鳥居啓子

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鳥居 啓子(とりい けいこ、1965年[1] - )は、日本の植物学者博士(理学)筑波大学)。専門は植物発生遺伝学。東京都出身。

概要[編集]

ワシントン大学を拠点に植物の発生メカニズムを研究、世界トップレベル国際研究拠点形成促進プログラムにおいて名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所の海外研究室主催者(PI)および生命理学研究科の客員教授を兼任する。

ハワード・ヒューズ医学研究所初の日本人正研究員(インベスティゲーター)[2]であり、アメリカの植物学研究に寄せる貢献に対して同研究所とゴードン・アンド・ベティ・ムーア財団(HHMI-GBMF)が共催する「最も革新的な15人の植物学者」に女性として初めて選ばれる[3]。ワシントン大学には鳥居に先立ち、ハワード・ヒューズ医学研究所の研究助成対象者がすでに11名おり、すべて医学・健康分野所属の男性研究者である。HHMI-GBMFの共同助成事業は2011年に新設されたばかりとはいえ、同大学の人文・科学分野からは初の選出であり、また全学の女性研究者の先例となった[4][5]。生命科学への寄与を望み日本とアメリカで研究室を主宰、生物学と有機化学の研究を橋渡しを試みる[6]鳥居は、女性研究者のロールモデルとして認められる[7][5][8][9][10]

学歴[編集]

  • 1987年 筑波大学第二学群生物学類卒
  • 1993年 筑波大学大学院生物科学研究科博士課程修了。筑波大学理学博士。学位論文の題は「Cell Differentiation of the Outermost Cells of Developing Endosperm in Carrot (ニンジン胚乳の最外層細胞における細胞分化)」[11]

研究[編集]

植物の形態形成、発生パターン形成の専門家であり、植物細胞は受容体キナーゼと呼ばれるシグナル伝達因子を用いて生長することを世界で初めて報告した。さらには遺伝学的・分子生物学的解析によって、植物の表皮において気孔が分化する分子メカニズムを明らかにした[12]

鳥居の研究は葉や茎、花などの組織器官をつくっていくとき、植物細胞がお互いにどのようにしてコミュニケーションをとりあうのか、そのシグナルを伝える因子と植物の形づくりのメカニズム解明に取り組んでいる。東京大学の米田好文研究室では日本学術振興会特別研究員としてシロイヌナズナの草丈を短くする原因遺伝子ERECTAの研究に遺伝子導入技術を応用し、ERECTAが「受容体型キナーゼ」であり、動物にはあるが植物にはないという当時の通説をくつがえした[12]。受容体型キナーゼはペプチドホルモンを受け取るとされ、それが植物の成長や形態形成に関わると世界で初めて示したのである[12]。ワシントン大学の研究室では気孔の研究へ進み、ERECTA遺伝子を手がかりに細胞間のシグナルのやりとりによって役割の違うものがうまく並ぶ仕組みを調べ、ERECTA遺伝子に配列の似た2つの遺伝子があり、2005年、合計3つが揃って変異すると気孔の数と分布が制御できなくなると発表した[13]

研究は続き、それら3つの遺伝子ファミリー以外にも細胞分割を促す遺伝子(スピーチレス speechless)、気孔形成の仕上げの対称分裂を起こすフェイマ(fama)に加え、それらの働きの中間にあり気孔を作る準備をコントロールする第3の因子を探求する[14]。つまり気孔ができない場合、気孔をつくる幹細胞の発生が停止しており、その原因となる遺伝子を見つけて「ミュート」(mute)と名づけ、2007年に機序を専門誌「サイエンス」オンライン版で述べた[14]。同じ号には、すでにフェイマを発見したスタンフォード大学がスピーチレスの機序を報告し、鳥居らの論文はスピーチレスの機序に加え、第3の因子ミュートの発見と、これが気孔の形成が始まる時期を決定することを論じている[14]

遺伝子レベルで配列が非常に近い因子の連携は動物学でも筋肉細胞の分化システムで知られており[14]、鳥居は幹細胞に渡す細胞型分化プログラムをオンにするかオフにするか調整する遺伝子を分子レベルで探求している。特性が類似した遺伝子ファミリーを備えることで植物には「余裕ができ」、たとえば気孔を高度な機能に発達させることができたのではないかと言う[4]。鳥居らのシステムは植物分化の最もシンプルかつ美しいモデルとして世界の注目を集めた[1]。また実験に使ったシロイヌナズナは十字架植物の仲間で生息環境が広いことから、鳥居の研究はバイオマス燃料に使う植物の成長促進と生産に関心を持つ科学技術庁のほか、アメリカの農務省エネルギー省ならびに米国科学財団の助成を受けている[4]

職歴[編集]

  • 1999年 植物学部助教授 –2002年
  • 2002年 生物学部助教授 –2005年
  • 2005年 同学部 准教授 –2009年
  • 2006年– 同大学 幹細胞再生医療研究所 アフィリエイト[15]
  • 2009年 同大学生物学部 教授[10]
  • 2011年– 同学部 冠卓越生物学教授[10]
  • 2014年– 同大学 生命理学研究科 客員教授[10]

顕彰・受賞[編集]

主な論文[編集]

  • Cell differentiation of the outermost cells of developing endosperm in carrot [ニンジン胚乳の最外層細胞における細胞分化]」甲第1049号、筑波大学、1993年1月31日doi:10.11501/3072022 ― 博士号論文・理学
  • Deng, Xing-Wang (1995年5月). “Regulation of plant form: Identification of a molecule controlling cell expansion” (英語). BioEssays 17 (5): 383-386. doi:10.1002/bies.950170504. ISSN 0265-9247. OCLC 5152504805.  ― イェール大学生物学部オズボーン記念研究所
  • Mitsukawa, Norihiro; Oosumi, Teruko; Matsuura, Yutaka; Yokoyama, Ryusuke (1996年04月01日). “The Arabidopsis ERECTA Gene Encodes a Putative Receptor Protein Kinase with Extracellular Leucine-Rich Repeats” (英語). The Plant Cell 8 (4): 735-746. ISSN 1040-4651. OCLC 5550772571. 
  • 「植物のメリステム:植物の形づくりを担う細胞集団における細胞間コミュニケーション」、『細胞工学』第15巻第11号、秀潤社、1996年11月、 1604-1611頁、 ISSN 0287-3796NAID 40004440654OCLC 5174193206
  • Stoop-Myer, Chatanika D; Okamoto, Haruko; Coleman, Joseph E; Matsui, Minami (1999). “Protein Chemistry and Structure - The Ring finger motif of photomorphogenic repressor COP1 specifically interacts with the RING-H2 motif of a novel Arabidapsis protein” (英語). The Journal of biological chemistry (American Society for Biochemistry and Molecular Biology) 274 (39): 27674. ISSN 0021-9258. OCLC 94019001. 
  • 「〈卒業生の眼〉アメリカの大学から見た筑波大学:その良さと将来への期待」、『筑波フォーラム』第63号、筑波大学、2003年11月、 9-13頁、 ISSN 0385-1850NAID 120000843479OCLC 777381889
  • 「Communication, fate, and decision making during stomatal development」、『日本女性科学者の会学術誌』第7巻第1号、日本女性科学者の会、2006年、 12-17頁、 ISSN 1349-4449NAID 40015434027OCLC 5179542597 ― 気孔の発生--コミュニケーション、細胞運命と決定(英語)
  • 「気孔のパターン形成と分化--細胞間シグナル伝達機構の新知見」、『蛋白質核酸酵素』第51巻2 (702)、共立出版株式会社、2006年2月、 145-154頁、 ISSN 0039-9450NAID 40007110916OCLC 5177022904
  • “Stomatal Patterning and Guard Cell Differentiation” (英語). Cell Division Control in Plants. Plant Cell Monographs. 9. Berlin, Heidelberg: Springer. (2007). doi:10.1007/7089_2007_135. ISBN 978-3-540-73486-4. 
  • Kanaoka, Masahiro M; Pillitteri, Lynn Jo; Bogenschutz, Naomi L (2007年07月). “Stomatal Development Three Steps for Cell-Type Differentiation” (英語). Plant Signaling & Behavior 2 (4): 311-313. 
  • Hara, K.; Yokoo, T.; Kajita, R.; Onishi, T.; Yahata, S. (2009). “Epidermal cell density is auto-regulated via a secretory peptide, EPIDERMAL PATTERNING FACTOR2, in Arabidopsis leaves” (英語). Plant and Cell Physiology (50): 1019-1031.  ― Selected by Faculty of 1000
  • Peterson, KM; Rychel, AL (2010). “Out of the mouths of plants: the molecular basis of the evolution and diversity of stomatal development” (英語). Plant Cell (22): 296-306. 
  • Rychel, AL; Peterson, KM. (2010). “Plant twitter: ligands under 140 amino acids enforcing stomatal patterning” (英語). J. Plant Res (123): 275-88. 
  • Guseman, JM.; Lee, JS.; Bogenschutz, NL.; Peterson, KM.; Virata, RE.; Xie, B.; Kanaoka, MM.; Hong, Z. (2011-03-21). “Arabidopsis ERECTA-family recepter kinases mediate morphological alterations stimulated by activation of NB-LRR-type UNI proteins” (英語). Plant and Cell Physiology. 
  • “Two-dimensional spatial patterning in developmental systems” (英語). Trends in Cell Biology 22 (8): 438-446. (2012年8月). ISSN 0962-8924. OCLC 4896635724. 
  • “Mix-and-match: ligand-receptor pairs in stomatal development and beyond” (英語). Trends in Plant Science 17 (12): 711-719. (2012年12月). ISSN 1360-1385. OCLC 4937106575. 
  • Tasaka, Masao (Graduate School of Biological Sciences, Nara Institute of Science and Technology) (2012年12月). “Cell Biology — Building blocks for dynamic development and behaviors” (英語). Current Opinion in Plant Biology 15 (6): 575-577. ISSN 1369-5266. OCLC 5903179814. 
  • 「JAPANESE AUTHOR 葉の気孔から発生の謎を解く」、『Natureダイジェスト』第12巻第9号、ネイチャー・ジャパン、2015年9月、 30-32頁、 ISSN 2189-7778NAID 40020586892
  • 「Front Runner 挑む(第55回) 植物の気孔から発生の謎に迫る : 鳥居啓子 米ワシントン大学 (シアトル) 教授 名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所客員教授」、『日経サイエンス』第46巻1 (535)、日経サイエンス、2016年1月、 8-11頁、 ISSN 0917-009XNAID 40020657154OCLC 5934851788
  • 平川有宇樹、池松朱夏、打田直行「植物の形を調節するペプチドホルモン」、『現代化学 = Chemistry today』第543号、東京化学同人、2016年6月、 26-29頁、 ISSN 0386-961XNAID 40020820522OCLC 6063782484
  • Tameshige, Toshiaki; Okamoto, Satoshi; Lee, Jin Suk; Aida, Mitsuhiro; Tasaka, Masao (2016-09-26). “A Secreted Peptide and Its Receptors Shape the Auxin Response Pattern and Leaf Margin Morphogenesis” (英語). Current Biology 26 (18): 2478-2485. ISSN 0960-9822. OCLC 6460614461. 
  • Ikematsu, Shuka (WPI-ITbM); Tasaka, Masao (Graduate School of Biological Sciences, Nara Institute of Science and Technology); Uchida, Naoyuki (WPI-ITbM) (2017年3月). “ERECTA-family receptor kinase genes redundantly prevent premature progression of secondary growth in the Arabidopsis hypocotyl” (英語). New Phytologist 213 (4): 1697-1709. ISSN 0028-646X. OCLC 6944971368. 
  • Friesner, Joanna; Assmann, Sarah M.; Bastow, Ruth; Bailey-Serres, Julia; Beynon, Jim (2017年12月). “The Next Generation of Training for Arabidopsis Researchers : Bioinformatics and Quantitative Biology” (英語). Plant Physiology 175 (4): 1499-1509. ISSN 0032-0889. OCLC 7249721544. 

人物[編集]

横浜市郊外で育ち、池のミジンコや小麦粉のダニを顕微鏡でのぞいていた。中学・高校は米国で過ごす。姉が少なくとも一人いる。夫はドイツ人物理学者。ホエールウォッチングをともに楽しむ2人の娘がいる[24]。 15歳の時、自宅でアライグマにかまれ狂犬病にかかるが、迅速な血清治療で完治する。

親族[編集]

祖父は三井石油化学社長・石油化学工業協会会長を勤めた鳥居保治。大伯父は神経の跳躍伝導の発見者である田崎一二学習院大学理学部教授、田崎晴明とは又従兄妹の間柄である[25]

脚注[編集]

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  1. ^ a b c 第5回日本学術振興会賞受賞者 鳥居啓子 TORII Keiko U”. 日本学術振興会賞. 2014年7月12日閲覧。
  2. ^ “[https://www.hhmi.org/node/15190 Our Scientists : Keiko U. Torii, PhD Investigator / 2011—Present]” (英語). ハワード・ヒューズ医学研究所. 2014年7月10日閲覧。
  3. ^ a b ニュース 研究局面に植物学者対象の助成事業新設 [New Program Boosts Support for Plant Scientists at Critical Time]” (英語). ハワードヒューズ研究所 (2011年6月11日). 2014年7月10日閲覧。
  4. ^ a b c d Hines, Sandra (2011年10月16日). “大学ニュース 研究局面に寄与する新助成事業に本学植物学教授選出 [Boost for Plant Scientists including UW Prof Comes at Critical Time]” (英語). ワシントン大学. 2014年7月10日閲覧。
  5. ^ a b インタビュー” (英語). 米国細胞生理学会. 2014年7月10日閲覧。
  6. ^ 辻 篤子 (2018年2月9日). “世界を変える研究所の挑戦”. 2018年6月8日閲覧。
  7. ^ Roach, John (2012-05) (英語). インタビュー 植物の小さな呼吸器官 Tiny Breathing Plant Mouths. 25. ハワード・ヒューズ医学研究所. http://www.hhmi.org/bulletin/may-2012/tiny-breathing-plant-mouths 2014年7月10日閲覧。. 
  8. ^ Science Career : Juggling Work and Family” (英語). サイエンス誌. 2018年5月30日閲覧。[リンク切れ]
  9. ^ (英語) インタビュー : Q & A Keiko U. Torii. 23. Current Biology. (2013-11-03). pp. R943-R944. doi:10.1016/j.cub.2013.08.032. http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0960982213010385 2014年7月10日閲覧。. 
  10. ^ a b c d e この人に聞く : 米国と日本で研究室を主宰し、植物の発生メカニズムを探究 [第43回 生命にかかわる仕事っておもしろいですか?]”. 公益財団法人テルモ生命科学芸術財団. 2018年5月30日閲覧。
  11. ^ Cell differentiation of the outermost cells of developing endosperm in carrot [ニンジン胚乳の最外層細胞における細胞分化]」甲第1049号、筑波大学、1993年1月31日doi:10.11501/30720222014年7月10日閲覧。
  12. ^ a b c 植物の世界は不思議がいっぱい!”. テルモ生命科学芸術財団. p. 3. 2018年6月1日閲覧。
  13. ^ Hines, Sundra (2005年7月7日). “3種の遺伝子が気孔の過剰を制御 [Trio of plant genes prevents too many mouths”] (英語). University of Washington News (ワシントン大学). http://www.washington.edu/news/2005/07/07/trio-of-plant-genes-prevents-too-many-mouths/ 2018年5月31日閲覧。 
  14. ^ a b c d Hines, Sundra (2007年1月4日). “〈無口〉と〈無言〉が植物の沈黙を破る ['Speechless' and 'mute' help break the silence of plants” (英語). University of Washington News] (ワシントン大学). http://www.washington.edu/news/2007/01/04/speechless-and-mute-help-break-the-silence-of-plants/ 2018年5月31日閲覧。 
  15. ^ a b c d e f Keiko Torii, Associate Professor : Research Faculty Profile”. Department of Biology, University of Washington. 2007年12月31日時点のオリジナルよりアーカイブ。2018年5月31日閲覧。
  16. ^ 第3期さきがけ(鳥居 啓子) 研究課題”. 科学技術振興機構. 2014年7月10日閲覧。
  17. ^ 第11回奨励賞(2006年度)受賞研究:植物の器官形成を制御する細胞間シグナル伝達機構の解明”. 日本女性科学者の会. 2018年5月30日閲覧。
  18. ^ アメリカ科学振興協会会員、フェローに選出される [AAAS Members Elected as Fellows]”. アメリカ科学振興協会 (2012年11月30日). 2018年5月30日閲覧。
  19. ^ ワシントン州科学アカデミー、新会員37名を選出 [37 New Members Elected by Science Academy] (PDF)” (英語). Washington State Academy of Sciences (2012年8月1日). 2015年4月21日閲覧。
  20. ^ 井上学術賞受賞者一覧 第31回(2014年度)」 (pdf)、公益財団法人井上科学振興財団、2018年6月7日閲覧。
  21. ^ 公益財団法人 井上科学振興財団 2014年度 事業報告書」 (pdf)、公益財団法人井上科学振興財団、2018年6月7日閲覧。
  22. ^ “猿橋賞に鳥居啓子氏 植物の気孔を研究”. 47NEWS. (2015年4月21日). http://www.47news.jp/CN/201504/CN2015042101002044.html 2015年4月21日閲覧。 
  23. ^ Cato, Susan (2015年4月6日). “2015年ASPBフェローを発表:カレン・チャン博士、鳥居啓子博士 [2015 Fellow of ASPB Award: Dr. Caren Chang and Dr. Keiko Torii]” (英語). アメリカ植物生理学会 [ASPB]. 2018年5月30日閲覧。
  24. ^ 「かつての昆虫少女、植物学で開花」フォーカス 日本経済新聞 2015年6月20日夕刊
  25. ^ 田崎晴明 日々の雑感的なもの 2014年4月1日

外部リンク[編集]