鳥取県立青谷高等学校

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鳥取県立青谷高等学校
Tottori-Aoya-h-school.jpg
過去の名称 鳥取県立青谷高等学校
鳥取県立気高高等学校(青谷校舎)
国公私立の別 公立学校
設置者 鳥取県の旗 鳥取県
設立年月日 1948年(昭和23年)
共学・別学 男女共学
課程 全日制課程
単位制・学年制 単位制
設置学科 総合学科
高校コード 31110D
所在地 689-0595
鳥取県鳥取市青谷町青谷2912番地
外部リンク 公式サイト
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鳥取県立青谷高等学校(とっとりけんりつ あおやこうとうがっこう、Tottori Prefectural Aoya High School)は、鳥取県鳥取市青谷町青谷にある県立高等学校。略称は「青高」。

概要[編集]

歴史
1948年昭和23年)に定時制高校として開校。数回の改称・改編を経て、1953年(昭和28年)に全日制高校となる。2013年平成25年)に創立65周年を迎える。
設置課程・学科
全日制課程 総合学科
教育の特色
特色ある教育として、情報教育と国際理解教育が挙げられる。県内高校で最初に鳥取県情報ハイウェーに接続され、ブロードバンドを通して、アメリカ合衆国の旗アメリカ領サモアホノルルの中高一貫校などと交流していた。また毎年、「青高祭」(学校祭のことである)では大韓民国の旗韓国・居昌中央高等学校と中華人民共和国の旗中国・大倉師範学校から生徒を招聘し、日中韓高校生国際シンポジウムを開催している。(2007年度は「青高祭」を「文化祭部分」と「シンポジウム、体育祭部分」に分割し実施し、2009年度は文化祭・体育祭の青高祭と分離して実施されている。しかし2008年度のシンポジウムは中国、韓国の交流校の都合で開催できなかった。)本シンポジウムは旧青谷町主催であったが、市町村合併で青谷町消滅後も鳥取市から予算配分してもらい、継続開催している。
教育理念
「考えよ、体を動かせ、言葉を磨け」- 自らを主体的な学習者とし、生活の中から何かを学びとり、それを人に伝えることに重点をおいた教育が行われている。

沿革[編集]

  • 1948年(昭和23年)
    • 4月27日 - 定時制高校「鳥取県立青谷高等学校」が設立される。定時制普通科の中心校と、定時制農業科の鹿野分校を設置。
    • 5月1日 - 「鳥取県立青谷高等学校」が開校。
  • 1951年(昭和26年)4月1日 - 鳥取県立鳥取東高等学校湖山校舎・美和分校(旧鳥取実業高等学校)と統合され、「鳥取県立気高[1]高等学校」が発足。
    • 青谷校舎には全日制普通科が設置される。
  • 1953年(昭和28年)
    • 4月1日
      • 青谷校舎が「鳥取県立青谷高等学校」()として独立。定時制課程の募集を停止。
      • 湖山校舎・美和分校・鹿野分校を鳥取県立鳥取農業高等学校[2]へ移管。
  • 1955年(昭和30年)4月1日 - 家庭科を設置。
  • 1976年(昭和51年)4月1日 - 家庭科の募集を停止。
  • 1978年(昭和53年)3月31日 - 家庭科を廃止。
  • 1995年(平成7年)4月1日 - 普通科にコース制(国際・情報・文理コース)を導入。
  • 1999年(平成11年)4月1日 - 総合学科を設置。
  • 2001年(平成13年)3月31日 - 普通科を廃止。
  • 2008年(平成20年)6月20日 - 創立60周年記念式典開催。

脚注[編集]

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  1. ^ 読みは「けたか」。地名の気高町に由来する。
  2. ^ 現・鳥取県立鳥取湖陵高等学校鳥取県立鳥取緑風高等学校

関連項目[編集]

外部リンク[編集]