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鮫島良太

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
鮫島良太[1][2]
阪神6Rパドック(2019年12月1日)
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 佐賀県
生年月日 (1987-02-04) 1987年2月4日(39歳)
身長 170cm
体重 52kg
血液型 B型
騎手情報
所属団体 JRA
所属厩舎 栗東・松田国英 (2005.3.1 - 2008.4.30)
栗東・フリー(2008.5.1 - 2023.4.20)
栗東・安田翔伍 (2023.4.21 - 2023.9.20)
栗東・フリー(2023.9.21 - )[3]
初免許年 2005年
免許区分 平地・障害
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鮫島 良太(さめしま りょうた、1987年2月4日 - )は、日本中央競馬会 (JRA) ・栗東トレーニングセンターに所属する騎手。父は佐賀競馬場所属の元騎手で調教師の鮫島克也[4]。

来歴

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競馬学校21期生として大野拓弥・小島太一・佐藤聖也・塚田祥雄・中村将之と同期になり、1次試験合格[5]後の模擬レースで優勝[6]。

2005年に栗東・松田国英厩舎からデビューし[7]、3月5日の中京第4競走3歳未勝利・ダイタクドルチェ(16頭中5着)で初騎乗を果たす[8]。同27日の中京第1競走3歳未勝利・ダイタクドルチェで2コーナーで急に外側へ斜行して他馬の走行を妨害したため失格し、4月2日〜10日まで開催4日間の騎乗停止となった[9]。通算33戦目となる6月4日の中京第12競走4歳以上500万下・ケイウンバクシンで同年の新人では最後の初勝利を挙げると[10]、夏は小倉で7月30日に初の特別勝ち[11]、8月7日に初の1日2勝[11]、8月13日・14日に初の2日連続勝利[11]を記録するなど8勝[11]を挙げ、秋にはシリウスステークス・マルカフレンチ(14頭中9着)で重賞初騎乗[8]を果たす。初年度から2桁勝利の16勝[12]をマークし、関西の新人賞に当たる関西放送記者クラブ賞を受賞[13]。

7月24日の小倉第1競走3歳未勝利・スターリギルで父・克也が騎乗するマルカケセラセラの2着に入り、JRA史上初の親子騎手によるワンツーフィニッシュとなった[14]。

2年目の2006年には福島牝馬ステークスでライラプスに騎乗し、直線入口で素早く抜け出すと、追ってくる3年目吉田隼人のロフティーエイムと6年目柄崎将寿のテンイムホウ、大外から鋭く伸びた8年目高橋智大フィヨルドクルーズとゴール前で懸命の追い比べを繰り広げたが、一旦は先んじるもロフティーエイムに差し返されてアタマ差2着であった[15]。

小倉2歳ステークスでは新種牡馬アドマイヤコジーン産駒アストンマーチャンで好スタートを切り、そのまま行きたがるところを懸命に抑えるが、群を抜いていたスピードで、逃げるストラテジーを交わしながらコーナーを回る[16]。直線で抑えるのを止めてからは独走となり、2着に2馬身半の差をつけて押し切り、人馬共に重賞初制覇を成し遂げる[16]。父・克也もまだ勝利していなかったJRA重賞を勝利し、同期で最初の重賞勝利となった[17]。

中京ダート1700mで行われたシリウスステークスではツムジカゼで内から脚を伸ばすと、外から追い込んだキネティクス・セフティーエンペラを封じて、メイショウバトラーの2着に入った[18]。

京阪杯ではコパノフウジンで外の先行馬を見ながらジワリとハナに立ち、直線では後続を突き放して逃げ込みを図るが、ただ1頭追撃したアンバージャックに1完歩ごとに差を詰められ、最後は1/2馬身差し切られた[19]。

2006年はエリザベス女王杯・ライラプス(15頭中15着)でGI初騎乗[8]を果たし、自己最多の60勝を挙げ、関西リーディングトップ10入りを果たすなど活躍[12]。

3年目の2007年には塚田と共に高知の全日本新人王争覇戦に選出され[20]、4月29日には東京第7競走3歳500万下・トーセンアーチャーで通算100勝を達成し[21]、内規である3年を待たずに見習騎手を卒業。

2008年の阪神牝馬ステークスでは重賞初挑戦のエイジアンウインズで果敢にハナを切り、先頭をキープしたまま直線へと向かうと、脚取りは最後まで緩まず、猛追するブルーメンブラットや迫ってきたキストゥヘヴンを振り切っての重賞初制覇に導いた[22]。

同年5月1日付でフリーとなり、京都大賞典ではトーホウアランに騎乗し、中団の内で流れに乗ると、先行勢の後ろから敢然とスパート[23]。直線では叩き合うアイポッパーとマンハッタンスカイの狭い間隙を突く器用さも見せて、ゴール寸前で抜け出すと、コンマ3秒差に7頭がひしめく混戦の中、追い込んだアドマイヤモナークに1/2馬身をつけて勝利[23]。

阪神ジュベナイルフィリーズでは抽選突破のミクロコスモスに騎乗し[24]、スタートで後手を引く形になり、道中はブエナビスタより後ろのほぼ最後方に近い位置取りとなる[25]。直線ではスローペースを追い込んでブエナビスタに次ぐメンバー中2位の上がり35秒2を記録し、3着に入った[25]。

2009年にはレディルージュとのコンビで活躍し[26]、休み明けで15番人気の低評価[27]であったフィリーズレビューでは平均的な流れを好位でマークすると、早めに仕掛けて外から先頭に立つ[28]。インのワンカラットや直後のアイアムカミノマゴと共に後続を突き放し[28]、3着に粘り込んで3連単66万馬券の波乱を演出[27]。初の古馬相手となる北九州記念ではカノヤザクラに先着する2着[29]、京阪杯では中団外から脚を伸ばしてプレミアムボックスとの激しい叩き合いを演じた末に2着[30]であった。

CBC賞では12番人気プレミアムボックスで後ろから3頭目の位置で脚をため、4コーナーでは大外を回ってスパートに入るという小細工のない競馬で、直線では馬場の外目を駆け抜け、粘るエイシンタイガーをクビ差交わした[31]。

小倉2歳ステークスではジュエルオブナイルで好スタートから無理せずに控え、4コーナーから前との差を少しずつ詰めていくと、直線では叩き合いの末にオレンジティアラを競り落とし、直後から懸命に脚を伸ばしてきたダッシャーゴーゴーをクビ差振り切った[32]。

2015年3月1日に弟・鮫島克駿がデビューし[33]、小倉第6競走で兄弟が同じレースに騎乗すると、15番人気で17着の弟に対し兄が5番人気の馬で1着と先着した[34]。8月にはJRA史上初となる克也(14着)・良太(6着)・克駿(12着)の親子3人同一レース騎乗が実現している[4]。

2020年11月21日の阪神第10競走瀬戸内海特別・トウケイミラで通算300勝を達成し、2023年4月21日付で栗東・安田翔伍厩舎に所属[35]するが、同年9月21日付で再びフリーとなる[36]。

騎乗成績

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日付競馬場・開催競走名馬名頭数人気着順
初騎乗2005年3月5日1回中京1日4R3歳未勝利ダイタクドルチェ16頭95着
初勝利2005年6月4日2回中京5日12R4歳上500万円下ケイウンバクシン18頭41着
重賞初騎乗2005年10月2日4回阪神8日11Rシリウスステークスマルカフレンチ14頭69着
重賞初勝利2006年9月3日3回小倉8日10R小倉2歳ステークスアストンマーチャン14頭31着
GI初騎乗2006年11月12日6回京都4日11Rエリザベス女王杯ライラプス16頭1415着
年度1着2着3着騎乗数勝率連対率複勝率
2005年162718290.055.148.210
2006年605042728.082.151.209
2007年425242632.066.149.215
2008年364246565.064.138.219
2009年222533459.048.102.174
2010年241721371.065.111.167
2011年101612262.038.099.145
2012年201420367.054.093.147
2013年122021410.029.078.129
2014年579292.017.041.072
2015年8415267.030.045.101
2016年9912236.038.076.127
2017年111613276.040.098.145
2018年8912272.029.063.107
2019年10116211.047.100.128
中央2983193225638.053.109.167
地方681375.080.107.324
主な騎乗馬

関連項目

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脚注

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  1. ↑ テンプレ内記述、特に記載無き物は全てJRA騎手名鑑を出典とする
  2. 1 2 “JRA騎手名鑑 鮫島良太”. JRA. 2020年8月7日閲覧。
  3. ↑ “鮫島騎手、フリーに”. ラジオNIKKEI (2008年5月1日). 2020年8月8日閲覧。
  4. 1 2 “鮫島父子3人初対決 父が望んだ夢舞台/ひまわり賞”. 極ウマ・プレミアム. 2015年12月29日閲覧。
  5. ↑ “1次試験合格者に西田元騎手ら8名”. netkeiba.com. 2026年7月13日閲覧。
  6. ↑ “模擬レース、鮫島良太騎手優勝”. netkeiba.com. 2026年7月13日閲覧。
  7. ↑ “柴山、西田騎手らがJRA騎手免許合格”. netkeiba.com. 2026年7月13日閲覧。
  8. 1 2 3 “鮫島良太のプロフィール”. netkeiba.com. 2026年7月13日閲覧。
  9. ↑ “新人・小島、鮫島騎手が騎乗停止”. netkeiba.com. 2026年7月13日閲覧。
  10. ↑ “[http//news.netkeiba.com/?pid=news_view&no=9158&rf=horse_related 鮫島良太騎手、JRA初勝利]”. netkeiba.com. 2026年7月13日閲覧。
  11. 1 2 3 4 “鮫島良太の騎手成績|競馬データベース - netkeiba.com”. netkeiba.com. 2026年7月13日閲覧。
  12. 1 2 “鮫島良太”. netkeiba.com. 2026年7月13日閲覧。
  13. ↑ “平成30年度「中央競馬関西放送記者クラブ賞」の決定について”. jra.jp. 2026年7月13日閲覧。
  14. ↑ “鮫島親子 1・2フィニッシュ|競馬実況web|競馬|ラジオNIKKEI”. www.radionikkei.jp. 2026年7月14日閲覧。
  15. ↑ “JRAホームページ”. www.jra.go.jp. 2026年7月14日閲覧。
  16. 1 2 “JRAホームページ”. www.jra.go.jp. 2026年7月14日閲覧。
  17. ↑ “【小倉2歳S】(小倉)〜アラカルト|競馬実況web|競馬|ラジオNIKKEI”. www.radionikkei.jp. 2026年7月14日閲覧。
  18. ↑ “JRAホームページ”. www.jra.go.jp. 2026年7月14日閲覧。
  19. ↑ “JRAホームページ”. www.jra.go.jp. 2026年7月14日閲覧。
  20. ↑ “[https://www.radionikkei.jp/keiba_article/news/entry-140112.html 全日本新人王争覇戦(高知)に塚田祥雄、鮫島良太の2騎手が出場 |競馬実況web|競馬|ラジオNIKKEI]”. www.radionikkei.jp. 2026年7月14日閲覧。
  21. ↑ “鮫島良太騎手 JRA通算100勝達成!|競馬実況web|競馬|ラジオNIKKEI”. www.radionikkei.jp. 2026年7月14日閲覧。
  22. ↑ “JRAホームページ”. www.jra.go.jp. 2026年7月14日閲覧。
  23. 1 2 “JRAホームページ”. www.jra.go.jp. 2026年7月14日閲覧。
  24. ↑ “【阪神ジュベナイルF】出走馬決定~ブエナ、ミクロも抽選突破|競馬実況web|競馬|ラジオNIKKEI”. www.radionikkei.jp. 2026年7月14日閲覧。
  25. 1 2 “阪神ジュベナイルF - 柏木集保”. netkeiba.com. 2026年5月31日閲覧。
  26. ↑ “レディルージュ (Lady Rouge)”. netkeiba.com. 2026年7月14日閲覧。
  27. 1 2 “レディルージュ粘り込んで3着/フィリーズR - スポニチ競馬Web”. keiba.sponichi.co.jp. 2026年7月14日閲覧。
  28. 1 2 “JRAホームページ”. www.jra.go.jp. 2026年7月14日閲覧。
  29. ↑ “JRAホームページ”. www.jra.go.jp. 2026年7月14日閲覧。
  30. ↑ “JRAホームページ”. www.jra.go.jp. 2026年7月14日閲覧。
  31. ↑ “JRAホームページ”. www.jra.go.jp. 2026年7月14日閲覧。
  32. ↑ “JRAホームページ”. www.jra.go.jp. 2026年7月14日閲覧。
  33. ↑ JRA競馬学校31期生卒業式 鮫島克駿、父を兄を追いかける - スポニチアネックス(2015年2月4日)、2015年11月24日閲覧
  34. ↑ 競走成績(2015年3月1日、小倉6R) - スポーツナビ、2015年11月24日閲覧
  35. ↑ 鮫島 良太騎手が所属変更日本中央競馬会、2023年4月12日配信・閲覧
  36. ↑ 鮫島良太騎手が所属変更 栗東・安田翔伍厩舎から栗東・フリーへスポーツ報知、2023年9月15日配信・閲覧
  37. ↑ “鮫島良太 重賞出走レース”. netkeiba. 2020年8月7日閲覧。