高橋隆一

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高橋 隆一(たかはし りゅういち、1875年明治8年)10月31日[1][2] - 1943年昭和18年)2月7日[3])は、日本の大地主実業家政治家貴族院多額納税者議員

経歴[編集]

島根県神門郡稗原村[4]簸川郡稗原村を経て現出雲市)で大地主[4]・高橋守衛の長男として生まれる[1][2]。松江修道館を修了した[3]。1906年(明治39年)3月に家督を相続した[1][2]

1904年(明治37年)稗原三等郵便局を開設して同局長に就任[3][4]。稗原村会議員、同村区会議員、同村農会長、同村学務委員、島根県地方森林会議員、簸川郡教育会長などを務めた[3][4]

実業界では、1906年、簸川銀行取締役に就任[4]。その他、簸上鉄道取締役、出雲電気取締役社長、島根県農工銀行頭取などを務めた[1][2][3][4]

1918年(大正7年)貴族院多額納税者議員に互選され[4]、同年9月29日[5]から1925年(大正14年)9月28日まで在任した[3]。在任中は同成会に所属した[3]

また、日本赤十字社に寄付を行うなど篤志者として知られた[4]

親族[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e 『人事興信録』第4版、た60頁。
  2. ^ a b c d 『大正人名辞典 第3版』1735頁。
  3. ^ a b c d e f g 『議会制度百年史 - 貴族院・参議院議員名鑑』208頁。
  4. ^ a b c d e f g h 『島根県歴史人物事典』335頁。
  5. ^ 『官報』第1848号、大正7年9月30日。

参考文献[編集]

  • 人事興信所編『人事興信録』第4版、1915年。
  • 東洋新報社編『大正人名辞典 第3版』東洋新報社、1917年。
  • 衆議院・参議院編『議会制度百年史 - 貴族院・参議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。
  • 『島根県歴史人物事典』山陰中央新報社、1997年。
先代:
速水太郎
出雲電気社長
1916年 - 1917年
次代:
織原万次郎