鳥取県立八頭高等学校

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鳥取県立八頭高等学校
Yazu-h-school.jpg
過去の名称 鳥取県立八頭高等女学校
国公私立の別 公立学校
設置者 鳥取県
校訓 真摯明朗 克己盡力
設立年月日 1926年大正15年)
共学・別学 男女共学
課程 全日制課程
単位制・学年制 学年制
設置学科 普通科
国際英語科(募集停止)
理数科(募集停止)
学科内専門コース 普通科総合コース
普通科体育コース
普通科探究文科コース
普通科探究理科コース
高校コード 31108B
所在地 680-0492
鳥取県八頭郡八頭町久能寺725番地
外部リンク 公式サイト
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鳥取県立八頭高等学校(とっとりけんりつ やずこうとうがっこう, Tottori Prefectural Yazu High School)は、鳥取県八頭郡八頭町久能寺にある公立高等学校

概要[編集]

歴史
1926年大正15年)、鳥取県女子師範学校に併設される形で開校した「鳥取県立八頭高等女学校」を前身とする。2011年平成23年)に創立85周年を迎えた。
設置課程・学科
全日制課程
  • 普通科 - 総合コース・体育コース・探究文科コース・探究理科コース
  • 理数科(2013年(平成25年)3月31日 廃止)
  • 国際英語科(2013年(平成25年)3月31日 廃止)
校訓(生徒信条)
  • 「真摯明朗」(1963年(昭和38年)制定)
  • 「克己[1]力」(1980年(昭和55年)制定)
教育方針
一. 知性を養い,真理の探究に努める。
二. 道義を重んじ,人格の形成に努める。
三. 心身を鍛え,気力の高揚に努める。
校章
かつて校庭の松林の間に群生していた小菊にちなんで、高等女学校時代よりが校章に使用されており、総合制高校の発足した1949年(昭和24年)に菊の若葉3枚を組み合わせたものを背景にして、中央に「高」の文字(俗字体)を置いた校章が制定された。
校歌
作詞・作曲ともに制定当時の1951年昭和26年)当時に在職していた教員によるもの。歌詞は1番のみで、校名は歌詞に登場しない。
姉妹校
オーストラリアの旗ミッチェルトン高校(オーストラリア

沿革[編集]

  • 1926年(大正15年)3月15日 - 鳥取県女子師範学校に併設される形で「鳥取県立八頭高等女学校」の設立が認可される。
  • 1947年(昭和22年)4月1日 - 学制改革(六・三制の実施、新制中学校の発足)
    • 高等女学校の生徒募集を停止(1年生不在)。
    • 新制中学校を併設し(名称:鳥取県立八頭高等女学校併設中学校、以下・併設中学校)、高等女学校1・2年修了者を新制中学2・3年生として収容。
    • 併設中学校はあくまで経過措置として暫定的に設置されたため、新たに生徒募集は行われず、在校生が2・3年生のみの中学校であった。
    • 高等女学校3・4年修了者はそのまま高等女学校に在籍し、4・5年生となる(4年修了時点で卒業することもできた)。
  • 1948年(昭和23年)4月1日 - 学制改革(六・三・三制の実施、新制高等学校の発足)
    • 高等女学校が廃止され、新制高等学校「鳥取県立八頭高等学校」が発足。男女共学を開始。定時制課程を併設。定時制の八上分校を開設。
    • 高等女学校卒業生(5年修了者)を新制高校3年生、高等女学校4年修了者を新制高校2年生、併設中学校卒業生(3年修了者)を新制高校1年生として収容。
    • 併設中学校は新制高校に継承され(名称:鳥取県立八頭高等学校併設中学校)、在校生が1946年(昭和21年)に高等女学校へ最後に入学した3年生のみとなる。
  • 1949年(昭和24年)
    • 3月31日 - 併設中学校を廃止。
    • 4月1日 - 高校三原則に基づく鳥取県内公立高校の再編が行われる。
      • 鳥取県立智頭農林高等学校を統合し、総合制の「鳥取県立八頭高等学校」が発足。旧・智頭農林高校を農業部とする。
      • 全日制に関しては、郡家校舎(普通科/旧・八頭高等女学校校舎)と智頭校舎(農業部/旧・智頭農林高校校舎)の2校舎制をとる。
      • 郡家校舎に定時制課程を併設。定時制校舎を3ヶ所(八上・若桜・用瀬)開設。
  • 1950年(昭和25年)9月5日 - 定時制用瀬校舎を廃止し、在校生を郡家校舎に編入収容。
  • 1951年(昭和26年)
  • 1953年(昭和28年)
    • 4月1日
      • 智頭校舎(農業部)が分離し、鳥取県立智頭農林高等学校として独立(再)。
      • 家庭別科の生徒募集を停止し、 全日制課程 家庭科を新設。
  • 1956年(昭和31年)
    • 4月1日
      • 本校(中心校)定時制課程と定時制八上校舎の生徒募集を停止。
      • 八上校舎を廃止し、生徒を郡家校舎に編入収容。
      • 定時制若桜校舎を普通科に切り替える。
  • 1957年(昭和32年)3月8日 - 校旗を制定。
  • 1963年(昭和38年)4月1日 - 若桜校舎の定時制普通科の生徒募集を停止し、全日制普通科を新設。
  • 1964年(昭和39年)1月14日 - 校碑(生徒信条「真摯明朗」)と「未来を築く若人」の像を建立。
  • 1965年(昭和40年)4月1日 - 家庭科を家政科に改称。若桜校舎を「若桜分校」と改称。
  • 1977年(昭和52年)4月1日 - 若桜分校の生徒募集を停止。
  • 1979年(昭和54年)3月31日 - 若桜分校を廃止。
  • 1980年(昭和55年)7月1日 - 生徒信条に「克己盡力」を加える。
  • 1983年(昭和58年)3月5日 - 校誌「翠陵」を創刊。
  • 1992年(平成4年)3月10日 - 翠陵賞を新設。
  • 1994年(平成6年)4月1日 - 家政科を生活デザイン科へ改編。
  • 2000年(平成12年)4月1日 - 生活デザイン科の募集を停止。理数科・国際英語科・普通科(総合コース・体育コース)を設置。
  • 2002年(平成14年)4月1日 - 生活デザイン科を廃止し、鳥取県立智頭農林高等学校に移管。
  • 2006年(平成18年)
  • 2011年(平成23年)4月1日 - 理数科・国際英語科の生徒募集を停止し、普通科に探究文科コースと探究理科コースの2コースを加える。
  • 2013年(平成25年)3月31日 - 理数科と国際英語科を廃止。
  • 2015年(平成27年)10月29日 - 八頭高マスコットキャラクター やずぽっぽ が決定。

部活動[編集]

文化部

運動部

高校野球戦績[編集]

全国高等学校野球選手権大会

夏通算成績 3勝8敗

年度 回数 全国大会成績 対戦校
1987年(第69回大会 初出場 1回戦敗退 1回戦 2-3 金沢(石川)
1994年(第76回大会 7年ぶり2回目 3回戦敗退 2回戦 5-4 鶴岡工(山形)
3回戦 1-3 水戸商(茨城)
1996年(第78回大会 2年ぶり3回目 2回戦敗退 2回戦 0-11 福井商(福井)
1997年(第79回大会 2年連続4回目 1回戦敗退 1回戦 0-9 甲府工(山梨)
2001年(第83回大会 4年ぶり5回目 2回戦敗退 2回戦 7-8 塚原青雲(長野)
2003年(第85回大会 2年ぶり6回目 2回戦敗退 1回戦 3-2 小山(栃木)
2回戦 2-3 静岡(静岡)
2010年(第92回大会 7年ぶり7回目 2回戦敗退 2回戦 2-15 土岐商(岐阜)
2014年(第96回大会 4年ぶり8回目 3回戦敗退 2回戦 6-1 角館(秋田)
3回戦 0-10 大阪桐蔭(大阪)

選抜高等学校野球大会

春通算成績 1勝1敗

年度 回数 全国大会成績 対戦校
2008年(第80回大会 初出場 3回戦敗退 2回戦 1-0 宇都宮南(栃木)
3回戦 0-1 東洋大姫路(兵庫)

暴行傷害[編集]

2011年7月、部用具の管理、整頓が不十分だったとして男性教諭(当時32歳)が部員17名を平手で殴打。内一名が難聴になるなどの後遺症。同年10月24日、鳥取県教育委員会は、当該教諭を停職1カ月の懲戒処分。本校から野球部顧問更迭の処分[2]

著名な出身者[編集]

交通[編集]

若桜鉄道若桜線八頭高校前駅より徒歩1分。

脚注[編集]

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  1. ^ 「尽」の旧字体。
  2. ^ 毎日新聞 2011年10月25日

関連項目[編集]

外部リンク[編集]