鮫島相政

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鮫島相政

鮫島 相政(さめしま すけまさ、安政4年1月18日1857年2月12日) - 明治44年(1911年12月12日)は、日本の衆議院議員(同志倶楽部→立憲政友会)、弁護士検事

経歴[編集]

薩摩国揖宿郡頴娃村(現在の鹿児島県南九州市)出身。1877年(明治10年)、警視局(のち警視庁)警部補として出仕し、山梨県石川県で警部を務めた。1884年(明治17年)、代言人免許を取得し、弁護士として活動した。

1892年(明治25年)、鹿児島県会議員に当選し、4期務めた。その間、2回議長に選出された。1898年(明治31年)、第5回衆議院議員総選挙に出馬し、当選。以後、第6回第7回と当選を重ねた。議員引退後は検事として活動した[1]

また慈善活動にも熱心で、1896年(明治29年)には日本赤十字社正社員となっている。

脚注[編集]

参考文献[編集]

  • 山崎謙『衆議院議員列伝』衆議院議員列伝発行所、1901年。