鳥居景近

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鳥居景近
時代 戦国時代 - 安土桃山時代
生誕 不明
死没 天正元年8月20日1573年9月16日
官位 兵庫助
主君 朝倉義景
氏族 鳥居氏
与七

鳥居 景近(とりい かげちか)は、戦国時代から安土桃山時代にかけての武将朝倉氏の家臣。

朝倉義景の側近として仕え、取次役を務めていたと言われる。義景に従って織田信長との戦いに何度も参加している。天正元年(1573年)の刀根坂の戦いで朝倉氏は敗れ、織田信長の越前国侵攻を招いた。義景が朝倉景鏡の進言に従い一乗谷を捨てて大野郡へ逃れると、義景に随行して六坊賢松寺に入る。

同年8月20日、景鏡が信長と通じて裏切り、賢松寺を攻める。景近は景鏡の軍勢と戦った後で寺に戻り、義景の介錯を務めた後に自害した。