高麗王后

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高麗王后(こうらいおうごう)は、高麗王朝時代(918年 - 1392年)の王妃のことをいう。出典は『高麗史』、『元史』であるが、『高麗史』の基準によっている。以下の注意事項を示す。

13世紀後半から14世紀半ばにかけて、に支配された高麗の歴代国王(第24代元宗から第31代恭愍王)は、支配された初期の元宗と、夭逝した忠穆王忠定王を除き、モンゴル帝室の公主を娶った[1]

歴代の王后一覧[編集]

台数 (配偶者) 諡号 別名 本貫 主要な子女 在位期間
(追尊) 国祖 貞和王后康氏 信川康氏 康宝育 王帝建 (追尊)
(追尊) 懿祖 元昌王后 不明 西海龍王
頭恩坫角干
王隆 (追尊)
(追尊) 世祖 威粛王后韓氏 韓氏 不詳 王建 (追尊) 昌陵
1 太祖 神恵王后柳氏 貞州柳氏 柳天弓 918-943 顕陵
荘和王后呉氏 羅州呉氏 呉禧 王武 918-934
神明順成王后劉氏 神明順成王太后(追尊) 忠州劉氏 劉兢達 王尭
王昭
王貞
920-943
神静王后皇甫氏 明福宮大夫人
神静王太后
黄州皇甫氏 皇甫悌恭 王旭
大穆王后
?-943 壽陵
神成王后金氏 神成王太后 慶州金氏 金億廉 王郁 貞陵
貞徳王后柳氏 貞州柳氏 柳徳英 文恵王后
宣義王后
2 恵宗 義和王后林氏 太子妃 晋州林氏 林曦 慶和宮夫人 順陵
3 定宗 文恭王后朴氏 順天朴氏 朴英規 安陵
文成王后朴氏 慶春院君
4 光宗 大穆王后皇甫氏 黄州皇甫氏 太祖 王伷 949-?
5 景宗 献粛王后金氏 憲承皇后[2] 慶州金氏 敬順王 ?-981 榮陵
献懿王后劉氏 忠州劉氏 王貞
献哀王后皇甫氏 千秋王后
千秋王太后
黄州皇甫氏 王旭 王訟[脚注 1] 幽陵
献貞王后皇甫氏 孝粛王太后 王詢[脚注 2] 元陵[4]
(追尊) 戴宗 宣義王后柳氏 貞州柳氏 太祖 王治
献哀王后
献貞王后
(追尊) 泰陵
6 成宗 文徳王后劉氏 忠州劉氏 光宗 宣正王后[脚注 3]
文和王后金氏 延興宮主
玄徳宮主
王大妃
善山金氏 金元崇 元貞王后 ?-997
7 穆宗 宣正王后劉氏 忠州劉氏 王圭 ?-?
(追尊) 安宗 孝粛王后皇甫氏[4] 献貞王后 黄州皇甫氏 王旭 王詢[脚注 2] (追尊) 元陵[4]
8 顕宗 元貞王后金氏 玄徳王后 善山金氏 成宗 ?-1018
元和王后崔氏 恒春殿王妃
常春殿王妃
慶州崔氏 成宗 孝静公主
元成王后金氏 延慶院主
延慶宮主
元成王太后
安山金氏 金殷傅 王欽
王亨
仁平王后
明陵
元恵王后金氏 安福宮主
延徳宮主
元恵王太后
王徽
孝思王后
元容王后柳氏 貞州柳氏 敬章太子
元穆王后徐氏 淑妃
興盛宮主
利川徐氏 徐訥
元平王后金氏 安山金氏 金殷傅 孝敬公主 ?-1028 宜陵
9 徳宗 敬成王后金氏 慶州金氏 顕宗 1034 質陵
孝思王后金氏 安山金氏 顕宗
10 靖宗 容信王后韓氏 延興宮主
恵妃
定信王妃
湍州韓氏 韓祚 王詗[脚注 4] 1935-1936 玄陵
容懿王后韓氏 麗妃
昌盛宮主
玄徳宮主
容懿麗妃
王暟
容穆王后李氏 昌盛宮主 夫余李氏 李稟焉 悼哀公主
11 文宗 仁平王后金氏 安山金氏 顕宗
仁睿王后李氏 仁州李氏 李子淵 王勲
王運
王顒
?-1083 戴陵
12 順宗 貞懿王后王氏 開城王氏 靖簡王
宣禧王后金氏 延福宮主 慶州金氏 金良儉 ?-1083
13 宣宗 思粛王后李氏 王太后 仁州李氏 李碩 王昱 1083-1094 仁陵
14 献宗 懐純王后蘇氏 晋州蘇氏 蘇継笭
15 粛宗 明懿王后柳氏 明福宮主
延徳宮主
王太后
貞州柳氏 柳洪 王俁 1099-1105 崇陵
16 睿宗 敬和王后李氏 延和公主 仁州李氏 宣宗 1106-1109 慈陵
順徳王后李氏 延徳宮主
文敬王太后
仁州李氏 李資謙 王楷 1114-1118 綏陵
文貞王后王氏 貴妃 開城王氏 王愉 ?-1122
17 仁宗 廃妃李氏 延徳宮主 仁州李氏 李資謙
廃妃李氏[脚注 5] 福昌院主
恭睿王后任氏 延徳宮主
王太后
長興任氏 任元厚 王晛
王晧
王晫
1129-1146 純陵
宣平王后金氏 王太妃 延壽宮主 金氏[脚注 6] 金璿 1127-1146
18 毅宗 荘敬王后王氏/金氏 興徳宮主 金氏 王温 王祈
荘宣王后崔氏 稷山崔氏 崔端 1148-?
19 明宗 光靖王后金氏 義静王后
光靖王太后
景順王后
金氏 王温 王祦 智陵
20 神宗 宣靖王后金氏 元妃
王太后
金氏 王温 王韺 1197-1204 眞陵
21 熙宗 成平王后任氏 咸平宮主 任氏 王稹 王祉
安恵王后
1211
22 康宗 思平王后李氏 太子妃 全州李氏 李義方 壽寧宮主 (追尊)
元徳王后柳氏 延徳宮主
元徳王太后
柳氏 王珹 王皞 ?-1213 坤陵
23 高宗 安恵王后柳氏 承福宮主
安恵太后
柳氏 熙宗 王禃 1218-1232
(追尊) 英宗 -
24 元宗 静順王后金氏 敬穆賢妃
順敬王太后
敬順王后
慶州金氏 金若先 王昛 (追尊) 嘉陵
25 忠烈王 クトゥルク=ケルミシュ 斉国大長公主
元成公主
安平公主
荘穆王后
荘穆仁明王后
仁明王太后
ボルジギン氏 クビライ 王璋 1274-1297 高陵
26 忠宣王 也速真 懿妃 不明 王燾 ?-1316
ブツダシユリ 薊国大長公主
韓国公主
ボルジギン氏 カマラ ?-1315
27 忠粛王 明徳王后洪氏 徳妃
明徳王太后
崇敬王太后
南陽洪氏 洪奎 王禎
王顓
1313-1330
1332-1339
令陵
イリンチンバル 濮国長公主
靖和公主
ボルギジン氏 エセンテムル 1316-1319
金童 曹国長公主 エムゲ 龍山元子 1324-1325
バヤンクトウグ 慶華公主
粛恭徽寧公主
不明 不明[脚注 7] 1332-1339
28 忠恵王 イリンチンバル 徳寧公主
貞順淑儀公主
ボルギジン氏 チョーベル 王昕 1330-1344
29 忠穆王 -
30 忠定王 -
31 恭愍王 ブツダシユリ 魯国大長公主
承懿公主
仁徳王后
ボルジギン氏 ボロトテムル[9] 1351-1365 正陵
32 禑王 謹妃李氏 固城李氏 李琳 王昌 1379-1388
33 昌王 -
34 恭譲王 順妃盧氏 交河盧氏 盧稹 王奭 1389-1392 高陵

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 他に金致陽との間に男子がある[3]
  2. ^ a b 献貞王后が夫であった景宗と死別後、王郁との間に儲けた息子。
  3. ^ 前夫王圭との間の娘[5]
  4. ^ 高麗史第88巻列伝1后妃中には記載があるが他の巻中では存在が確認できない。
  5. ^ 父親の李資謙が仁宗暗殺を企てて贈った毒入りの餅をカラスに投げ与え、そのカラスが死んだ事で暗殺未遂が露見した。廃妃となった後も王を救った功績により、家、土地、奴婢を与えられ、没した時は王后と同格の葬儀が行われた[6]
  6. ^ 慶州金氏または江陵金氏のいずれかではないかと推測されている[7]
  7. ^ 森平雅彦は彼女について、金童の姉妹ではないかという説を挙げている[8]

文献[編集]

  1. ^ 森平雅彦 高麗王家とモンゴル皇族の通婚関係に閲する覚書 (PDF) 『東洋史研究』第67巻第3号(京都大学、平成20(2008)年12月)pp. 1
  2. ^ 「太祖之孫景宗伷聘政承公之女為妃。是為憲承皇后。」三国遺事 巻第2 紀異第2 下 第56 金傳大王
  3. ^ 「與金致陽通而生子…」高麗史 88巻 列伝1 后妃1 献哀王太后
  4. ^ a b c 「時安宗第與后第相近因與往来通焉有娠彌月人莫敢言。成宗十一年七月后宿安宗第家人積薪于庭而火之火方熾百官奔救成宗亦亟往問之家人遂以実告乃流安宗后 恨哭泣比還其第 及門胎動攀門前柳枝免身而卒。成宗命択姆以養其児是為顕宗。顕宗即位追尊為孝粛王太后陵曰元陵。」高麗史 88巻 列伝1 后妃1 献貞王后
  5. ^ 「穆宗宣正王后劉氏宗室弘徳院君圭之女。」高麗史 88巻 列伝1 后妃1
  6. ^ 「廃妃李氏資謙第四女資謙図不軌置毒餅中以進妃密白王以餅投烏烏斃又送毒薬令妃進于王妃捧椀陽蹶而覆之資謙敗亦以諫官言廃王念覆椀之功賜田宅奴婢恩眷甚厚毅明二王亦事之謹明宗二十五年卒葬以后礼」高麗史88巻 列伝1 后妃1 廃妃李氏
  7. ^ 선평왕후 (朝鮮語) encykorea.aks.ac.kr 2013.3.16 10:27 (UTC) 閲覧
  8. ^ 森平雅彦 高麗王家とモンゴル皇族の通婚関係に閲する覚書 (PDF) 『東洋史研究』第67巻第3号(京都大学、平成20(2008)年12月)pp. 14-15
  9. ^ 森平、pp. 15-17