関連項目[編集]

脚注[編集]

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